男女交流カラオケ会
カラオケ会の当日、空は雲で覆われていたが、雨は降っていなかった。
待ち合わせは午前11時、ターミナル駅構内にあるモニュメントまめの木。
僕には幹事としての使命感があった。僕以外の誰もひとりで待たせたくない。早めに家を出て、10時にまめの木に到着した。
懸念がひとつあった。すでにきらりさんが着いてはいないか?
心配したとおり、彼女はいた。モニュメントの前にぽつんと立って、虚空を見つめていた。その姿は少し淋しげだった。
「おはよう、きらりさん。待った?」
僕が声をかけると彼女はぱっと笑顔になって、いつもの華やかな雰囲気を取り戻した。
「ついさっき来たばかり。早いのね、カナタくん」
「早いのはきみだよ。僕は幹事だからしょうがないとして、きらりさんがこんなに早くからいる必要はないのに」
「待つのは全然平気なの。家にいてもスマホを見ているばかりだし。どこにいたって同じよ」
「家なら座っていられるじゃないか」
きらりさんの目が陰りを帯びて、口角がわずかに下がった。
「実は家にいてお母さんに勉強しなさいって言われるのが嫌なの。逃げ出してきたのよ」
その声には、どことなく嘘っぽい響きがあった。
彼女は自分の家にいるのが嫌なのかもしれない。
人にはいろんな家庭の事情がある。
僕はそれ以上詮索するのをやめた。
「このあいだの登山はとても楽しかったよ」
僕は意識して話題を変えた。
「本当に! 人生最良の日だったわ。ああ、すごく気持ちよかった……。わたし、初めてイクという感覚を知ったの。素敵だった……」
きらりさんは恍惚とした表情でそう言った。
彼女が「イク」なんて言葉を使ったので僕は驚き、周囲の視線を気にした。あんのじょう数人の男女がぎょっとして、きらりさんをまじまじと凝視し、隣にいる僕の方も見た。
彼女は初対面で「おっきい胸は好き?」と言ったり、教室で抱きついてきたりする。恥じらいが乏しいのかもしれない。あるいは周りの目なんて気にしないことにしているのかもしれない。でも僕は気が弱いので、ハラハラした。
「きらりさん、そのことはふたりきりのときに話そう。普通に山の話でもしようよ」
「まあいいけれど……」
きらりさんのテンションが明らかに下がった。
よほどあのときの話がしたいみたいだ。だけど人でいっぱいの待ち合わせ場所で、セックスの話をつづけるわけにはいかない。
僕は山の景色の美しさやあの日食べたラーメンの美味しさについて話した。
「あのラーメンはよかったわね。2杯ぺろりと食べちゃった」と彼女がにこやかに応じてくれて、僕はほっとした。
10時30分を過ぎて、メンバーがぽつぽつと集まってきた。
黒とピンクの地雷系ファッションで装った寿限無さんが到着し、青いシャツとジーンズを着て爽やかな微笑みを浮かべた高山くんが現れ、黒いジャケットのポケットに両手を突っ込んで獅子谷くんが鷹揚に歩いてきた。約束の時刻の5分前に白いワンピース姿ですみれも到着した。
誰も遅刻しなくて、僕は胸を撫でおろした。
僕たちはカラオケ店をめざした。
幹事の僕が先導し、その横にぴたっときらりさんが並んだ。
獅子谷くんはさっそくすみれに話しかけ、高山くんも寿限無さんに声をかけていた。
「俺、1組の獅子谷省吾。きみは2組の草原すみれさんだよね?」
「あたしのこと知ってるんだ?」
「草原さんは有名だぜ。美人だから」
「あたしは美人じゃないわよ。でもありがとう」
「俺はお世辞なんて言わないよ」
「おはようございます、寿限無さん。俺は高山陽介って言います」
「高山くん? おはよう。私たち同学年じゃん、敬語はいらないよ」
「そうさせてもらおうかな。寿限無さん、素敵な格好だね。綺麗すぎてびっくりした」
獅子谷くんと高山くんは初手で女の子の容姿を褒めている。
僕にはできそうにない早技だ。
僕ときらりさん、獅子谷くんとすみれ、高山くんと寿限無さんの組み合わせで話しながら、僕たちは雑踏を通り抜けた。
カラオケ店に着いてすぐに、僕は受付カウンターへ行った。6名で2時間と申し込み、全員分のドリンクバーを注文する。
