男子たちの打ち合わせ
自分の部屋のベッドに横たわり、きらりさんのことを繰り返し考えていたとき、スマホが鳴った。僕はとっさに彼女からかなと思ったけれど、獅子谷くんからのチャットだった。
カラオケ交流会の前日のことだ。
『いつもの店で昼飯でも食おうぜ。俺と小鹿、高山の3人で』とスマホには表示されていた。
僕は明応高校の近くにあるハンバーカーショップへ行った。
僕が到着したときふたりはすでにいて、ポテトを食い散らかしていた。
「よう、小鹿」
「こんにちは、獅子谷くん、高山くん」
「こんにちは、小鹿。獅子谷から突然呼び出されたからびっくりしたぜ」
高山くんはそう言って、ポテトをひとつつまんだ。
獅子谷くんはまとめて数本、口に放り込んだ。
「なんでびっくりしてるんだよ。明日は女の子3人と会うんだぜ。それも明応の1年でトップクラスの美女たちだ。いろんなことを打ち合わせしておく必要があるだろう?」
「ああ、それもそうだな。綿丘さん、草原さん、寿限無さん、トップクラスどころか、トップスリーじゃないか?」
「そうだろ。これ以上は望めないってくらいのメンバーなんだよ。俺としては、確実に次につなげる成果をあげたい」
獅子谷くんと高山くんはふたりで盛りあがっている。
「可愛い女の子とデートしたいよな」
「エッチしてえよ」
「明日会う子とか?」
「もちろん」
「もうエッチとか考えてるのかよ」
「考えはするだろ。高山は考えないのか?」
「まあ考えはするかな」
「だろ?」
僕は彼らのやりとりを聞きながら、コーヒーに砂糖とミルクを入れ、ゆっくりとかき混ぜた。
獅子谷くんはすみれを狙っている。ふたりがセックスするのを想像して僕の心はモヤったが、僕はきらりさんとしたのだ。彼にやめろという権利はない。僕は深い呼吸をして、心の薄闇を消した。
「小鹿、綿丘とはうまくいってるのか?」
「うん、おかげさまで仲よくしているよ」
僕はコーヒーカップを持ちあげながら、さらりと答えた。
獅子谷くんは僕の顔をまじまじと見た。
「おまえ、ヤったな?」
僕はそのことに関して何も言っていないのに、彼には察知されたようだ。
「もう童貞じゃねえだろ?」
「……うん」
「やっぱりなあ。なんか落ち着いてやがる。完全に変わったな、小鹿」
僕は変わったのだろうか。
確かに僕の心は落ち着いている。以前なら周囲の人がデートとかエッチとか言うと軽く動揺したものだが、いまは池に小石が投げ込まれたほどの波紋も立たない。
言葉遣いもなんだか滑らかになって、吃音は出ていない。
獅子谷くんの言うとおり、僕は変わったのかもしれない。
きらりさんが僕を全肯定し、受け入れてくれたおかげで、自信みたいなものが生まれている。
「僕、いまは綿丘さんのことをきらりさんって呼んでいるんだ。明日もそう呼ぶと思うけど、驚かないでね」
「かー、残る童貞は俺だけかよ」
高山くんは盛大に嘆き、額に手を置いて天井を見あげた。
「綿丘は小鹿のものだな。それは確定してる。おれは草原に行こうと思ってる」
獅子谷くんは僕と高山くんを交互に見ながら言った。
僕はすみれが獅子谷くんに抱かれているところを、また思い浮かべてしまった。気分が沈む。僕にとっていちばんの女の子はきらりさんなのだから、こんなことではいけないと思うが、感情はコントロールしきれない。
「すると残りは寿限無さんか。俺は草原さんも寿限無さんもふたりともよく知らないから、どちらでもいいよ」
「じゃあ高山は寿限無に行け。背は低いが綺麗な子だ。胸は意外と大きい。綿丘にはおよばないけどな」
