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愛しいあなたの隣で1


 「オレはてっきり君はまだ恋人らしい触れ合いをあまり望んでいないのだと思っていた。今の関係に慣れるまで、気長に待つつもりだった。だから君に誘われた時、予想外の展開に驚いて言葉を失ったが――。君がオレに近付きたいと思っていると知れて、とても嬉しい」


 「リュシアン様……」


 「本音を言えば、もうヤドリギにこだわらず、今すぐここで君とキスしたい」


 「!?!?」


 「だが、さすがに人が多いな。君の心の平穏のためにやめておこう」


 愛しげな笑みを浮かべたリュシアンは、エミリーの唇が触れた箇所にキスをした。直接唇が触れたわけでもないのに、体に熱がともる。甘い色香を宿す眼差しと艶めかしい仕草に、既に腰が砕ける寸前だった。



* 



 空いたグラスを返却し、大広間を抜け出して中庭に移動すると、緊張がピークに達した。目的の木はもう目前に迫っており、猶予がない。エミリーは不自然に明るい声で空を見上げた。


 「今夜は月が綺麗ですね。空気が澄んでいるから遠くの星まで見渡せます」


 「そうだな。冬の星座もはっきりと見える」


 「かなり冷え込みますが、寒くないですか? 上着を貸してくださってますし、無理はしないでくださいね。ご気分が悪くなりましたらすぐに治癒をおかけします」


 「問題ない。この程度の寒さには慣れている。気分も悪くないし、これから悪くなる予定もないから安心してくれ」


 「ふふっ。それはよかったです。――あっ、お借りしている上着! 生地も刺繍も素晴らしいですね。何より色がリュシアン様の髪色に映えてすごく素敵で――」


 「ふっ」


 絶え間なく話し続けるエミリーの隣でリュシアンが笑いを堪える。何も面白い話をしていないのにと不思議に思ったエミリーは首を傾げた。


 「? どうかしましたか?」


 「いや、すまない。君は余裕がなくなると口数が増えるな、と。新しい発見だ」


 「!!!! い、意地悪しないでくださいっ!」


 「怒ったエミリーが可愛いのが悪い。つい悪戯心が湧いて君を困らせたくなる。だが、あまり長居しては体が冷えるな。ちょうど人もいないようだし、本懐を果たすとしよう」


 リュシアンが背中に手を回してきて、ヤドリギの下へ誘導する。


 元々自分から誘っておきながら、エミリーの足取りは重かった。先ほどとは正反対で無口になり、緊張でガチガチに固まってしまう。


 リュシアンは慎重な手付きでエミリーの頬に掌を添え、若葉色の瞳を覗き込んだ。


 「……君の瞳の中に瞬く星が映っている。どんなに素晴らしい宝石も、君の前では輝きが霞むだろう」


 空いた方の手が頤を上向かせ、彼の親指がそっと唇をなぞる。ドッドッと全身に響く鼓動を感じながらリュシアンを見つめ返す。彼は背を屈め、とても愛おしげな表情で額を合わせた。


 「エミリー。君はオレにとってかけがえのない存在だ。友人であり、恋人であり、将来は妻となる唯一無二のパートナーだ。君に出会えた幸運には感謝してもしきれない。一生分の幸運を使い切ってしまったとしても、少しも後悔はない」


 至近距離ですっと息を吸い込んだリュシアンが熱っぽく告げる。


 「君を心から愛している。どうかオレを受け入れてほしい」


 胸の奥から愛おしさが溢れて、リュシアンに触れたくてたまらなかった。唇が触れ合う瞬間が待ち遠しくて、瞼を閉じる。


 唇に吐息がかかり、柔らかな感触が降ってきた。重ね合わせるだけの優しいキス。それにとてつもない幸福を感じて頭の芯がじんと痺れる。


 数秒より少しだけ長く重なった唇は、そっと離れていった。緊張から解放された安心感と、もっと触れ合っていたかったという欲が同時にせめぎ合い、ふわふわとした独特の浮遊感に包まれた。


 「リュシアン様……」


 無意識に甘えるような声が出た。彼も「ん?」と甘い声で応える。


 「君に期待を向けられると、何でも叶えたくなるな。実は君とのキスを待ち焦がれていたから……嬉しくて、今夜は眠れなさそうだ」


 満面の笑顔を浮かべるリュシアンに最大級の胸キュンが襲ってくる。リュシアンが愛し過ぎて、自分から彼の背中に両腕を回してぎゅうううっと力いっぱい抱き締めた。


 「っ、エミリー?」


 「ごめんなさい。()()()()()のことが好き過ぎて、我慢できませんでした」


 「!!」


 エミリーから抱き着いたことも、敬称なしで名前を呼んだことも、リュシアンを動揺させるには十分だった。


 リュシアンの戸惑いと喜びを感じながら、彼の胸板に顔を埋めてすぅーっと彼の香りを堪能する。それに気付いてビクッとしたリュシアンを、抱き締めた体勢のまま見上げた。


 「このまま、もう少しだけリュシアンを独り占めしてもいいですか……?」


 恥ずかしそうに、でも甘えるように見つめられたリュシアンはドッと心臓が跳ね上がった。そのままエミリーをぎゅっと抱き締め返し、髪に顔を寄せる。香りを嗅がれ、エミリーはぴくんと肩を揺らした。


 「ふふ。くすぐったいです」 


 腕の中で大人しく身を委ね、もう一度ぎゅっと彼を抱き締めた。ささやかな胸を彼に押し付けていることに気が回らず体を密着させていると、リュシアンが焦れた声で言う。


 「ひとつ、君に忠告しておく。あまりオレの自制心を信用し過ぎないでくれ」


 「え?」


 「オレが君に邪な心を抱いても、理性でコントロールできると安心しているのだろう? それは誤りだ。君に無体を強いるような真似は決してしないが、たとえ言葉や態度に出さなくとも、君と親密に触れ合いたいと望んでいることを、お互いのために自覚してほしい」


 「!! わ、分かりました……!」


 エミリーは顔を真っ赤にしてのけ反った。リュシアンの背に回した腕を慌てて引っ込めて後ろで組む。


 貴族の場合、たとえ恋人や婚約者であっても、結婚するまでは節度を保ち、清い関係を貫かねばならない。女性の評判が落ちるのは容易く、男性側も非難の対象となるからだ。


 彼はお互いの立場を守るために線引きしてくれたのだと理解しつつ、エミリーは内心落胆した。


 (じゃあ……今夜のキスはもうお預けかしら……?)


 しゅんとして物足りなそうな顔になったエミリーは、無言でリュシアンを見つめる。すると彼はなぜか見えない矢に貫かれたように「うっ!」と胸をおさえた。



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