最終回 貧乳の逆襲
今日の放課後、きらりさんはまたお母さんのお見舞いに行く。
僕にはやることがある。
時間ができたらじっくり相談に乗るとすみれと約束している。
『放課後に時間がある。会えるかな』とメッセージを送った。
『うん、会える、会いたい』すぐに返信があった。
数回やりとりをして、ターミナル駅のファミレスですみれと会うことになった。
放課後、きらりさんと一緒に明応高校の最寄り駅へ歩いていく。
総合病院はターミナル駅のひとつ手前の駅にある。
彼女はそこで電車から降りた。
きらりさんにはすみれと会うとは伝えていない。
あえて言うことはないと思った。彼氏が他の女の子と会うのはおそらく嫌だろう。きらりさんに心配をかけることになる。
それでも僕はどうしてもすみれと会わなくてはならない。
彼女ともっふーは僕を救ってくれた。
すみれは僕にとっておろそかにしてよい存在ではないのだ。絶対に。
ターミナル駅で降りて、約束のファミレスまで歩いた。
いろんなことをできるだけ正直に伝えようと思う。
僕はすみれに対しては、他の誰よりも誠実でありたいのだ。
きらりさんの気持ちには応えることができて、身近にいて大切にすることができる。
すみれの愛には報いることができなくて、これからあまり会えなくなるかもしれない。だからこそ誠実でありたかった。
すみれは僕よりも早くファミレスに着いていた。どちらへ行っても悪路だとわかっているY字路に立っているかのように、思いつめた目をしている。
テーブルにはレモンティーといちごのミルフィーユが置かれていた。ケーキは手つかずのままだ。
僕は彼女の対面に座り、ドリンクバーとりんごパイを注文した。
セルフサービスで白いカップにコーヒーを注ぐ。
「象公園で別れてからずいぶんと待ったわ。早く会いたかった」
「ごめん。きらりさんが大変なことになって、トラブルがいちおう解決するまで時間がかかったんだ」
「その大変なことというのを教えてもらえるんでしょうね?」
きらりさんが義父に強姦されかかったことだけは話せない。
「きらりさんのお母さんは再婚しているんだ。義理の父親ときらりさんとの折り合いはとても悪い」
「うん、それで?」
「お母さんが一昨日交通事故に遭って入院した。きらりさんは義父と家にいなければならないわけだけれど、ふたりきりではどうしても一緒にいられないほど折り合いが悪いんだ」
「ふうーん。性的な暴行でもされるのかな?」
一昨日の日没後、僕は「緊急事態なんだ」と言ってすみれのもとから走り去った。
そのとき僕はかなり焦り、慌てていた。
あの慌てぶりと僕の話とを結びつければ、性的な暴行は想像に難くない。
すみれの質問にうなずけばきらりさんの秘密を明かしたことになり、否定すれば僕は嘘つきになってしまう。
沈黙するしかなかった。半ば肯定したことになるが、どうしようもない。
彼女はそれ以上深くは追及せず、別の問いに移った。
「それで、カナタはどうやってあの巨乳を助けたの?」
「ねえ、そろそろあの巨乳っていう呼び方をやめてもらえないかな。きらりさんは僕の恋人なんだ」
すみれは眉間にしわをつくった。
「わかった。これからは綿丘さんって呼ぶ」
僕はほっと息をつき、話をつづけた。
「すみれと別れた後、僕はきらりさんと会って、彼女を僕の家に連れて帰った。両親に事情を説明して、助けを求めた。お父さんとお母さんはきらりさんを家に泊めていいと言ってくれた」
すみれは目を見開いた。
「は? なんでそうなるの? 高校生の男女がひとつ屋根の下で泊まるのは問題でしょう? ホテルにでも泊まればいいじゃない」
「彼女のお母さんの入院期間は2週間なんだ。ホテル暮らしをつづけるには長すぎるし、きらりさんは僕の大事な人なんだ」
「これから2週間、綿丘さんは小鹿家で暮らすわけ?」
「もっと長くなるかもしれない」
すみれはぎりっと歯を食いしばった。
「なんでそうなるのよ!」
「きらりさんとお義父さんの折り合いは、相当悪化しているんだ。彼女はもう家に帰れない」
すみれの表情は鬼気迫るものになっている。
落ち着きなくティーカップを持ちあげ、ひと口も飲まずにソーサーに戻した。がちゃっと荒々しい音がして、紅茶がこぼれた。
「あの巨乳はいつまでカナタと一緒に暮らすのよ?」
また呼び方があの巨乳に戻ってしまった。
もうそれを咎められるような雰囲気じゃない。
ウェイトレスが僕の前にりんごパイを置き、「ご注文の品はお揃いでしょうか」とも言わずにそっと去った。
「いつまでになるかわからない」
「そんなの許されることじゃない。未婚の男女が。まだ高校生なのに……」
すみれはがりがりと頭を掻いた。
僕は黙っていた。
きらりさんは僕の家に緊急避難しているのだ。
それは非難されるようなことではない。
でも昨日彼女は僕にはだかの上半身を見せ、僕は柔らかくあたたかい乳房を揉んだ。