獅子谷くんは女の子を軽くあつかっているように、僕は感じた。「綿丘は小鹿のもの、おれは草原、高山は寿限無に」と彼は割り振った。会って話してみないと誰に惹かれるかわからないじゃないかと思ったけれど、そういう発想は一発勝負の合コンには向いていないのかもしれないとも思った。
僕は幹事で、すでにきらりさんとつきあっている。カラオケ会の主役は獅子谷くんと高山くんであり、すみれと寿限無さんだ。
僕は一歩引いているべきなのだ。
でもすみれの涙を思い出してしまって、獅子谷くんと話さずにはいられなかった。
「獅子谷くん、もしすみれとつきあうなら、大切にしてあげてね」
「わかってる。俺は口は悪いし手も早いが、恋人は大切にする」
「きみの恋愛遍歴を聞かせてもらってもいいかな?」
「中学時代にふたりの女の子とつきあった。ふたりとも半年以上つづいた。恋人以外とセックスしたことはねえよ。ひとりめのカノジョは別の男を好きになった。フラれたのは俺だ。ふたりめのカノジョは交通事故で死んだ。歩道に突っ込んできた車に轢かれたんだ。相当につらかったよ。水たまりができるほど泣いた」
獅子谷くんは唇を噛み、眉間にしわをつくった。彼のそんな顔を見たのは初めてだった。
「ごめん」
「いいよ、別に。小鹿があやまることじゃない。事故を起こしたやつが悪い。そいつは裁かれて、いまは交通刑務所にいる。彼女は天国に行ったと俺は信じてる」
獅子谷くんの悲痛な表情は、僕の胸中に彼への信頼のようなものを生んだ。
僕はすみれをしあわせにはできないのだ。誰かにゆだねるしかない。獅子谷くんとすみれが上手くいく可能性は案外高いかもしれない。
「俺は草原を口説く。高山は寿限無を口説け。いいな?」
「いきなり口説くのかよ……」
「まあ女の子の出方しだいだけどな。いい雰囲気をつくって、あわよくば口説いちまえって感じかな。少なくとも連絡先の交換までは持ち込めよ。訊かずに終わるなんてぶざまなことはないようにしろ」
「まあやるだけやってみるよ。寿限無ミチルさんと話せる機会なんて、そうそうないだろうからな」
「がんばれ」
「お互いにな」
獅子谷くんと高山くんはタイプはちがうが、ふたりとも好男子だ。
ワイルドタイプと正統派イケメンタイプ。
すみれは可愛く、寿限無さんは綺麗だ。
獅子谷くんとすみれ、高山くんと寿限無さん。お似合いかもしれないという気がしてきた。
「小鹿は綿丘と仲よくしててくれ。俺たちのアシストをしてくれたら恩に着る」
「わかった。獅子谷くんと高山くんの応援をするよ」
「小鹿、ありがとう。よーし、やる気が出てきたぞ。明日は全力で寿限無さんと話してみるよ」
高山くんは両手を握り締めた。
「きらりさんにこのことを伝えておいた方がいいかな? 彼女も協力してくれるかも」
「絶対にやめてくれ。女の子たちの情報交換は男子の比じゃない。俺たちが内緒で狙いの子を決めたことがバレちまう」
「それもそうか」
あり得ないことじゃない。
きらりさんと寿限無さんの仲は、悪そうに見えて実はすごくいい。
今後はすみれを含めた3人が仲よくなる可能性もある。
「明日僕は、きらりさんがつまらなくないように、ふたりで普通に楽しむことにするね。その方が獅子谷くんと高山くんは自由にふるまえるんじゃないかな。もし余裕があったらアシストするよ」
「それでいい。なるべく自然にやろう」
「オッケー。俺は寿限無さんとなるべく多く話しながら、適当に他の人とも話すようにするよ。不自然なのがいちばんよくないからな」
そういうことだ、と獅子谷くんは言った。
僕たちは打ち合わせを終え、だらだらと話し始めた。
高山くんは僕ときらりさんの初体験のようすを知りたがった。そんなことは話したくない。僕は懸命にはぐらかした。




