冬の舞踏会1
月日は流れ、迎えた舞踏会当日――
その日の女子寮はてんやわんやの大騒ぎだった。化粧品を貸したり借りたり、ドレスを着付け合ったり、髪を結いあげるのを手伝ったりとものすごい熱気に包まれている。
コレットは裕福な商家の娘で流行に詳しく、ヘアメイクの腕も抜群に良い。助っ人として引っ張りだこだ。
「待たせてごめんねー! 次はエミリーの番だから」
「まだ時間に余裕があるし大丈夫よ。それよりコレットこそ支度しないと」
「私は後回しで大丈夫! 我が家のおすすめ商品をアピールするまたとない機会だもの。ギリギリまで支度を手伝うわ」
「ふふっ。たくましいわね」
「商家の娘だからね~」
あはっと大きな口で笑ったコレットは手際よくテーブルに化粧品を広げた。鏡台の前に腰掛けたエミリーの前髪を上げてピンで留める。
後で着替えることを考えて前開きの部屋姿のままのエミリーを鏡越しに見つめ、感慨深そうに言う。
「まさかエミリーが幻の妖精だったとはなぁ~」
「ん”ん”っ」
「あははは! 淑女がそーんな声漏らしちゃダメでしょ。そりゃお相手がアルベール様ならなかなか言い出せないよね~。あの時は特にご令嬢方が殺気立ってたし」
「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんだけど……」
「そんなの分かってるって。でもね。私こう見えて口堅いし、エミリーとは一番親しいつもりだから水臭いじゃんってモヤついたりもしたんだよ。
けどそれ以上に恋愛に奥手だったエミリーが、自分から好きな人を見つけて想いを通じ合わせることができてすっごく嬉しいんだ。しかもお相手は難攻不落の高嶺の花! 最高じゃない。諸手をあげて祝福するわ」
コレットはメイク用の筆を選びながら、とっておきのウインクを投げてきた。
「よぉ~し! 今日は私が腕によりをかけて王国一の妖精姫にしてあげる! だからあなたは胸を張って、”アルベール様のパートナーは私よ!”って諦めの悪いご令嬢方に思い知らせてちょうだい」
「コレット……ありがとう」
温かな友情に涙がこみ上げそうになる。鼻をスン、と軽く鳴らすと、化粧を施していたコレットはぎょっとして制止した。
「ストーーップ! 目が腫れちゃうから泣くのは我慢して! 今夜はアルベール様をときめきで悶えさせるんでしょ!? 志半ばで倒れてる暇なんてないんだからねっ!!」
声高に叱咤激励され、そのあまりの剣幕に思わず笑ってしまった。完全に涙の引いたエミリーを前に、コレットはほっと胸を撫で下ろした。
*
「うん、これでバッチリ。完成~~~~! 本当に素敵よエミリー。今夜の最高傑作だわ!!」
「すごいわコレット。私じゃないみたい……!」
姿見の前でくるりと一回転したエミリーは、コレットが本気を出して支度をしてくれたおかげでとても可愛く仕上がっていた。
頑固なくせを伸ばされた髪は艶やかにまとめられ、清楚な雰囲気はそのままに、目鼻立ちに華を持たせる化粧が施されている。
さらに、事前に厳選してもらった素敵なドレスのおかげで、田舎の素朴な令嬢ではなく、都会的で洗練された令嬢に変身していた。
大仕事をやり切って充足感に浸るコレットがふぅっと一息吐き、自信を持って太鼓判を押す。
「これでアルベール様もイチコロね! ときめくこと間違いなしよ。でも誘惑し過ぎには要注意。舞踏会だからって羽目を外し過ぎないように気を付けて」
「コレット! もうっからかわないで」
むふふと意味深に口元を隠すコレットと、頬を赤くして咎めるエミリー。
その後、コレットに心から礼を伝えて寮を出たエミリーは、舞踏会の催される大広間へと向かった。
舞踏会は既に始まっていて、流麗な音楽が漏れ聞こえてくる。大広間につながる回廊でパートナーと待ち合せている生徒たちはそわそわと落ち着きがなく、人が通る度に相手の顔を確認していた。
今日ばかりは全員が着飾っているため、いつになく華やいでいる。そんな中でも、壁を背に両腕を組んで佇んでいるリュシアンは飛び抜けて目立っていた。
無表情で隙がなく、近寄り難い空気を纏っているのに、視線が吸い寄せられる。危うい色香すら感じさせる暴力的なまでの美しさに言葉を失った。
正装したリュシアンを前に平伏したい衝動に駆られていると、こちらに気付いた彼が驚きに目を開き、颯爽と近付いてきた。
「こんばんは、リュシアン様。素敵な夜ですね」
「…………」
「? あの、リュシアン様?」
いつもならすぐに挨拶を返してくれるリュシアンが、じっとエミリーに釘付けになっている。気恥しさを感じて俯くと、ハッと我に返ったリュシアンが照れ臭そうに咳払いした。
「すまない。君があまりに綺麗で見惚れてしまった。本来なら盛大に賞賛するところだが、今夜の君の素晴らしさを十分に表現できる言葉が思い当たらない。舞踏会で君をエスコートする栄誉に与かり、光栄だ」
「ふふっ。ありがとうございます。リュシアン様も言葉に表せないほど素敵です。気付いてましたか? リュシアン様の前を通りかかる生徒たちはみんな、例外なくリュシアン様に目を奪われていました」
「? そうだったのか。だが、オレは君の目を楽しませられればそれでいい。こうして君の喜ぶ顔を見られるなら、気合を入れた甲斐があったというものだ」
愛おしげな笑みを浮かべるリュシアンに痛いほど胸をときめかせていると、エスコートのための腕を差し出された。
「では、行こうか」
「はい、リュシアン様」




