高嶺の花と意外な素顔2
「君はブラン伯爵家の者だったのだな。なるほど納得した。かの家は光魔法の名手を輩出することで名が通っている。君には人を助ける力と実行に移す行動力がある。将来は素晴らしい魔法使いになるだろう」
「まあ……身に余るお言葉です」
「謙遜することはない。実際、私は君に助けられた。君の婚約者は君のことが誇らしいだろうな」
「ありがとうございます。ですが、残念ながら婚約者はおりませんし、今後も難しいかと。なので卒業後は王都で就職するつもりです」
リュシアンの瞳が驚きに染まり、エミリーは苦笑した。貴族の令嬢は魔法学校卒業後、結婚するのが通例だからだ。
この国の貴族令嬢は遅くとも20歳までに嫁ぐ。それより遅れると売れ残り――つまり嫁ぎ遅れの烙印を押されてしまう。
婚約者はだいたい15~18歳前後で決まるが、家柄が良く好条件の令嬢であればそれ以前に縁談が舞い込む。実際、姉は15歳を待たず山のような釣書が届いていた。
(やっぱりお姉様は別格よね)
兄姉は母譲りのさらさらのプラチナブロンドで、アイスブルーの瞳が涼やかな美男美女だ。姉が社交界デビューした時はブラン伯爵家の白百合姫と称され、ずいぶん持て囃された。
容姿人柄に優れ教養も申し分なく、数少ない光魔法の血筋となれば、引く手数多なのも頷ける。そして姉が素晴らしいからこそ、末娘であるエミリーは同じ年頃の令息達の興味を引いた。
しかし、エミリーは父譲りの紅茶色のくせっ毛で、よくある若葉色の瞳という平凡な容姿をしている。その上魔力は人並み。真面目な努力家で勉強熱心ではあるが、全てにおいて兄姉に及ばない。
『なんだ、兄姉とは全然似ていないじゃないか』
初対面で失望の眼差しを向けられ、落胆の態度を取られたのは一度や二度ではなかった。
他の令嬢と同様に社交界デビューを心待ちにしていたエミリーにとって、憧れの晴れ舞台で『出涸らし令嬢』などと揶揄されたのは胸を引き裂かれる思いだった。
それでも卑屈にならずに済んだのは、愛情深い家族と、田舎育ちでのんびりした気性のエミリーを何かと気に掛けてくれる友人達のおかげだ。
「私はこのとおり地味な見た目ですし、魔力も少なく、家柄血筋以外にこれといった取り柄がありません。私を積極的に妻に迎えたいと思わないご令息方の心情も理解できます。選べる立場ではないのは重々承知していますが、それでも、血筋目当てで迎えられる形だけの妻というのは抵抗がありまして……。我が家は家族仲がとても良いので、結婚するなら、たとえ恋愛感情がなくてもパートナーとして信頼し合える相手を望んでいます」
贅沢を言っている自覚はある。けれど幸いなことに、エミリーの両親も血筋だけが目当ての家に娘を嫁がせる気は毛ほどもないらしく、ごくたまに縁談が舞い込んでも慎重に対応してくれている。
「生涯結婚は望めないかもしれません。貴族の娘として親孝行できないことを心苦しく思っています。ですが、悲観はしておりません。私には幼い頃からの夢があります。希少な光魔法の使い手として人を助け、世の中に貢献すること――その信念が支えになり、前を向いていられます」
今在籍している魔法学校を卒業できればそれだけで箔がつき、生涯魔法使いとして仕事に困ることがないといわれている。だからこそエミリーは長年なりふり構わず昼夜勉強に勤しんで入学した。
魔法学校では15~18歳の男女が四年間学び、魔法の習得と人脈の形成を目的としているが、貴族出身の者たちにとっては絶好の婚約者探しの場にもなっている。
そのため周囲の令嬢たちが次々と婚約していく中で取り残されていくのは肩身が狭いが、エミリーはそれほど気にしていない。
「幸い私の夢は結婚の有無に関わらず叶えられます。限られた学校生活の中で魔法の研鑽に励み、良き友人達との交流を経て、人としても魔法使いとしても成長したいと願っています」
リュシアンをまっすぐ見据えた。エミリーの発言が強がりではなく、心からの言葉だと伝わったらしい。無言で頷いたリュシアンは張りのある声で告げる。
「――君は強いな。光魔法の使い手は希少だ。治癒や浄化に留まらず、枯れた土地の再生、結界の展開など人々の生活を守るのに欠かせない領域で役に立つ。君の活躍の場は無限にある」
