セッティング
翌日、登校して1年1組の教室に入ると、綿丘さんと自然に目が合った。
僕はもう迷うことなく真剣に交際しようと決めている。
彼女に向かって元気よく「おはよう」とあいさつした。
綿丘さんは大輪の薔薇の花のようにぱあっと笑い、「おはよう」と答えてくれた。
それだけで僕はしあわせな気分になった。すみれ、ごめん。僕は綿丘さんを取る。
「いいよなあ、カノジョがいる人は」と高山くんが僕のそばでぼやいた。
「小鹿、草原すみれの件、考えてくれたか?」
獅子谷くんも僕の近くにやってきて言った。
高山くんが目を見開いた。
「なんだよ、草原すみれの件って?」
「小鹿は2組の草原と親しいんだ。あの子、可愛いからさ。紹介してもらおうと思ってね」
「なんだよそれ。小鹿と獅子谷だけうまくやろうとしやがって。俺も混ぜてくれよ」
高山くんは膨れっつらになった。
「すみれは会ってもいいみたいな感じだったよ」
消極的な雰囲気ではあったが、彼女は昨夜「それもいいかもね」と言った。僕とつきあえないからしかたなく……ということなのかもしれないが、それでも言ったことは確かだ。
「頼む、セッティングしてくれよ」
獅子谷くんはライフルをかまえたハンターのように目を光らせていた。
「俺も混ぜてくれえ」
「それなら俺と小鹿、高山と女の子3人で遊ぼうぜ」
「いいね、その方向で頼むよ~」
高山くんの表情がゆるんだ。
「女子は綿丘と草原は決定だな。あとひとり、誰か友達を連れてきてもらえるといいんだが」
獅子谷くんが僕を見た。
「わ、綿丘さんとすみれに相談してみるよ」
「頼む」
その日の昼休み、いつものように僕は屋上で綿丘さんとお弁当を食べた。
なぜか今日も寿限無さんがいて、3人で輪になっている。
「ミチル、邪魔なんだけど」
「そう邪険にしないでよ~。友達じゃん、私たち」
寿限無さんはにんまりと笑い、さらりと言った。彼女は大型船を係留するワイヤーのように太い神経を持っているにちがいない。
「あんたはただのお邪魔虫」
綿丘さんは冷たく言い放つ。
僕はふたりの美しい女の子を眺めながら、獅子谷くんと高山くんからの依頼についてどう切り出そうかと考えていた。
「ねえ、ふたりにちょっと相談があるんだけど……」
僕はおずおずと言った。
綿丘さんが僕を真剣に見つめ、寿限無さんはやきそばパンをかじりながら首を傾げた。
「僕の友達たちが遊びたがっているんだ。その……女の子と……」
話しながら、男子と女子の遊びのセッティングってなんだかむずかしいなと思った。
「わたしは小鹿くんと遊べれば、それだけでいいんだけど」
綿丘さんはそう言った。彼女とは明日、2回目の山デートをすることになっている。
「私は遊びたいな~。小鹿くんの友達って誰?」
「い、1組の獅子谷くんと高山くんです」
僕が寿限無さんの質問に答えると、彼女は口をへの字に曲げた。
「もう敬語やめようよ。小鹿くんと私も友達でしょ? タメ口で話そう?」
「う、うん。じゃあそうさせてもらおうかな」
「よしっ、小鹿くんと距離が近づいた~! で、その男の子たちってどんな人?」
「ふたりともカッコいい男子だよ」
「いいね~、遊ぼう遊ぼう」
「獅子谷くんも高山くんも趣味じゃない。わたしは小鹿くんといられればそれだけでいいんだけど」
綿丘さんはあまり気が乗らないようすだった。
「きらりは少し黙ってて。男子は小鹿くんも含めて3人なんだね。女子は私ときらりとあとひとりはどうする?」
「僕の幼馴染を誘おうかなと思っているんだ。2組の草原すみれっていう子なんだけど」
すみれの名を出したとき、綿丘さんの表情が微かに陰った。僕は内心で葛藤したが、発言を取り消すことはできなかった。すみれを呼ぶのは獅子谷くんの確固たるリクエストで、呼ばないわけにはいかないのだ。
「話したことないけど、知ってるよ。背の高い美人だよね。私はその人でいいよ」
寿限無さんは特に抵抗なくそう言った。
僕は綿丘さんに視線を向けた。彼女がどうしてもやりたくないなら、このプランを強行することはできない。
「小鹿くんはその男女の交流会みたいなやつやりたいの?」
「獅子谷くんと高山くんが喜ぶんだ。僕は高校で友達と仲よくつきあっていきたいと思ってる。できれば彼らの希望に沿いたい……」
「じゃあ参加してもいいよ」
綿丘さんはどうでもよさそうに言って、青々としたブロッコリーを口に入れた。
綿丘さんと寿限無さんの気が変わらないうちに話をまとめようと思って、僕はチャットアプリですみれにメッセージを送った。
『昨日ちょっと話した件だけど、僕の友達をすみれに紹介したい。話が拡大して、男女6人で会おうということになっている。参加者は男子が1組の僕と獅子谷くんと高山くん。女子が1組の綿丘さんと3組の寿限無さん。あとひとり、女子の参加者を探している。僕としては、ぜひすみれに来てほしいと思っている』
すぐに返信が返ってきた。
『了解』
そっけないが、参加してくれるということだ。
「すみれも来てくれる。参加者は決まりだね」
「いいねー、何して遊ぶ?」
寿限無さんの口調は弾んでいて、かなり乗り気のようだった。
僕は少し考えた。すみれが抵抗なく遊べて、6人の高校生が楽しく交流できるものというと、ひとつしか思い浮かばなかった。
「カ、カラオケとかどうかな?」
他にも楽しい遊びがあるのかもしれないが、友達が少なく遊びの経験が乏しい僕には、それくらいしか思いつかなかった。
「私はそれでいいよ」
「わたしはなんでもいい。それより明日の予定は忘れてないよね、小鹿くん?」
「ふたりで登山だよね。もちろん忘れてないよ、綿丘さん。忘れるはずがない」
僕は言葉に力を込めた。僕にとって最優先すべきものは、綿丘さんとのつきあいだ。
彼女はうなずいて、「明日の朝7時、駅のホームで」と言った。
「ちっ、カラオケよりそっちの方が楽しそうね」と言って、寿限無さんは不満をにじませた。
その後、僕は綿丘さん、寿限無さんと相談しながら、すみれ、獅子谷くん、高山くんにメッセージを何通か送って、予定を調整した。
ゴールデンウィークの最終日に6人で集まり、カラオケをやることが決まった。
交渉事は疲れる。参加者の思惑は各人各様で、まとめ役はときには自分の希望を押し殺さなくてはならない。もしまたこういうことがあるのなら、幹事は獅子谷くんか高山くんにやってもらいたいと心の底から思った。




