9話 夏の思い出4
「心配かけてごめんな。二人に伝えておかなければならないことがある。特に杏奈、よく聞いてくれ」
俺の覚悟を感じ取ったのか、二人は口を開くことなくゆっくりと首を縦に振った。
「杏奈のじいちゃんはもうじき、死ぬ」
その言葉を聞いた二人は目を大きく見開いた。
涼介は愕然とした様子で固まり、杏奈は悲鳴を必死に手で押さえている。
沈黙が部屋中を満たす。
それは一瞬であったはずだが、俺には終わりが見えないほど重かった。
その沈黙を破ってくれたのは、涼介だった。
「死ぬって、それ本当か?」
「あぁ、本当だ」
「ということはLPが赤くなってるってことか……。もうじきってのは、その……」
涼介は気遣うように杏奈を見ながら、控えめに先を続けた。
「数日程度しか猶予がないってことかな?」
「いや、そこまでは短くない。でも俺の経験上の推測では二、三カ月ってとこだと思う」
「二、三カ月か……」
再び重い沈黙が訪れた。
その沈黙の中でも俺は、黙っていたことを打ち明けたことで幾分頭が軽くなり、他の事にも頭が回るようになっていた。
俺は杏奈に顔を向ける。泣いているかと思ったが、辛うじて泣いていなかった。
彼女の気概がそうさせているのかもしれない。
「杏奈、少し聞きたいんだけど」
杏奈が頷いたのを確認して俺は続ける。
「杏奈のじいちゃんは持病があったりするのか?」
「……ううん。聞いたことないよ」と杏奈は首を横に振る。
「ということは事故か……」
「事故だけとは限らないんじゃないかな」
涼介に否定された俺は透かさず疑問を口にする。
「なんでだよ。持病がないのに二ヶ月後に死ぬんだぞ。事故以外にないだろ」
この言葉を受けた涼介はまるで苦虫を嚙み潰したように顔をしかめ、俯き加減に視線を逸らした。
「隼人は見えているから紛れもない事実なんだろうけど、死ぬってはっきり口にしない方がいいよ。たとえそれが気の置けない親友に向けた言葉だったとしても」
まるで心臓を射抜かれたような感覚がした。涼介の言う通りだ。気の置けない親友だからといって何もかも明け透けにものを言っていいわけではない。配慮すべきことだってある。俺は素直に反省した。
「……悪い」
涼介は咳払いをして空気を断ち切った。
「話を元に戻すけど、病気にも種類があるよね。ガンみたいにある程度の療養期間が見込まれる病気もあれば、心筋梗塞みたいに突然発症してそのまま亡くなってしまう病気もある。だからもし杏奈ちゃんのおじいさんが亡くなってしまうのだとしても、その原因は事故だけとは限らない」
「確かにそうだな。ただそうなると、死因なんて関係ないよな。事故死にしたって突発的な病死にしたって、結局は救えない。」
「それは……」
「……俺のこの力は一体何のためにあるんだろうな。寿命が見えたってどうにもならない。誰も助けられないなら見えたってしょうがない、意味がない」
俺は俯き唇を噛む。
あの日、俺を見捨てず今も友達でいてくれる杏奈に少しでも恩を返したいのに、何もしてやれないのが悔しかった。無力な自分が情けなかった。