「ありがとうございます。私は魔力が少ないので、魔力切れには常に注意しなければいけませんが……」
「その点は問題にならないだろう。大規模な魔法を使う場面などあまりないだろうし、足りないのなら外から補えばいい」
リュシアンはマナに言及した。
魔力には自己の体内で生まれるマナと、自然界に息づいているマナの二種類が存在する。魔法使いはその両方を活かして魔法を使う。
人が体内に貯められる魔力には差があり、優秀で才能ある人間ほど魔力が多いといわれている。そして魔力が多いほど強力な魔法を使うことができる。
魔力は魔法を使うと消費されてしまうが、自然回復を待つか自然界のマナを取り込むことで補充することができる。
エミリーのように魔力が少ない魔法使いは魔力切れを起こしやすいため、自然界のマナに頼りがちになる。そのため自然界のマナを体内に取り込み、それを己の魔力に変換し、魔法として放出する技術の習得が欠かせない。
しかし、エミリーは己の魔力に変換する部分で躓いている。それを口にするのは憚られたが、見栄を張っても意味はない。
正直に悩みを打ち明けると、リュシアンは長い足を組んで顎に手を当てた。
「魔法はイメージの世界だからな。自身の魔力を扱うのは息をするように容易いが、自然界の魔力を己のものとして扱うにはコツが必要だ。感覚を掴むきっかけさえあればすぐに習得できると思うが……」
じっとエミリーの顔を見つめたリュシアンは、「手を重ねても?」と許可を取ってくる。驚いて言葉に詰まると、リュシアンはハッとして謝罪する。
「突然すまない。私が自然界のマナを己の魔力に変換する流れを感じてもらえれば参考になると思ったのだが、初対面のご令嬢相手に不躾だったな」
「い、いえ。お気遣いありがとうございます。ちなみにアルベール様はどのようなイメージでマナをご自身の魔力に変換されているのでしょうか?」
「そうだな……。分かりやすく言えば、"色"をつけている」
「”色”ですか?」
「そうだ。まずは自分の魔力を色でイメージするといい。自然界のマナが無色透明として、それを己の色に染め上げる感覚だ」
「なるほど……。魔法を使う時に魔力に指向性を与えるのと似た感じですね。私は光魔法の使い手なので、自分の魔力に色をつけるとしたら金色でしょうか。さっそく試してみます」
エミリーは膝の上に手を置いて目を瞑り、周囲の魔力に集中した。うっすらと感じていたマナの気配が濃くなっていく。それを、湖から水を掬い上げるように体内に取り込んだ。
(金色、金色……)
リュシアンの助言通りに色をイメージしながら己の魔力に変換しようとする。しかし、なかなか思うようにいかなかった。
「……やはり簡単にできるようにはなりませんね。ですが貴重なご助言感謝します。これから毎日練習してみます」
「ああ。君なら必ず習得できる。君はもっと自分に自信を持つべきだ」
「身に余るお言葉です」
「そんなことはない。それに、家柄血筋以外にも取り柄はある。志を持って魔法の研鑽に励み、己の力で人を助けようとする。その柔らかな若葉色の瞳も、暖かな日差しを弾く紅茶色の髪も、ブラン嬢の優しい雰囲気に合っているし、隣にいると穏やかな心地がする」
淡々と賞賛するリュシアンを見ていて胸が熱くなった。
(お世辞じゃなく、心からおっしゃっている。アルベール様は私を励まそうとしてくださっているのだわ)
彼の上辺じゃない優しさに触れて心が温かくなる。気恥しさより、リュシアンへの感謝の気持ちが溢れた。
「ありがとうございます。他でもないアルベール様に励ましていただけて、力が湧いてきました」
「そうか。少しでもブラン嬢の力になれたのならよかった」
その時、エミリーは息を呑んだ。鉄仮面で有名なリュシアンが、微かな笑みを浮かべたのだ。
はじめに声を掛けた時の冷えた眼差しは消え去り、慈しみの灯った紫の瞳が柔らかに細められている。形の良い唇が弧を描き、凄絶な色香を放つ。
何倍も神々しさを増したリュシアンの微笑を真正面から食らってしまい、エミリーはパァンと思考が弾けた。
「ブラン嬢?」
突然硬直したエミリーを心配し、リュシアンが顔を覗き込む。距離が縮まった分、リュシアンの大きな体が近付き、彼の体温と爽やかな香りを感じたエミリーは気が遠くなった。
「ブラン嬢!」