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終わりとはじまり3


 「その紅茶色の髪に触れて指で梳かすのも、若葉色の瞳に映り続けるのも、柔らかな唇にキスを許されるのも、全部オレがいい。


 エミリー、君を愛している。他の誰にも譲りたくない。これから君のどんな期待にも応えてみせる。だからどうかオレを選んでほしい」


 リュシアンの熱く誠実な愛の告白に心が震える。爪先から頭のてっぺんまでじわじわと喜びが湧き上がり、大きな幸福感に包まれた。


 (リュシアン様は本気で私のことを好きでいてくださるんだわ)


 絶対に叶わないと諦めて蓋をした恋が、奇跡のように叶った。


 (ああ、だめだ。リュシアン様に伝えたい言葉がたくさんあるのに、ひとつも上手くまとまらない。ただリュシアン様のことが好きで、大好きで。心から愛しい)


 決して急かさず、辛抱強く返事を待っているリュシアンに胸がきゅうっと鳴いた。


 気の利いた言葉で想いを伝えられなくてもかまわない。ロマンチックな演出で応えられなくてもいい。ただ、少しでも早く彼を安心させたくて、震える唇を開いた。  


 「――……っ、私も、リュシアン様をお慕いしています。もう、ずっと前から」


 涙声に濡れながら、まっすぐにリュシアンを見つめる。


 「リュシアン様。私もあなたに恋をしています。あなたのことが、大好きです」


 エミリーの返事を聞いたリュシアンは地を蹴って立ち上がり、震える細い体を掻き抱いた。リュシアンの腕の中に閉じ込められて、たとえようのない幸福に浸る。


 「エミリー。君がオレを選んでくれて、とても嬉しい。体が震えるような幸福は生まれて初めてだ」 


 熱い吐息が耳を掠め、背筋がゾクッとして「んっ」と小さな声を漏らしてしまった。それを目敏く拾ったリュシアンは、眼差しに眩暈がするような色香を宿した。エミリーの両肩に掌を置き、自然に顔を近付けていく。


 「っ、リュシアン様?」


 驚いて反射的に胸を押し返した。堅い胸板は微動だにしなかったが、ハッと我に返ったリュシアンはエミリーの肩を離し、自分でも驚いたように狼狽した。


 「――驚かせてすまない。感情のコントロールには自信があったんだが、君の前では理性が怠慢になるようだ。想いを通わせたばかりで相当に浮かれていた。不快な思いをさせて申し訳ない」


 「い、いえ、驚いただけで嫌というわけでは……」


 しゅんと項垂れていた子犬がピンと耳を立てて目を輝かせるように、リュシアンの表情が明るくなる。わりとすごい発言をしてしまったことに気付き、遅れて羞恥が込みあげてきた。


 「ご、誤解しないでくださいね? 別に恋人らしい触れ合いに興味があるとかではなくて、積極的に誘う意図もなく、だけどリュシアン様に触れられることはとても嬉しくて、キスもやぶさかではないのですが、まだ緊張するので少し待っていただきたいというか、少しというのを具体的にお伝えするのは難しいのですがとにかく今は心臓が持ちませんっ!」


 (ひゃああああああああ)


 内心床を転がりながら羞恥に悶え叫ぶ。リュシアンのことを想っているが、自分からキスをねだるはしたない女ではないと弁明するつもりが、どんどん墓穴を掘っていく。


 涙目でぷるぷる震えるエミリーを慮り、リュシアンは優しい表情で宥めた。


 「君がオレを想う気持ちは十分伝わっている。慣れない恋人らしい触れ合いに緊張して、慌ててしまう気持ちも分かる。それに対して何も変な誤解はないから、落ち着いてほしい」


 「はい……。みっともなく取り乱してしまい申し訳ございません」


 「君がオレのことで取り乱す姿を見るのは悪くなかった」


 「!! 意地悪しないでくださいっ」


 「すまない。実は君の怒った顔も好きなんだ。つれない態度は堪えるが、拗ねてむくれた時の表情が愛らしくて、怒らせたくはないのにたまに意地悪したくなる。恋とは矛盾しているな」


 甘い微笑を浮かべてエミリーの頭に手を伸ばし、優しく頭を撫でるリュシアン。与えられる温もりの心地良さに怒りが溶かされ、エミリーは自然とリュシアンの胸に寄り添った。


 「仕方ないので許してあげます。ただ、怒った後に慌ててとりなしてくるところも、こうして優しく宥めてくれるところも、知っているのは私だけがいいです。なので他の女性には絶対、意地悪しないでくださいね……?」


 胸元にすり、と頬を寄せて彼の服の袖を掴む。そのまま見上げると、なぜかリュシアンは顔を顰めて口元を手で覆っていた。かなり身勝手な期待を押し付けたと気付き、エミリーは青褪めた。


 「ごめんなさい! リュシアン様の行動を制限するようなわがままを言いました。今のは忘れてください」


 「! いや、違うんだ! 今のはっ、その、エミリーがあまりに可愛くて……キスしたい衝動に全力で抗っていた」


 「!?!?」


 思いがけない真実を暴露され、鼓動が爆跳ねした。互いに顔を見合わせて赤面し、どちらともなく視線を逸らす。そのまましばらく気まずくもむず痒くなるような空気が流れたが、先にリュシアンが持ち直した。 


 「色々あってオレたちは恋人になったばかりだ。焦る必要はない。本音を言えば、今すぐにでも君と唇を重ねて君の甘い香りを堪能したいところだが……」


 「!?!?」


 「無理に背伸びをさせたくはないし、君と少しずつ距離を縮めていくのは楽しいだろうと思う。だから唇はお預けにして、今夜はこれだけ許してほしい」


 エミリーを怖がらせないよう、ゆっくりと頬に手を伸ばしたリュシアンが、エミリーの柔らかい頬に己の掌を添える。そのまま空いた方の頬に唇を寄せ、愛のこもったとても優しいキスを贈った。 


 唇が離れたあと、エミリーの両頬を掌で包み込む。宝物を慈しむような触れ方にドキドキして見つめ返すと、リュシアンがなんと満面の笑顔を浮かべた。


 「エミリー。君のことが大好きだ。たとえ離れている時でも、いつでも隣にいたいと願っていることを、どうか心に留めておいてくれ」


 リュシアンが眩し過ぎて、もはや消し飛びそうになった。ギュンと容赦なくときめきが襲ってきてすぐに許容量を限界突破した。


 溢れてしまった途方もないときめきに身悶えながら「……っ!」と声にならない声を漏らし続け、落ち着くまで相当の時間を要した。



 その後、リュシアンは帰り道の間ずっと――魔鉄道の中でも、学校の校門をくぐってからも決して手を放そうとしなかった。人目を憚って渋るエミリーを優しく宥めつつ、一歩も譲らないリュシアンは、結局女子寮の前までエスコートした。


 エミリーを伴って現れたリュシアンを目撃した女生徒たちは驚愕した。さらに甘い笑顔で優しく「おやすみ」と告げ、名残惜しそうに手の甲にキスをする場面を見て黄色い悲鳴をあげたのは言うまでもない。


 こうしてエミリーのささやかで平穏な学校生活は唐突に終わりを告げたのだった。



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