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自覚と決意2 Sideリュシアン


 彼女と共に過ごす時間は、気付けば何よりも楽しみになっていた。エミリーは他の令嬢達のように、リュシアンから何かを搾取しようとすることはない。


 また、好奇心から詮索することもせず、気の利いたことを言ったりしたりできなくてもかまわないと、ただ隣にいることを許してくれる。それがどれほど得難くありがたいことか、きっと他人には理解できないだろう。


 人助けを口実に身の上話を打ち明けた時も、彼女は失望することなく、純粋に慮ってくれた。それが嬉しくて強引に友人関係に持ち込んだ自覚はあるが、あの時彼女と出会えて本当に良かったと神に感謝している。


 ただ、彼女は注目を浴びることに慣れておらず、それを望んでもいない。


 そのため人前で声を掛けないという約束を律儀に守っているが、時折校内でエミリーを見かけると、心が和んだ。幼い頃に草原で四葉のクローバーを見つけた時のような、ささやかな幸福を感じた。


 直接声を掛けられないのはもどかしかったが、遠目に姿を認めるだけでも癒された。気付けば自然と目が彼女を追うようになっていた。


 長らく魔法に悩んでいたことを打ち明けられ、助力を請われた時は嬉しかった。そして彼女がたゆまぬ努力の末に目標を達成し、震えながら涙を流す姿に胸を打たれた。笑ってほしいと言われたことに驚き、同時に救われた気持ちになった。


 はじめての外出では何の役にも立たなかったのに、彼女は嫌な顔ひとつせず常にリュシアンを気遣ってくれた。己の不甲斐なさに自己嫌悪して謝罪すると、共に過ごせて楽しい、思い出を共有できて嬉しいと、心から笑ってくれた。


 (これまで何度彼女に勇気をもらい、背中を押されてきたか分からない。だからこそ、二人で過ごす時間が有限だと告げられて動揺した)


 二人の時間を心地よく感じていたのは自分だけだったのかと落胆したが、彼女の態度から、そうではないと思い至った。


 真っ当な理由で線引きをする彼女の意思を覆すことはできなかったが、これからも二人だけの時間を過ごしたいと思う。それは彼女に恋人や婚約者できたら叶わない。


 他の男に誘われた話を聞いた時はひどく焦った。以前なら、詳しく話を聞いて誰の話を受けるかを冷静に助言できただろう。


 しかし、そんな冷静さはどこかへ消えてしまった。彼女の隣に他の男が並ぶのを想像するだけで耐え難い。自分以上に親しくしてほしくないし、誰にも隣を譲りたくない。


 胸の奥で燃えるような熱が湧き上がった。


 (ああ、そうか――……オレは彼女に惹かれているんだ)


 自覚した途端、不可解だった変化がすとんと腑に落ちた。同時に彼女に気持ちを伝えたくてたまらなくなった。


 「ヴィクトル。意中の女性に想いを伝える時、どんな言葉を選べばいい?」


 言葉にするのは得意ではないが、この想いを余すところなく伝えたい。そして願わくば彼女の笑顔を見たい。そのためなら恥を忍んでも友人に教えを請う。


 揶揄される覚悟で相談したが、ヴィクトルは真顔で感慨深そうに呟いた。


 「ブラン伯爵令嬢と出会ってからのお前はまるで別人のようだな」


 「おかしいか?」


 「いや、とても良い。誰かに心底心を傾けている姿を見られる日が来るとはな。素直に喜ばしく思う」 


 変に冷やかされることなく受け入れられ、リュシアンはほっと胸を撫で下ろした。


 「それで、告白の仕方についてだが」


 「いや、待て。まさかすぐにでも告白するつもりか? それはまだ早い。しっかり計画を練るべきだ。水を差すようで悪いが、彼女は一筋縄ではいかないと思うぞ」


 「どういうことだ?」


 「今すぐ告白したところで望む結果は得難いということだ。お前と彼女の立場を考えればそのくらい分かるだろう?」


 「?」


 「本気で自覚がないのか。これは重症だな……」


 深いため息を吐いたヴィクトルは、疲れたように眉間に皺を寄せ、机の上に書類を放り投げた。その後、側に控えていたリュシアンに着席を促し、二人は執務机を挟んで向き合った。 


 「いいか、お前はまず認識を改めろ。客観的に見てお前はオレと比べても遜色のない程度に好条件の結婚相手だ。ここまでは分かるな? 


