冬の舞踏会4
「……ありがとうございます。私、リュシアン様にいただいてばかりですね。今日も溢れるほどの愛情を受け取って心が喜びで溢れています。他の誰とも違う。リュシアン様だけが与えてくれる、特別な感情です。私からも少しずつお返しさせてくださいね」
「何を言う。受け取ってばかりなのはオレの方だ。それにオレが君に与えられるものがあったとしても、何かを返さなければいけないと気負わないでほしい。君がこうして隣にいてくれることがオレにとってどれほど得難く大きな幸福か、言葉では伝えきれない」
リュシアンの熱心な眼差しに胸がきゅうっと締め付けられて口を噤む。涙を堪えて微笑むと、リュシアンが優しく頭を撫でてくれた。
「近いうちにアルベール公爵家からブラン伯爵家に正式に婚約の申し入れがあるだろう。入れ違いになるかもしれないが、君からもご家族に事情を記した手紙を書いてくれないか? その方が円滑に進むはずだ」
「分かりました。すぐに手紙を書いて送ります」
「ありがとう。協力感謝する」
ほっと安堵を浮かべるリュシアン。一見冷静に見える彼も、自分と同じように不安を抱えつつ、婚約を心待ちにしているのだと伝わってきて、胸が温かくなった。
思わずへにゃりと頬を緩ませるエミリーを見たリュシアンは、微笑ましそうに口角を上げる。たが、彼の眼差しに憂いが帯びた。
「これで少しは不安を取り除けただろうか? オレは君に求婚したが、まだ婚約に至っていないことで君を不安がらせたくないと思っていた。――だが、それだけではない」
「? どういうことでしょうか?」
珍しく緊張を滲ませるリュシアンが、躊躇いを残しつつ口を開く。
「……君を妻に望む気持ちは変わらないが、将来オレが家督を継いだ時、君は否応なくアルベール家の女主人としての責任を背負うことになる。結婚しても君の夢を叶えることは可能だが、どうしても義務を優先しなければならない場面が出てくるだろう」
「!」
「君に重荷を背負わせ、窮屈で歯痒い思いなどさせたくはないが、現実として避けようがない。結果として大変な道を選ばせてしまったことについて申し訳なく思っている。どうか許してほしい」
己の胸に手を当て、真摯に頭を下げるリュシアン。
彼は今、自分の努力ではどうにもならない、変えようのない部分でエミリーを慮り、胸を痛め、許しを請うている。
婚約に現実味が帯びたことで一層誠実であらんとするリュシアンの態度に心が動く。
(この方は本当に――どこまでも誠実で、強くて、優しい。そして少しだけ心配性で、責任感がある分、人一倍深刻に捉えてしまう部分もある)
エミリーは愛おしさが湧き上がるのを感じながら、彼の冷えた頬を温めるように手を添えた。そのままそっと顔を上向かせる。
「リュシアン様、謝らないでください。あなたは何も悪くありません。それに心配はご不要ですよ。実は、昔からひとつだけ自信があるんです」
「?」
「私。ものすごーく、しぶといんですよ!」
突然屈託のない笑みを向けられ、リュシアンは目を丸くした。頬に添えられたエミリーの手に己の掌を重ね、優しく包み込む。
「しぶといというのは……根性があるという意味だろうか?」
「はい、まあそういう感じです」
首をこくこく縦に振るエミリーの大らかさに肩の力が抜け、リュシアンは表情を和らげる。彼の胸のわだかまりを少しでも軽くしてあげたくて、エミリーは穏やかに言った。
「私は子どもの頃から優秀な兄や姉を見て育って、羨ましいと思ったことなんて数えきれないほどあるんです。でも、ないものねだりをしたところで生まれ持った容姿も魔力の量も変えられないし、卑屈になったって何も解決しない。大切な人の笑顔を曇らせて、悲しませるだけです。なので自分の力で役立てることは何なのか、どうすればそれを叶えられるか――。ずっと考えながら生きてきました」
まだ幼かったエミリーには多くの選択肢は思い浮かばなかったし、それを叶える具体的な手段も知らなかった。
けれど成長に伴い様々な知識を身に着け、成功と失敗両方の経験が増えていくうちに、だんだんと目標が明確になっていった。
目標が決まれば達成する方法を調べ、時には家族を頼りつつ、計画的に行動に移してきた。
「大きな困難に直面した時は、壁の高さに怯んで不安になります。でも、その困難を乗り越えると決めたなら、絶対に投げ出そうとは思わないんですよ。どれだけ時間がかかって遠回りをしても、最後には目標を達成してきました。そういう小さな積み重ねが少しずつ自信になって、今の揺るぎない志を持てる私になっています」
しぶとく食らいついて必死に足掻いて、少しずつでも目標に近付いていく。
結果が出るまでは暗闇の中をあてもなく彷徨っているような心細さに襲われるが、それでも胸に抱いた希望の光を頼りに諦めず、前に進んできた。
「なので心配しないでください。確かにこれから背負う責任は重く、プレッシャーを感じますが、だからといって窮屈で歯痒いなどと思いません。まずは第一にリュシアン様のご家族、ご友人、そしてお屋敷で働く使用人の方々をはじめ何よりも慈しむべき領民の皆様の信頼を得られるよう、誠心誠意向き合っていくつもりです」
はっきりと意思を告げたエミリーは、続けて決意表明する。
「それからもうひとつ目標ができました。どんなに頑張っても来年はAクラスが限界ですが、最終学年はSクラスに移籍できるよう励みます。リュシアン様がいつも私を助けてくださるように、私もいつかあなたの力になりたい。現状を一足飛びに変えることはできませんが、地道に頑張りますので。――これからも私に期待して、隣で見ていてくださいね」
ごく自然と、花が綻ぶように笑顔が浮かんだ。
もう分不相応だなとど遠慮せず、自分の素直な想いを伝えられるようになった。それが誰のおかげかは明白だ。
自分自身の変化に喜びと充足感を得ていると、リュシアンは弱ったようにため息を零す。
「まいったな……」
「?」
「君のことが好き過ぎて、これ以上は好きになれないと思っていたが、認識が誤っていた。志を胸に決意表明する君があまりに眩しくて、さらに惚れ込んだ。君に請われるまでもなく、この命ある限りずっと――病める時も健やかなる時も、変わらず君の隣で見守っている」
「!!」
結婚の誓いのような愛の言葉を捧げられ、ときめきの許容量が上限を超えた。頭からぼふんぼふんと連続で湯気を出しつつ、こほんと咳払いする。