そっちは非難されてもしかたのないことだ。
僕は恋人と触れ合うのは悪いことではないと思っているが、世間的には高校生の不健全性的行為ということになるだろう。
「はーっ、カナタがそういうことをするとは思わなかった……」
「幻滅した?」
「しない。むしろ感心してる。女の子のためにそこまでできるなんて。くそっ、綿丘きらりめ……」
すみれはようやく紅茶をひと口飲んだ。
「ふう、獅子谷くんとのデート、どうするか決めたわ」
「水族館に行くの?」
「行かない。断る」
すみれがきっぱりと断言し、僕は驚いた。
彼女はスマホを手に取り、ささっと操作した。
「日曜日のデートはなくなったわ」
「そんな簡単に断っちゃっていいの? 獅子谷くんは見た感じよりずっといい人だよ」
「よくわかってる。でもあたしは彼に恋してないの。告白されるかもしれない場所に行きたくない。もしそうなったら、お断りすることになる。彼は傷つくし、あたしも苦しい」
すみれのスマホにメッセージが届いた音が鳴った。
獅子谷くんからだろう。
でも彼女はそれを放置した。スマホに見向きもしなかった。告白することなく、彼は実質的にフラれたのだ。
僕は獅子谷くんと高山くんに頼まれて、男女交流カラオケ会を開いた。
獅子谷くんとすみれ、高山くんと寿限無さんは途中まではうまくいくように見えた。
でも結局はふたりともフラれてしまった。
ありそうもないことだが、すみれも寿限無さんも僕を好きだったのだ。真夏に雪が降るようなことが、現実に起きてしまった。
「ねえこれからあたしの家に来ない? 見せたいものがあるの」
「悪いけど行けないよ。きらりさんを裏切れない。すみれの親は共働きじゃないか。お姉さんも大学に行ってるでしょ。ふたりきりにはなれない」
「来ないと教師にカナタと綿丘さんが不健全なことをしてるってチクるわよ。カナタのクラスの担任、花園先生だったっけ?」
すみれが僕を脅すとは驚きだ。
だけどカラオケ会でも停学案件とか言ってたっけ。
行くしかないか。
僕はりんごパイを残し、すみれもいちごのミルフィーユにまったく口をつけないまま席を立った。
すみれの分も含めて僕が飲食代を支払った。
彼女はありがとうとも言わずに突っ立っていた。
完全に無表情で、ちょっとようすがおかしい。
僕たちはターミナル駅まで行き、電車に乗った。
僕とすみれの家の最寄り駅は一緒だ。
電車から降り、すみれの家まで歩いた。
彼女の家には何度も遊びに行ったことがある。
もっふーを連れていったこともある。
慣れ親しんだ道を通り、すみれの家に向かう。
その間、彼女はひと言もしゃべらなかった。
すみれが何を考えているのかまったくわからない。
気心が知れているはずの彼女が別人のように見えた。
僕は彼女をいつまでも幼馴染の小学生のように思っていたが、いま隣にいるのは可愛くて背の高い女子高生だった。たぶん大勢の男子の心を乱している。
すみれの家に着いた。僕の家と同じ2階建ての一軒家だ。
僕は1階の応接ソファで座っているようにと言われた。少しだけ待っていてね。呼んだら2階のあたしの部屋に来て。
僕は待った。
慣れている家なのに、なんだか落ち着かなかった。
すみれは僕に何を見せようとしているのだろう。
「いいわよ。来て」
2階からすみれの声が聞こえた。
僕は階段を上っていった。
廊下を歩き、突き当たりにある彼女の部屋のドアを開けた。
すみれが一糸まとわぬ姿でそこにいた。
はだかだ。
僕は何をどう考えたらいいのかわからなくて、頭が真っ白になったのだが、生まれたままの姿のすみれに見入ってしまった。
綺麗だった。
胸の膨らみは微かだったけれど、顔が可愛くて、首は長く細くて、腰もほっそりとくびれていた。くびれの下は丸みを帯びて意外なほど大きく広がりがあり、腕や脚の曲線はため息が出るほど美しかった。太ももは太くて色気があり、足首はきゅっと細く締まっていた。
僕はついさっきまで、すみれを男女の枠外として捉えていた。
彼女は男でも女でもなく、ただ親友だった。
しかしいま目の前にいるのは、まぎれもなく女だった。
とびきり魅力的な女の子。
「綿丘さんに対抗するには、もうこれしか思いつけないの」
すみれは僕に近づいてきた。
「処女をあげる。カナタ、不健全性的行為をしよう?」
僕の理性はすぐにこの部屋から出るようにと告げていた。
「高校生のカップルは長つづきしないのよ」
彼女はまたその台詞を口にした。
僕はそんなことはないと叫びたかった。
すみれに欲情なんてしたくないのに、股間は意思に反して立っていた。
どうすればいいのかわからない。
すみれは息がかかるほどすぐそばまでやってきていた。僕は勃起したまま美しい裸体を見ていた。きらりさんはいま病室でお母さんと僕のことを話しているかもしれない。きらりさんとすみれの狭間で僕は立ち尽くしていた。
第1部完