 他方、彼女は注目を浴びることに慣れてなくて、それを望んでもいないごく平凡なご令嬢だ。おい、そう睨むな。彼女の内面を知らない男から見た話だ」


 ゴゴゴゴゴと怒気を孕むリュシアン。それを宥めるように、鷹揚に手を振るヴィクトル。


 「今のは前提で、本題はここからだ。リュシアン。彼女はお前と親しくなってから、少しでもお前に懸想していると思われる素振りを見せたか?」


 「いや、それはない。むしろ立場を弁えているなどと、常に線引きを怠らない」


 「だろうな。それがなぜか分かるか?」


 「家格差を気にしているのではないか?」


 「それもあるだろうが、根本的な原因はそこじゃない。ま、簡単なことだよ。彼女ははじめからお前に選ばれるなんて露ほども思ってないんだ」


 「……っ!」


 衝撃を受けて青褪めるリュシアンと対照的に、ヴィクトルは悠然と両手を組んで椅子の背もたれに体重をかける。


 「お前、彼女に相談を持ち掛けたのだろう? 俺には黙っておいて水臭いじゃないか」


 「! 本人に聞いたのか? やはりあの日は魔法談義などではなかったのだな」


 「そう怖い顔をするな。あれはお前を思ってのことだ。お前を利用することしか考えていない強かな女であれば肝を冷やすくらいの牽制をお見舞いしようと思ったが、杞憂だった。


 だが、良いこともあるぞ。彼女の人柄に触れられたことで少しは助言できる。その前に、彼女が俺に何を言ったか気になるか?」


 「いや。彼女がオレに断りもなく相談の内容を打ち明けることはない」


 「断言するんだな。それほどまでに信頼を寄せているということか……友人として少し妬けるな」


 くすっと笑みを漏らしたヴィクトルは姿勢を正すと、真摯に謝罪した。


 「試すようなことをして悪かった。お前の言う通りだよ。彼女の本性を引き出すためにわざと失礼なことを言ったし、プレッシャーをかけたが彼女は口を割らなかった。


 それどころか毅然と対応して一歩も引かなかったよ。彼女、外見のイメージと中身のギャップがすごくないか? あまりに格好良くて、危うく惚れるところだった」


 「ヴィクトル……。笑えない冗談はやめてくれないか」


 リュシアンは深い疲労を滲ませ、もはや隠し事は意味がないと悟り白状した。


 「……もう察しがついているかもしれないが、彼女には女性への苦手意識を克服する練習相手を頼んでいた」


 「はは、最悪の状況だな。出会い頭から対象外宣言したようなものじゃないか。彼女に意識してもらえないのは自業自得だ」


 「……己の思い至らなさを猛省している。今思えば、見方によってはかなり失礼な頼みだった。彼女にははじめから情けないところを見られているが、あまりにも自然に受け入れてくれるので、彼女の厚意に甘えていた」


 「そうだな。だが、己の至らなさを自覚しても、すぐに思うように対応できるわけじゃない。大切なのは今の自分にできることを地道に努力して、時には周囲の助けを借りながら着実に成長していくことじゃないか? 


 明日の自分が今日よりも少しだけ前進している。そんな日々の積み重ねが自信に繋がるし、人からも信頼を得られる。実際、オレたちはそうしてきただろう?」


 ヴィクトルもリュシアンも、将来人の上に立つことを求められ、血の滲むような努力を重ねてきた。己に課された責任の重さにプレッシャーを感じて時に不安を感じながらも、決して逃げず真摯に向き合い続けてきた。


 それを互いに知っているからこそ――


 「結局のところ近道はないんだ。正解もその時々の条件で変わるし、必ずしも正解が最良の結果を生むとは限らない。人間関係においては、相手を慮ってたくさん考えて、想いを言葉と行動で誠実に伝えていくしかない。


 ま、その点に関しては心配ないな。お前は自覚さえすれば、そういうのは得意だろう?」


 最高の叱咤激励を受け、リュシアンは殊勝に頷いた。


 先ほどは告白の仕方を尋ねたが、再度確認しようとは思わなかった。たとえ助言を受けて上辺だけなぞっても意味がないと気付いたからだ。


 借りものの美しい言葉を並べるより、飾らなくとも自分の言葉で想いを伝えたい。 


 「ああ、全力で挑んで最良の結果を掴み取りにいく」


 ぐっと拳に力を入れたリュシアンは、固い決意とともに立ち上がった。



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