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秋祭り1


 王都で開催される秋祭りは、国内で最大規模を誇る。


 街中に食べ物や工芸品など多彩な露店が立ち並び、移動遊園地が催され、街全体が明るい空気に彩られて賑わいを増す。


 日中は民族衣装を着た男女のパレードがあり、夜には華やかなイルミネーションが点灯される。


 秋祭り当日の正午、お祭り開始の合図となる大聖堂の鐘が響き渡る中、リュシアンと合流したエミリーはほっとした。


 挨拶を交わすと、彼はエスコートのために腕を差し出してくれた。そっと手を添えたが、躊躇いを感じたリュシアンが微かに口角を上げる。


 「それでは心許ないだろう? 遠慮は不要だ。はぐれないようにしっかりと掴まっていてほしい」


 「っ、はい」


 さり気なく手の甲に掌を重ねられ、家族以外の男性にエスコートされることに慣れていないエミリーは硬直した。内心ドキドキしていると、リュシアンが眩しそうに瞳を細める。


 「今日の君は祭りの賑やかさに惹かれて迷い込んだ森の妖精のようだ。その愛らしいワンピースも、葡萄の髪飾りも、君の温かい雰囲気にとてもよく似合っている」


 「あ、ありがとうございます……!」

  

 エミリーは袖に少し膨らみのある長袖のワンピースにショールを羽織り、葡萄をモチーフにした髪飾りを着けている。前回リュシアンの専属ガイドとして王都を訪れた時とは違い、自分なりに精一杯お洒落をしてきた。


 (婚約者役の実践練習と聞いていたからきっと褒めてくださると思ってたけど、実際口にされるとすごい衝撃だわ……!)


 婚約者と顔を合わせた時、男性が女性を褒めるのは基本的なマナーである。深い意味はないと分かっていても、これが実践練習でなければとうに気絶していた。


 それほどリュシアンはときめかずにいられない男性で、しかも婚約者になりきっているためかいつもよりずっと距離が近い。 


 「あの、リュシアン様の服装も秋祭りにぴったりですね。とてもよく似合っています」


 今日は彼も秋祭りに相応しい素敵な装いだった。長身でスタイル抜群、国宝級の美形といって差し支えない彼は立っているだけで物凄く格好いい。


 お世辞でなく褒め返すと、紫の双眸が柔らかく細まる。初っ端から三分咲きの笑みが直撃し、チカチカと視界に星が散った。 


 (ああああ。間近で見るリュシアン様が眩し過ぎてっ。私、寮に帰るまで心臓がもつかしら……?)


 己の心臓に一抹の不安を抱えながら、空いた方の手でささやかな胸を押さえた。


 その後、エミリーはリュシアンと一番楽しみにしていたマーケットへ足を運んだ。そして散策を始めてすぐ、エミリーは感嘆の声を漏らした。


 「わぁ……!」


 伝統的な衣類、美しい刺繍が施された小物や、子どもが喜びそうな木彫りの置物、手作りのミュージックボックス。様々な露店が軒を連ねる中、ワイン、チーズ、チョコレートなど飲食物を扱っている店は長い行例が伸びていた。


 「リュシアン様! 見てください。あちらにとても美味しそうな狩猟肉ジビエ料理の露店が!」


 興奮してついリュシアンの腕を引っ張ってしまい、令嬢らしからぬ振る舞いにハッとして羞恥がこみ上げた。それだけでなく、真っ先に肉料理に突進する食い意地の張ったところまで暴露してしまった。 


 「も、申し訳ございません。今のは忘れてくださいっ」


 頬に熱が集まってくる。あまりの恥ずかしさに俯くと、上から楽しげな声が降ってきた。


 「断る。もう心のアルバムに永久保存した。だが心配することはない。子どものように瞳を輝かせるエミリーはとても可愛かった」


 「……っ!」


 王太子殿下の事情聴取があった日。慌てて駆けつけたリュシアンの意外な一面を発見した時の反応を根に持っていたらしい。だからといってすっかり忘れた頃に意趣返しするなんて、存外人が悪い。


 「……やっぱりリュシアン様は意地悪だと思います」

 

 唇をきゅっと真横に結び、やや涙目で抗議の眼差しを送る。ぎょっとしたリュシアンは慌ててとりなしてきた。


 「すまない、調子に乗った。お詫びに君の好きなジビエ料理を買わせてくれ。他にも君が好きなものを知りたい。気になるものがあればその都度教えてほしい」


 離してしまった手を優しく握られ、彼の腕に戻される。リュシアンの眼差しと声色に、これまでにない甘さが含まれている気がして、全身がどろどろに溶けそうになった。


 「エミリー?」


 昇天しかけたエミリーの顔を心配そうに覗き込むリュシアン。腕を組んだ状態では、顔の距離がかなり近い。ふわりと、彼の爽やかな香りが濃くなって鼓動が跳ねた。


 (こ、このままでは気絶してしまうわ!)


 「……お、お肉を!」


 「?」


 「お肉を! 食べたいです!!」


 正気を保つため、エミリーは力いっぱい主張した。二人の間に沈黙が落ち、紫の双眸が丸くなる。


 やがてリュシアンが笑いを噛み殺すようにくっくっと喉で笑い、羞恥でぷるぷる震えるエミリーの頭に手をのせた。


 そのまま落ち着かせるように一撫ですると、「同感だ」という慈悲深いフォローまでおまけされ、物凄く恥ずかしかった。


 二連続で失態を演じてしまい消え入りそうになったが、お目当ての肉料理を口にすると元気が出た。美味しいものを食べた時の喜びは、何にも代えがたい。


 ジューシーなお肉を味わっているうちに少しずつ落ち着きを取り戻し、ようやくリュシアンの顔を直視できた。


 「先ほどは見苦しいところお見せしました……。結局お料理もご馳走していただきましたし、気を遣わせてばかりで申し訳ございません」


 「まったく見苦しくなどないし、無理に気を遣ってもいない。オレも肉料理を食べたかったんだ。それに君が喜ぶ姿を隣で見られて嬉しい」

 

 背景に花がブワッと舞いそうな笑顔を向けられ、エミリーは目が潰れそうになった。


 今日のリュシアンは積極的に言葉を紡いでくれるし、笑顔も多い。彼なりに実践練習を有意義なものにしようと努力しているのだろう。


 それにしても、一挙手一投足を見逃すまいと意識を向けられ、目が合えば微笑み返され、甘い声で呼び掛けられるのはとても心臓に悪かった。


 (婚約者役のリュシアン様、破壊力高過ぎじゃない? こんなの毎日続いたら絶対身が持たないわ。未来の婚約者様は大変ね……)


 自分にはまったく関係ないが、まだ見ぬ未来の婚約者様の心臓を慮って心の中で合掌した。



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