「お時間までに退室されなければ、自動延長となります」
受付の女性に言われて、僕はうなずいた。
みんなを連れてドリンクバーを経由し、指定された部屋に入る。
カラオケルームは割と広く、10人くらい入れそうな部屋だった。
出入口と正反対の位置にカラオケ機器があり、部屋の真ん中にテーブルがあり、左右に長いソファがある。
「草原さん、座りなよ」
獅子谷くんがすみれを右側のソファに導き、自分はその隣に座った。
「寿限無さん、どうぞ」
高山くんは寿限無さんを左側に誘導し、その横に腰掛けた。
僕は高山くんの横に座り、僕の隣にきらりさんが寄り添った。
右のソファにふたりが座り、左は4人という配置になった。きらりさんがいちばん扉の近くにいる。
「小鹿、あいさつでもするか?」
獅子谷くんが僕に右の手のひらを差し出して言った。
「そういうのはいいかな……」
あらたまってあいさつなんてするのは苦手だ。
「自己紹介とかもいらねえかな?」
彼は全員に向かって訊いた。高山くんと寿限無さんがうなずき、すみれは黙って僕を見ていた。
「じゃあ始めようぜ。最初に歌いたいやつはいるか?」
獅子谷くんが自然に仕切ってくれて、僕はとても助かった。
「はいはーい! 私歌いたい」
寿限無さんが手を挙げる。
「おっ、積極的でいいね」
獅子谷くんはタッチパネル式リモコンを寿限無さんに渡した。
彼女はすばやく曲名を入力した。メジャーな女性アイドルグループの曲が流れる。寿限無さんは元気よく歌った。軽快で耳馴染みのよいメロディ。たまに音程がずれていたけれど、彼女はノリノリで歌いきった。
高山くんは手拍子をし、「いいよー、寿限無さん!」と声を張りあげ、盛りあげ役をつとめた。歌い終わった彼女に「よかったよ。声も綺麗だね」と臆することなく伝えていた。がんがんにアプローチしている。
「ありがとー」と彼女は応じた。
「草原、歌ってよ」と獅子谷くんは言い、「あたしはまだいいよ」すみれはやんわりと断った。
「じゃあ俺が歌う」
獅子谷くんは男性ロックシンガーのヒット曲を歌った。かなり上手だったが、すみれは彼を見てはいなかった。彼女の視線はだいたいにおいて僕の方に向けられていた。ときどき隣に座るきらりさんにも目をやり、暗い表情になっている。
すみれごめん。
きみにはあまり声をかけてやれない。
僕のいちばんの女の子はきらりさんだし、きみを狙っている獅子谷くんの邪魔をすることはできないんだ。
歌い終えた獅子谷くんはすみれに、「ちょっとは俺の歌を聴いてくれよ」と苦笑いをしながら言った。
「あ、ごめん。歌上手だね」
「いちおう聴いてくれてたんだ」
「うん、聴いてたよ」
すみれの目は僕を見ていたが、耳は彼の歌を聴いていたのだろうか。
「そっか。草原さんの歌も聴きたいな」
獅子谷くんはマイクをすみれに差し出した。
「すみれはすごく歌が上手いんだよ」
僕はアシストのつもりで言った。
「ほう。それならぜひ歌ってもらわなくちゃ」
「あたし、上手くなんてないよ」
それは明らかに謙遜だ。僕はすみれの歌唱力を知っている。
「すみれ、ガルドリの歌はどう?」
「それはカナタだけに聴かせる歌なの」
すみれがそう言ったとき、獅子谷くんの顔が明瞭に引きつり、きらりさんは僕の腕にぎゅっとしがみついた。
「古い歌でもいいかな?」
すみれはリモコンを操作し、マイクを受け取って立ちあがった。
彼女は平成歌謡を歌った。胸に染み入るような切々とした声で、プロかと思うほど見事に歌いあげる。
獅子谷くんはぽかんと口を開けて聴き入り、「すげえ……」とつぶやいた。
すみれがマイクをテーブルに置いて座ると、獅子谷くんは「最高だよ、草原さん。歌手になれるぜ」と絶賛した。
「まさか」と彼女はそっけなく言った。
彼はめげなかった。
「お世辞は言わねえって言っただろ。草原さんの歌に感動した。きみのことが俄然気になってきた!」
情熱的に語る獅子谷くんの目を、すみれはようやく見つめ返した。




