失恋
5月下旬の月曜日の放課後、僕と獅子谷くん、高山くんはハンバーガーショップにいた。いつもはむさぼるようにバーガーやポテトを食べる獅子谷くんが苦そうにコーヒーを飲み、僕は目の前にあるコーラに口をつけず放置していた。氷が少しずつ溶けていき、味が薄まっていく。
高山くんの表情はどんよりとくもり、目に隈ができて、ずいぶんと憔悴しているようすだった。僕と獅子谷くんは、彼が話し出すのを辛抱強く待っていた。
「フラれたよ……」
高山くんがぽつりと言葉をこぼした。
僕と獅子谷くんはさらに沈黙をつづけ、彼がつらい気持ちを吐き出すのを待った。安易ななぐさめを言うことはできなかった。僕たちには聞くことしかできないのだ。
しかし意外ではあった。
高山くんと寿限無さんはいい雰囲気になっていて、うまくいくのではないかと予想していたのに……。
「昨日演劇を見に行った。その帰りにカフェに寄って告白した。直前まではいい感じで話せていたんだ。彼女は笑顔だったし、99パーセントつきあえるんじゃないかって思ってた。失敗するはずはないって確信していたんだ。笑っちまうよ。それは完全に的はずれな思い込みだったんだ」
高山くんはポテトをひとつ手でつまみ、それを興味なさそうに見た。食べ物というより、木の枝か何かを見ているようだった。
「ごめんなさいってひと言で終わっちまった。完全にフラれたよ。ちくしょう……」
「高山くん……」
「泣いていいぞ、高山」
彼は泣かなかった。
「別に悲しくはないんだ。なんか虚無的なだけでさ。俺、どうしてフラれたんだろうな。なんか失敗したかな。告白が早すぎたのかな」
「どうだろうな。時間をかければいいってものでもない。慎重になりすぎて失敗することもある」
「じゃあ何が悪かったんだ?」
高山くんは背が高く、イケメンだ。性格は温厚で、コミュニケーション能力も高い。多くの女の子に好ましく思われる男子だと思う。寿限無さんとも良好な関係を築けているように見えた。
「寿限無とは相性が悪かったと思うしかないな」
「デート中はうまくいってると思ってたんだ。それは俺だけの感覚で、寿限無さんはそうじゃなかったってことか……」
「俺は寿限無のことを知らない。小鹿は少しは知ってるだろ。どう思う?」
「僕だってほとんど知らないよ。でも高山くんと寿限無さんとの雰囲気は悪くなかったよね。どうして彼女が断ったのか、まったくわからないよ」
くそっ、失恋ってきついな、と高山くんはうめいた。
きみならすぐに恋人をつくれるよ。1年1組の中には高山くんをちらちらと見ている女子が何人かいる。そんなふうに話すことは可能だったけれど、言わなかった。
彼は寿限無さんが好きだったのだ。
他の女の子がきみを好きだと伝えても、なぐさめにはならない。
「小鹿はうまくいき、高山は失敗した。俺はどうなるかな……」
獅子谷くんがつぶやいた。
「おまえはきっと成功するさ」
「どうかな。すみれちゃんは簡単には落ちそうにないんだよ」
すみれは4月に僕が好きだと告白した。
そのことは獅子谷くんには伝えていないし、今後も教えるつもりはない。
すみれのいまの気持ちはわからない。
まだ僕を好きかもしれないし、もうそうではないかもしれない。
獅子谷くんに恋してはいないと言っていたが、いつまでもそうとは限らない。
人の心は移ろう。未来のことはわからない。
「玉砕覚悟で告白すっかな」
「おう、玉砕しろ。そして俺の仲間になれ」
「おまえの仲間になるのは嫌だな……」
獅子谷くんは時間をかけた方がいい。僕はそう思った。
すみれにいますぐ告白したら、断られる可能性が高い。
「慎重にした方がいいよ。じっくりとつきあって、すみれの心を少しずつ獅子谷くんに向けさせた方がいい」
「おっ、小鹿が恋の助言をしてくれるとはめずらしいな」
すみれとときどき話しているからできるアドバイスだ。彼女はたぶんまだ獅子谷くんを友達以上には想っていない。
「なあ、どうして慎重な方がいいんだ?」
現時点で彼女がきみに恋していないから、とは言えない。
「なんとなくその方がいいと思う。ごめんね、根拠はない」
ふん、と獅子谷くんは鼻を鳴らした。
「脈がないんなら、さっさと告白してフラれた方が次に行けていいんだが」
それもひとつの考え方だ。
でもまったく脈がないわけじゃない。
すみれは獅子谷くんとの関係に悩んでいる。
悩むんだから、多少の脈はあるということだ。
「すみれは獅子谷くんのことをそれなりに気に入っているんじゃないかな。音楽の趣味が合うわけだし」
「それなりにな。問題はそこなんだよ。それなりに脈はあるように感じる。だけど決定的とは言えない。慎重になれば可能性を高めることはできるのかよ。時間の無駄じゃないのか?」
獅子谷くんはため息をついた。
彼も悩んでいる。
青春は短く、高校時代はさらに短い。そんな歌詞がどこかにあった。
「フラれたら、さっさと次の女の子に行けるってもんでもねえぞ。俺はショックがでかくて当分恋はしたくねえ。まだ寿限無さんが好きなんだ……」
高山くんは相当へこんでいる。
僕自身はきらりさんと親密にできていてハッピーだが、彼の前で浮かれた顔はけっしてできない。
寿限無さんはどうして高山くんを振ったのだろう。
謎だ。彼ほど好条件な男子はそうそういないと思うけれど……。
「告白なんてしなきゃよかった……」
「そうかな。おまえはよくやったと思うぜ」
僕と獅子谷くんは高山くんの話を聞き、できるだけなぐさめ、暗くなってから解散した。
翌日、僕はきらりさんとデートすることなく、男子会をやることもなく、放課後すぐ帰路についた。
きらりさんはお母さんと用事があるとのことだった。
さくっと帰ってアニメを見ようと思っていたのだが、駅で女の子に声をかけられた。改札を通ろうとしたら、「小鹿くん!」と鋭く名前を呼ばれたのだ。
振り返ると寿限無さんが後ろに立ち、明るい茶髪を風でなびかせていた。幾分か緊張した面持ちをしている。彼女は僕が通りかかるのを券売機のあたりで待っていたようだった。
「寿限無さん」
「ねえ、時間ある?」
「あることはあるけれど……」
「えっと、その、カフェにでも行かない?」
彼女はちょっと口ごもりながら、僕を誘った。
あまり気が進まない。
きらりさんに悪いし、高山くんにも申し訳ない。
「ごめん、今日は早く帰りたいんだ」
僕は断り、さっさと改札を通ってしまおうとしたのだが、寿限無さんはすばやく僕の手首をつかんだ。
「ちょっと話をさせて。割と真剣に話したいことがあるの。お願いよ」
彼女は僕の瞳をのぞき込んで懇願した。
今回逃げても、問題を先延ばしにするだけになりそうな気がした。
わかった、と僕は答えた。




