男たちのアプローチ
目を合わせたすみれと獅子谷くんを、僕は息を殺して見つめた。
すみれは音の高低を確認する調律師のようにクールな瞳で獅子谷くんを見ていた。獅子谷くんは疑いなく熱量の高い瞳をしていた。それを確かめてからすみれはすっと視線をはずし、斜めにうつむいた。
そのとき高山くんのお腹がぐううと鳴った。
「あっ、いやあ、お腹空いちゃったな」
「食べるものを注文するね」
メニューは机の上に置いてあった。
僕は出入口の横に設置してある電話を取り、ピザと焼きそば、チキンナゲット、ポテトを頼んだ。
注文を終えてすみれを見ると、彼女はまた僕の方を向いていた。
「小鹿くんの歌が聴きたいなー」
寿限無さんが右手を右耳の後ろにかざして言った。
「僕は音痴なんだ。今日はおとなしくみんなの歌を聴いているよ」
「音痴だっていいじゃん! 私も下手だけど、歌うのは気持ちよくて好き。歌ってよー」
「アニソンくらいしか歌えないんだ」
「わたしもカナタくんの歌を聴きたい。アニソンでいいよ」
きらりさんが「カナタくん」と発声したとき、すみれが鋭く反応し、きらりさんを睨んだ。獅子谷くんがそれに気づいて苦笑する。きらりさんは目線を険しくして睨み返し、真横から僕にからだをぴたりと添わせて体重をかけた。
「わたし、連休初日にカナタくんと遊んだの。そのときカレの女になったから」
きらりさんがカラオケルームで爆弾を破裂させた。すみれの瞳孔は新月のように暗くなった。僕は爆発前に時間を戻したかったが、何をしようと放たれた言葉を消すことはできない。
「えー、ヤっちゃったのお?」と寿限無さんが素っ頓狂に声をあげた。
すみれは敵意を剥き出しにして、「不健全性的行為。停学案件」と告げた。
獅子谷くんと高山くんはやれやれと言いたげな感じで顔を見合わせた。
「アニソン歌う!」と僕は唐突に叫んだ。黙ってはいられなかった。そしてきらりさんとのセックスについてみんなに話したくはなかった。歌でも歌うしかない。
僕は急いでリモコンを操作し、早口で歌わなければならない曲を選んだ。僕なんかではまともに歌うのは無理のある難曲だ。むずかしければむずかしいほどいいとそのときは思った。
懸命に歌った。なんとか歌として成立するようがんばった。僕の声はカラオケ画面に映る歌詞に全然追いつかなくて、それでも僕は追いつこうとして口と喉と肺を駆使した。
「ポップなラップをビープに歌ってガッツにレッツトライあっつく踊れ」という歌詞があるのだが、「ポッピュな」と噛んでしまって、その後はぐだぐだ。酸欠になりそうだった。
誰か笑ってくれ。
「ぷっ」と寿限無さんが吹き出した。
それがきっかけになって、みんなは大笑いした。
すみれだけが笑わず、愚直に手拍子を打っていた。
それを見てきらりさんも手拍子をしたが、彼女は笑いをこらえることはできず、爆笑しつづけた。
僕は顔を真っ赤にして、力の限りに歌った。がんばればがんばるほど音程はずれていき、ついに声が裏返った。
「うぷっ、あはははは」
とうとうすみれも笑い出した。
やった。
僕は全員の笑いを勝ち取ったのだ。
爆弾発言はあさっての方へ飛んでいき、その話題はとりあえず消えてなくなった。
その後、食べ物が届き、僕たちは飲み食いし、歌い、聴き、おしゃべりをした。
高山くんは寿限無さんととぎれなく会話した。彼はよくうなずき、相槌を打った。好感度をあげているように見えた。
獅子谷くんもすみれの関心を引こうとして、さまざまな話題を持ち出した。ふたりは音楽の趣味が合うことを発見した。
すみれはしだいに僕の方を見なくなり、獅子谷くんとの話に集中するようになっていった。
4人が話に夢中になったので、僕はBGMになりきろうとして、ゆっくりめの曲調のアニソンを何曲も歌った。歌いたくなかったけれど歌った。今日ばかりはみんなのために力を尽くそうという気持ちだった。すみれが獅子谷くんと仲よくなってしあわせになればいい。高山くんと寿限無さんもくっつけばいい。
きらりさんも歌った。彼女はすみれほどではないが歌が上手く、ガールズロックバンドの曲を多数レパートリーとして持っていた。ロックンロールを歌う彼女はなかなか格好よかった。
「すごいね、きらりさん。僕はきみの歌のとりこだよ」と少し大げさに言うと、「ありがとう、カナタくん。わたしもきみのアニソン大好きだよ!」ときらりさんは答え、僕に抱きついた。
すみれのようすが気になったが、彼女はもう僕たちを見てはいなかった。
無視することにしたのかもしれない。
彼女は獅子谷くんに向かって、モーリス・ラヴェルについて語った。彼はそれを聞いてから、クロード・ドビュッシーのことを話した。彼は意外なことにクラシックに造詣が深いようだった。
獅子谷くんはスマホを取り出した。
すみれもハンドバッグからスマホを出した。
ふたりは連絡先を交換した。
獅子谷くんは最低限のやるべきことをやってのけたのだ。それだけでなく、「この後、ふたりでもっと音楽の話をしたい」と告げた。「いいよ」とすみれは返事をした。
「じゃあふたりでカフェでも行こうぜ」
「うん」
「いまから行こう」
「いますぐ?」
「そうさ。もう歌うのはいいだろ」
獅子谷くんは「俺と草原さんの分」と言って、テーブルに数枚の紙幣を置いた。
「わりい。俺たちちょっと先に抜けるわ」
「わかった。後のことはまかせて」
「すまん」
彼はさりげなくすみれの肩を抱いて、カラオケルームから出ていった。
高山くんと寿限無さんの方を見ると、彼と彼女も連絡先を交換していた。
「そろそろ出ないか?」と彼は言った。
「そうしようか」
「わたしはもう少し歌いたいな。カナタくんとふたりで」
きらりさんは僕に寄りかかって言った。
高山くんと僕は目で対話をした。
彼は僕にお金を渡し、寿限無さんを連れて去っていった。
後には僕ときらりさんが残された。
「合コンの目的は果たされたみたいだね」
「まあそんなところだね」
「幹事お疲れさま」
「ありがとう。確かに疲れたよ」
「そんなカナタくんに癒やしをあげる」
きらりさんは僕を抱き、すいかのような胸をむにゅんと押しつけ、僕の唇に熱烈なキスをした。唇の表面がくっついたかと思うと、すぐに彼女の舌が僕の唇を押し開けて、僕の舌に絡んできた。
きらりさんは激しく口を吸った。同時に彼女の右手が僕の股間に伸びてきて、さすり、僕のものを硬く立たせた。
「おっきい」
「普通だよ」
「私のにぴったりだった」
「きらりさん、ここじゃだめだよ。ドアに大きな窓がついている。監視カメラだってあるかもしれない」
「わたしたちも場所を変える?」
「そうしようか」
僕はカラオケの受付カウンターで6人分の会計を済ませた。
獅子谷くんと高山くんが出してくれたお金でお釣りが来た。
「ねえ、休憩できる場所に行きたい。わたし、ネットで調べてきたんだ。あれができるところ」
「僕も行きたいな」
僕たちはおそるおそるホテル街へ行き、初めてラブホテルというところに入った。
それから僕ときらりさんは2時間ほど、快楽の研究に耽ったのだった。




