愛しいあなたの隣で2(最終話)
「リュシアン!? 体調が悪いのですか!?」
心配して距離を詰めると、抗議するような眼差しを向けられる。何がいけなかったのか分からずたじろぐと、獲物を逃がすつもりのない肉食獣が狙いを定めるように、がしっと腕を掴まれた。
「あの、リュシアン……っ?」
痛くはないが、振りほどけない。彼にしては強引な触れ方に戸惑っていると、リュシアンは咎めるような表情で低い声を出した。
「エミリー。たった今忠告したばかりだが、君は自重するべきだ。もはや君を前にすると頻繁に理性が揺らぐ。それほど君は魅力的な女性だ。ずっと無自覚に煽ってくるし、君の全てが愛らし過ぎて、我慢の限界だ」
ひゅっと吸い込んだ吐息は、噛みつくようなキスに奪われた。片手で腰を抱き寄せられ、もう片方の手は後頭部に回る。
息継ぐ間もなく唇を重ねられ、ようやく息が吸えると思ったら、かぷっと耳を食まれた。あまりに驚いて「ひぁっ」とおかしな悲鳴が漏れた。
けれどリュシアンは引かず、エミリーの首筋に顔を埋めると、柔肌を吸い上げるようにキスをした。腰に回されていた手が、丸みを帯びた体のラインに沿って撫で上げる。
貪欲に求めてくる彼の瞳はギラギラと鋭く、恐怖とは異なる震えが走った。
もはや足に力が入らなくなってきて、どうにか爪先立ちをして彼の首の後ろに手を回した。すると彼は喜びと興奮が入り混じる表情を浮かべながらもキスを止め、立ったまま覆いかぶさるように抱き締めてきた。
少し呼気の乱れたリュシアンが、耳元で息を吐く。己の熱を逃がして落ち着かせるような、長い長いため息だった。
「すまない。自分を抑えられなかった。だが、今のは君が悪い」
「っは、はい……」
かあああっと羞恥が湧き上がり、しどろもどろに頷く。誘惑し過ぎは注意、というコレットの忠告が今更脳裏に浮かび、エミリーはリュシアンの胸に顔を埋めた。
(よく分からないけど、すごいことをしてしまった気がするわ……!)
何となく家族に後ろめたさを覚えつつも、嫌ではないどころか名残惜しさすら感じる自分に驚く。
ぷるぷる羞恥に悶えていると、リュシアンが肩に手を置いてきた。彼は耳元に顔を寄せ、赤く染まった耳朶にキスを落とした。
「今は学生の身分で卒業まであと二年あるが、その分結婚したら遠慮なく君を独占する。――覚悟しておいてくれ」
「っ!!!」
凄絶な色気を放つリュシアンにカチーン! と体が固まる。エミリーが棒立ちになっていると、彼は気配を和らげ、いつもの優しい笑みを浮かべた。
「そうだ、君にひとつ贈り物がある。厳密には贈り物とまでは呼べないかもしれないが、君ならきっと喜ぶはずだ」
親密な空気があっという間に霧散し、エミリーはほっと胸を撫で下ろした。
普段の、緊張を強いない穏やかな空気は、彼が作ってくれていたのだと思い知る。同時に、エミリーに合わせて色々容赦してくれていたのだと気付き、恋愛初心者同士だとどこかで安心していた自分に内心説教した。
「エミリー?」
むぐぐと顔を顰めていたエミリーを気に掛け、リュシアンが問う。エミリーは慌てて現実に戻った。
「あっ、えっと、贈り物ですよね! ありがとうございます。何ですか?」
「今から空を見ていてくれ」
リュシアンが上空に手をかざすと、白い息を吐いて魔法を唱えた。
{氷晶}
次の瞬間、ヤドリギの宿る木のはるか上空からゆっくりと――細かな氷の結晶が降ってきた。月の光と中庭の魔灯に照らされ、光をキラキラと反射させて一面に舞う光景に息を呑む。
「わぁ、すごい……! これは水魔法ですか? どうやって氷を?」
「水魔法で生み出した水蒸気を集めて急激に冷やしたんだ。光を反射して輝くと、本物のダイアモンドのようだろう?」
「はい! 魔法でダイアモンドダストが見られるなんて、夢のようです!」
瞳を輝かせてはしゃぐエミリーを、温かく見守るリュシアン。
「よかった。子どもの頃に遊び心で思いついた魔法だが、こんな形で役に立つとは思わなかった。当時の自分に拍手を送りたい」
「ふふっ。本当ですね。こんなに素敵な贈り物をいただけるなんて、嬉しいです。またいつか見せてくださいますか?」
「ああ、君が望むなら何度でも」
最後にもう一度だけ、どちらともなく優しいキスをした。またとない幸福感に包まれながら、しばらく手を繋いでダイアモンドダストを眺めた。
その後、暖を取りに大広間に戻り、楽しみにしていた料理を堪能し、大満足の舞踏会が終わった。
寮まで送ってくれたリュシアンにおやすみを告げ、夢見心地で部屋に戻ると、先にコレットが帰寮していて寝間着で寛いでいた。
蕩けるような表情のエミリーを一目見て、にまーっと意味深な笑みを向ける。
「おかえりエミリー。今夜はお楽しみだったみたいね? 寒い中、舞踏会を抜け出してヤドリギの下で熱く愛を誓いあうカップルの話題で持ち切りよ?」
「!?!?」
エミリーは一気に夢から覚めた。
実はあの時目撃者が複数いて、魔法学校開校以来のロマンチックなシンデレラストーリーとして大変な噂になっていた。
翌日、羞恥が限界に達したエミリーは人前でリュシアンを避け続け、『ずぅーーーん』と暗雲を背負って落ち込むリュシアンを見たヴィクトルが、笑いながら二人の仲裁に入ることになるのだが――
それはまた、別のお話。
FIN
完結までお読みいただきありがとうございました!
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近いうちに新作をお届けできればと思いますので、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。