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秋祭り2


 一通り主要なマーケットを見て回り、少し歩き疲れた頃。リュシアンが休憩がてら昼食を勧めてくれた。しかも事前にレストランを予約してくれたようだ。


 先ほどお肉をいただいたものの、少量だったためお腹が空いていたエミリーはとてもありがたかった。


 案内されたのは洒落たホテルの地上階で営業しているレストランで、趣のある伝統的な内装と気品あるテーブルセットが素敵だった。


 「素敵なお店ですね。こんなお店があったなんて知りませんでした。お祭りの日に予約を取るのは大変だったのではないですか?」


 「問題ない。いくつか候補の店を回ったが、ここが一番雰囲気が良く、給仕のサービスも円滑だった。何より料理が美味い。ぜひエミリーに堪能してほしい」


 「えっ? わざわざ今日のために下見してくださったのですか……?」


 「っ!」


 失言に気付いたリュシアンが掌で口を覆う。無言の後、気まずそうにチラッとこちらの様子を窺ってきた。


 「今のは聞かなかったことに――」


 「分かりました」


 茶化さずに落ち着いた微笑を返すと、安堵の表情で手をおろすリュシアン。けれど、彼の頭上には例の暗雲が立ち込め始めた。


 「申し訳ない……。君の前だとつい気が抜けて情けない姿を晒してしまうな。次こそ完璧にエスコートすると豪語しておいてこの体たらく。恥じ入るばかりだ」


 「そんなことはありません。リュシアン様は今日、私を喜ばせたいと思ってお忙しい中時間を割いてくださったんですよね? 


 それを知って嬉しくないはずがありません。素敵なお店に連れてきてくださってありがとうございます。一緒にお料理を楽しみましょう」


 心から感謝の笑顔を浮かべると、リュシアンは眩しいものを仰ぎ見るように眼差しを緩めた。


 美しい紫の双眸に見つめられていると頬に熱が集まってきて、誤魔化すように慌ててメニューに視線を落とした。   


 「えっと、リュシアン様のおすすめ料理はどれですか?」


 名誉挽回のチャンスといっては大袈裟だが、会話の主導権をリュシアンに委ねる。それに気付いたリュシアンが気を取り直し、明るい表情を浮かべた。


 「この店はメニューが豊富でどれも評判が良いが、特にドゥーブル・フォンデュがおすすめだ」


 「ドゥーブル・フォンデュ? それは普通のチーズ・フォンデュとは違うのですか?」


 チーズ・フォンデュとは、クラロ・フォンテを中心に山岳地帯でよくみられる郷土料理だ。鍋の内側にニンニクを擦り付け、細かく切ったチーズを白ワインで溶かし、一口大に切ったパンや野菜などの食材に絡めて食べる。


 「基本的には同じだ。だが、チーズだけでなくチョコレートフォンデュもある。それぞれ小さな鍋に分けて提供される。定番の食材に加えてフルーツとマシュマロもついてくる。様々な食材を味を変えながら楽しめるのが醍醐味だ」


 「何ですかそれは……。最高ではないですか。ぜひドゥーブル・フォンデュにしましょう!」


 「よかった。では注文するから少し待ってくれ」


 リュシアンがウェイターを止めてスマートに注文するのを見届け、料理が運ばれてくるまでの間、他愛ない会話を楽しんだ。


 そしてしばらくして料理が提供されると、エミリーのわくわくは最高潮に達した。


 あつあつとろとろのフォンデュに、パンと野菜とソーセージ、フルーツ、マシュマロが添えられている。見ただけで涎が出そうな料理を目の前にして、エミリーのテンションは爆上がりした。


