恋人の母
きらりさんのお母さんが入院している総合病院の面会時間は13時から17時だった。午後だ。
その日の午前中、僕ときらりさんは仮住まいの四畳半を居心地よくなるようかたづけたり、掃除したりした。そこには「もっふーのたからもの」と僕の幼い頃の字で書かれた段ボール箱もあって、中には音の出るぬいぐるみや犬用のフリスビー、ボール、骨の形をしたガムなどが入っていた。
僕がそれを見ていると、「犬を飼いたいね」ときらりさんが言った。
「いつかまた絶対に飼うよ」と僕は答えた。
「一緒に飼えるといいね」
きらりさんは真剣な顔をして、じっと僕を見つめていた。意味深な台詞だ。僕は「あ、ああ、そうだね」と答えて顔を火照らせた。
彼女は僕の横ににじり寄って、もっふーのものだったぬいぐるみを手に取った。僕は彼女の存在を強く意識した。
両親は出勤して、ふたりきり。
これから当分の間、彼女と一緒に暮らすのだ。
胸がドキドキしたが、いまはきらりさんが大変なときだ。それにすみれが助けを求めているのに、応じられていない。浮かれている場合じゃないと自分に言い聞かせた。
「ありがとう。言葉では言い表せないくらい感謝してる」
きらりさんは古いぬいぐるみを箱に戻しながら言った。
「きらりさんを助けることができてほっとしてる。まあ実際にきみを助けたのは僕の親だけど」
「そんなことない。わたしを助けてくれたのはカナタくんだよ」
彼女の頬は秋のもみじのように紅潮していた。
「どのくらい感謝してるか言葉では表せないから、からだで示すね」
「えっ?」
きらりさんはそのとき僕が貸したジャージを着ていた。
彼女はびっくりするほど潔く、ぱっと上着を脱いだ。
たわわに実った柔らかいすいかがふたつ、白いブラジャーにつつまれている。
あっという間にブラも取っ払って、床に投げてしまった。
彼女は上半身はだかになり、大きなおっぱいを揺らして、僕にしなだれかかった。
「触っていいよ」
透明感のある白い肌。ぽよよんと上下に動く胸。
こんなものを見せられて、男子高校生が理性を保っていられるはずがない。
僕は乳房をむにゅっと両手でつかんだ。
触れるのは初めてじゃないけれど、脳がとろける。触るたびに陶然となってしまうおっぱいなのだ。
手触りは滑らかですべすべ。引っ張ると、にゅ~んと伸びる。つきたての餅みたいに柔らかい。
突起を指でつまんだ。
「あっ」
きらりさんは甘くあえいだ。
そこを口に含んだ。
「あん……」
なんて可愛い声を漏らすのだろう。
コンドームがあったら、きっと最後までやっていた。
ーー今日学校を休んだのはふたりで遊ぶためではない。
買い置きされていたそうめんを茹でて早めに昼食を済ませ、僕たちは病院へ向かった。
午後1時ちょうどに総合病院の面会窓口に着いた。
受付リストに氏名を記入し、面会者のタグを受け取って首にかける。
きらりさんが先導してエレベーターに乗り、5階で降りた。
「ちょっと待っててね。お母さんに事情を説明してくる」
彼女は病室に入り、僕は廊下に置いてあるベンチに座った。
もうすぐ僕は恋人のお母さんに会う。きちんとした自己紹介をしなければならないのだろうか。それとも口数は少なくして堂々としている方がよいのだろうか。
10分ほどして、病室のドアが開き、きらりさんが出てきた。
「お待たせ。お母さんに紹介するから来て」
僕と彼女は病室に入った。
部屋の中はカーテンで仕切られていて、4人の患者が入院できるようになっていた。
そのうちのひとつに入る。
ベッドにきらりさんに似た美人が横たわっていた。左膝をギブスで固定している。その胸は娘よりも大きかった。おののくほどのサイズで、僕は驚きを隠すのに苦労した。
「恋人の小鹿カナタくん。さっき説明したとおり、彼の家に泊まっているの」
「は、初めまして、小鹿カナタです」
「綿丘ちゆりです。このたびは娘が大変お世話になっています」
きらりさんのお母さんは礼儀正しく言い、ベッドに横たわったまま僕の顔を見て、それから足元を見た。僕はそのときダークブラウンのシャツと黒いパンツを着て、茶色い革靴を履いていた。
「可愛くて格好いいじゃない」
「そうでしょう。カナタくんは可愛くてカッコいいのよ」
母と娘が言葉を交わし、僕はなんて言えばいいのかわからなくて所在なく突っ立っていた。きちんとした自己紹介はできず、堂々としてもいなかった。
「きらり、もうキスくらいはしたの?」
ちゆりさんはそんなことを娘に訊いた。
「したよ」
「そう……」
恋人の母親は、僕のおでこのあたりに目を向けた。この人は勘がいいらしい。キスより先までしていることも見抜かれてしまいそうだ。
「カナタくん、今後ともきらりをよろしくお願いします」
「はい。きらりさんを必ず守ります」
その言葉はさらりと出てきた。
「あら、頼もしい」
ちゆりさんはそう言って笑った。
「ごめんなさいね、カナタくん。今回は本当に迷惑をかけてしまったわね」
「いいえ、迷惑だなんて……」
「あたしったらつくづく男運がなくて、娘を危険にさらしてしまったわ。離婚して、慰謝料と養育費をがっつり取ってやろうと思ってる。もうきらりを危ない目には遭わせないから、安心して」
それを聞いて、僕はほっとした。きらりさんのお母さんが娘よりも夫を優先したらどうしようかと心配していたのだ。それは杞憂だった。
「カナタくん、ご両親に心から感謝していますと伝えておいて。退院したらお礼にうかがいます」
ちゆりさんはベッドの上で僕に頭を下げた。そして、脇にある机に置いてあった鞄から鍵とキャッシュカードと数枚の現金を取り出し、きらりさんに渡した。
その後、僕ときらりさんは彼女の家へ向かった。
彼女の住まいは20階建てのピカピカのタワーマンションだった。
広々としたホールを横切り、管理人室の前を通り、ふたつあるエレベーターのうちのひとつに乗って、17階で降りた。
「すごいところに住んでいるんだね」
「義父はまあまあ高給取りなのよ。再婚してお母さんとわたしは経済的に楽になった。でもいくらお金持ちでも、義理の娘を襲うような人はクズよ。もう会いたくない」
綿丘という表札のある部屋の前に立って、きらりさんは中に人がいないか気配をうかがった。
「大丈夫そう。もしいたら守ってね」と言って、鍵を開ける。
さいわい彼女の義父はいなかった。
きらりさんはボストンバッグにちゆりさんのための着替えなどを詰め込み、キャリーバッグに自分の服や教科書などを入れた。彼女がボストンバッグを持ち、僕がキャリーバッグを運んで、もう一度病院へ向かう。
再び病室に入ったとき、僕はお見舞いの品を何も持ってこなかったことにようやく気づいた。
「あ、すみません。花も果物もお菓子も何も持ってないんです。これから買ってきます」
「いいのよ、そんなもの。むしろ私がお礼の品を渡さなくてはいけない方だもの」
ちゆりさんは娘に向かって言った。
「きらり、この後デパートに寄って、菓子折りでも買いなさい」
「わかった。ごめんね、カナタくん。デパートにもつきあってくれる?」
「今日はずっと一緒にいるよ」
母と娘はほとんど同時に薔薇のように微笑んだ。
「きらり、カナタくんを手放しちゃだめよ」
きらりさんは「もちろん」と言ってうなずいた。




