冬の舞踏会3
「今夜のドレスは君が選んだのか?」
「はい。友人のコレットに相談して選びました。王都の邸宅にいる母にお願いして取り寄せてもらったんですよ」
「そうか。君の友人は多彩だな。ドレス選びから身支度まで精通しているとは。おかげでこんなに愛らしいエミリーの姿を目にできたのだから、後で私からも礼を言っておこう」
「ふふっ、きっと喜びますよ。リュシアン様のお眼鏡にかなったとなれば、あの手この手で商品をアピールしてくるかもしれません。私への贈り物にどうか? とか言って」
「願ってもないことだ。君が喜んでくれるならいっそ店ごと買い取ろう」
「リュシアン様がおっしゃると冗談にならないのでやめてください」
窘めるようにちょっと低い声を出すと、互いに顔を見合わせて笑った。リュシアンはしみじみとエミリーを眺め、賞賛の声色で告げる。
「そのドレスもアクセサリーも本当によく似合っている。君をよく知る友人が君に似合うものを真剣に選んでくれたのだと伝わってくる。だが、私の色を纏う君も素晴らしく愛らしいだろうな」
「まあ……! いずれその機会がありましたら、喜んで」
エミリーは喜びつつ、恐縮した。
クラロ・フォンテの貴族社会において、パートナーの髪や瞳の色を纏うことが許されるのは夫婦か婚約者だけだ。
エミリーはリュシアンに告白された時に求婚されて承諾したものの、実際には本人たちの意思だけで成立するものではない。婚約するにはいくつかの手順があり、まず、両家の承認が不可欠である。
(リュシアン様は、お父上であられるアルベール公爵様に話をするとおっしゃってくださったわ。時間がかかっても待つのは平気。だけど、お許しを得られるか……正直にいうと不安がある)
客観的に見れば、家格差があるものの、婚姻に差し障るほどではない。それに光魔法の使い手の血筋であることは少なからず評価されるだろう。
問題は、エミリー自身が家柄血筋以外でアルベール家の次期当主となるリュシアンに有益な存在だと認められるかだ。
エミリーはリュシアンと同じ名門魔法学校に在籍しているが、トップクラスに所属するリュシアンと違い、下から二番目のBクラス。リュシアンに並び立つには物足りない成績であることは否めない。
(これまで毎日努力を重ねてきたし、リュシアン様のご指導のおかげで着実に成績が上がってきたわ。来年Aクラスに移籍できるのはほぼ確実。それでも、リュシアン様と比べると実力差はとてつもなく大きい)
表情を曇らせたつもりはなかったが、胸に燻る不安を的確に見抜いたリュシアンが顔を覗き込んできた。
「不安にさせてすまない。君との婚約については既に父に申し出ている」
「! そうなんですね。それで、公爵様の反応はいかがでしたか……?」
ついさっき喉を潤したばかりなのに、舌がすっかり乾いていた。緊張で高鳴る鼓動を感じていると、リュシアンが眼差しを緩める。
「結論を先に言うと好感触だった。望む結果を得られたと言って差し支えないだろう」
「……っ、本当ですか?」
これまでの人生で最も嬉しいニュースに感極まったエミリーは、咄嗟に繋いでいた手を放し、己の口元を覆った。
はあっと熱い吐息が漏れる。涙の膜で瞳が潤むと、リュシアンは安心させるように優しく肩を抱いてくれた。
「以前、感動に震えて涙する君はとても綺麗だと――そう言ったのを覚えているか?」
「っ、はい」
「はじめに見た時は君が己の力で目標を達成した時だった。次に見た時はオレに求婚された時。今は婚約が認められたと伝えた時だ。
君に喜びを与えられる存在になれたことを、奇跡のように感じている。本当なら涙など流させたくはないが……」
「ふふっ。喜びの涙は特別ですよ」
「ああ、そうだな。素直に嬉しく思う。無事に婚約を進めることができそうで、オレ自身安堵している。
これから君のお父上の承諾も得なければならないし、他にもやるべきことがあるが、一番大きなハードルを超えたといえるだろう」
「はい。あの、差支えなければ、公爵様の反応をもう少し詳しくお伺いしても?」
「もちろんだ。言葉が足りずすまない」
リュシアンは申し訳なそうに詫びた後、エミリーの肩を放す代わりに手を繋ぎ直した。
「父は、幼少の頃から女性が苦手で、頑なに拒絶し続けていたオレを見てきたからな。初めて自分から心を寄せた女性がいて結婚したい、既に求婚したと伝えた時は、おそらく人生で一番驚いた顔をしていた。
威厳を纏い、何事にも動じず冷静沈着な父が取り乱す姿を見られたのは、不謹慎ではあるが少し愉快だった」
「ふふっ、リュシアン様ったら」
不敬だと思いつつ、まだ見ぬ公爵様の取り乱す姿を想像して笑ってしまった。けれどすぐに冷静になる。本当は聞くのが怖いが、やはり把握しておくべきだと思い、勇気を出した。
「私との婚約に関してご懸念事項はありませんでしたか?」
「いや、特にない」
あっさりと返事をしたリュシアンに驚き、不安に駆られる。本当は何かあったが、心労をかけまいと黙っているのではないかと――。
またもエミリーの表情から内心を察したリュシアンが、「本当だ。それに驚くことでもないだろう?」と付け加える。
「君の生家であるブラン伯爵家は歴史ある家柄で、代々優秀な光魔法の使い手を輩出することで名が通っている。
ご家族はみな社交界での評判がとてもいいし、君自身もオレと同じ名門魔法学校の一員で生活態度は品行方正、交友関係も良好だ。
父が光魔法の血筋の面で期待していないといえば嘘になるが、君に会って人柄を知れば好きにならずにいられないだろう。だから安心して嫁いできてほしい」
「リュシアン様……」
リュシアンに温かな信頼を向けられ、不安が溶けていく。安堵と同時に気になることが口をついて出た。
「リュシアン様から見た私の人柄とはどのようなものでしょうか?」
「そうだな……」
視線を落とした彼はしばし思案に耽り、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「君は努力家だ。自分の力の及ばない部分でつらい思いをすることがあってもそれを嘆いて卑屈にならず、他人に責任を押し付けて当たることもない。
ただひたむきに志を持ち、困難に直面した時は自分の力で乗り越えようとする強さと、場合によっては周りに助けを求める柔軟さがある。
気が小さく繊細な面もあるが、だからこそ人を慮り、上辺でない優しさを与えることができるのだろう。これらは何にも代えがたい資質だと思う」
彼の発する言葉のひとつひとつに、エミリーへの深い信頼と賞賛が滲んでいる。そのことに心が震えるほど感激し、再び喉に熱いものがこみ上げた。