 「わぁ~~~~とっても美味しそうですね!」


 「喜んでもらえて何よりだ。鍋の中身はかなり熱い。火傷には気を付けてくれ」


 「はい、分かりました!」


 さっそく串を手に取ってワクワクしながら食材を選び、とろりとチーズを絡める。次の食材は艶やかなチョコレートをたっぷり浸して食べた。


 「ん~~~~~っ! コクのあるチーズがとろりと絡んで美味しい! 甘さ控えめのチョコレートもフルーツと合わせると甘酸っぱくて最高です!」 


 「エミリーは本当に美味しそうに食べるな。見ているとこちらまで笑顔になる」


 「ふふっ。嬉しいお言葉ですが、人前なので自重してくださいね?」


 「分かっている。だが、もはや君を前にして笑みを封じるのは難しい。オレの笑みを引き出しているのは君だからな。無邪気で可愛い姿を見せられればなおさらだ」 


 愛おしげな微笑みを浮かべるリュシアンに、危うく串を落としかけた。


 煮立った鍋の中身よりも体が熱くなってきて、エミリーは食事に集中することでどうにか平静を保った。





 大満足の昼食を終えてから、リュシアンの勧めで大聖堂へ向かった。


 尖塔がシンボルの歴史ある大聖堂は、王都の観光名所だ。塔に設置された狭いらせん状の階段を上ると、屋上から素晴らしい風景を一望できる。


 王都は山地に囲まれた平原地帯に位置し、三日月形の湖の角を取り囲むように街が広がっている。


 優雅に白鳥が泳ぐ広大な湖には、大噴水が空高く飛沫を上げ、季節ごとに花々が咲き誇る湖畔沿いの遊歩道は散歩に最適だ。遠目に見渡せる小さな村々へは港から定期運航船が結んでおり、客足が絶えない。


 眼下に広がる王都の街並みとその奥に広がる青い湖、雄大な山々。名画を切り取ったような絶景に感動し、瞳をキラキラさせて眺めていると、リュシアンが安堵の声を漏らした。


 「よかった。ここを選んだのは正解だったようだ」


 「あっエスコートの場所の下見でしたね。申し訳ございません、本来の目的を忘れて楽しんでしまいました」


 「いや、いいんだ。前回はオレが不甲斐ないせいで見て回れなかったからな。よく考えて場所を選んだつもりだったが、君を連れてきて反応を確かめるまで自信がなかった。だから喜ぶ顔を見られて安心している」


 「そうでしたか。ここならどなたがお相手でも高確率で喜んでいただけると思いますよ。有名なのでもしかしたら訪れたことがあるかもしれませんが、同じ景色でも一緒に眺める相手が変わると印象が違いますし」


 お相手のご令嬢の好みもあるが、これほど素晴らしい風景を目の当たりにして退屈だと不満を零すことはないだろう。何より、隣にリュシアンがいる。それだけで素敵な思い出になるに違いない。


 「君はここに来たことがあるのか?」


 「はい。ですが、こうして屋上に登るのは初めでです。実はここに来るまでの狭いらせん階段が少し怖くて。なかなか勇気が出ませんでした」


 「そうだったのか。無理をさせてすまない」


 「ふふっ、無理なんてしていませんよ。今日はリュシアン様が側にいてくださいますから。怖くありませんでした」 


 柔らかな微笑みを向けると、リュシアンはほっとしたように肩の力を抜いた。


 「君も知っていると思うが、夜は湖に花火が上がる。できれば湖畔沿いの遊歩道で君と鑑賞したい。もちろん寮の門限に間に合うように帰るつもりだ。かまわないだろうか?」


 「はい。私もリュシアン様と花火を見たいです。楽しみですね」


 快諾したエミリーに、リュシアンは嬉しそうに頷く。


 「これからどうしましょうか? 日没までまだ時間がありますね。もう一度マーケットを見て回りますか?」


 「それもいいが、せっかくだから専門店街へ足を伸ばしてみよう。また歩くことになるが、少しでも疲れたら遠慮なく教えてくれ。幸い休憩に適したカフェには事欠かない」


 「ありがとうございます。リュシアン様もお疲れになったら無理せず早めに教えてくださいね」


 互いに思いやりつつ、次の目的地へ向かった。



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