8話 夏の思い出3
「杏奈がいつもお世話になっております」
「いえいえ、お世話になっているのはこちらの方です。杏奈ちゃんにはいつも助けられています」
杏奈の祖父の挨拶を、涼介が優等生らしく丁寧に返す。
俺はそれを上の空で聞いていた。
寿命のことをいつ杏奈に伝えればいいのか。
早く伝えた方がいいことは間違いないが、祖父母が居る場では避けるべきだし、伝え方やタイミングというのもある。なるべく杏奈が受け止めやすい形で伝えたいのだが……。
「……くん。ねぇ、隼人くんってば!」
杏奈に肩を揺さぶられて俺は我に返った。
「お、おう。……悪い悪い、ちょっと考え事してた」
続けて、杏奈の祖父母にも詫びた。
「すみません。ちょっとぼーっとしてたみたいで」
「気にしないでいいのよ。毎日勉強で疲れているでしょうに、ワガママ言って呼びつけた私たちの方が悪いの。ごめんなさいね」
大して勉強していない俺にとっては身に余る気遣いだ。
その優しさに感謝の意を込めて笑顔を浮かべたいのだが、杏奈の祖父の頭上にある赤いLPがどうしてもちらついて笑うことができず、俺は目を閉じて頭を俯けるしかなかった。
その後はなんとか話についていき、お開きとなった。
せっかく会えたのだからもっと自然に話ができたらとは思ったが、事が事だけにそれは諦めるしかなかった。きっと杏奈の祖父母が抱いた自分の印象はさぞかし悪かろう。
俺は少し落ち込みながら二人に連れて杏奈の部屋に向かった。
当然、俺の異変に涼介と杏奈が気付かぬはずもなく、部屋に入るなり二人から問いただされた。
「隼人、何かあった? 下にいる間ずっとらしくなかったけど」
「そうだよ。最初はぼーっとしてたし、その後の会話も無理して合わせてる感じだったし。嫌なら嫌って言ってくれてよかったんだよ?」
「そんなんじゃないんだ。嫌じゃなかった。むしろ楽しみにしてたんだ。けど……」
俺はまだ迷っていた。これから三人で勉強することになっている。
それなのに、今このタイミングで打ち明けてしまえば勉強する雰囲気になどならない。
ならせめて帰り際まで黙っておく方が賢明なのではないだろうか。
では何と言ってこの場を凌げばいいのか。
思考が頭の中をぐるぐる回り、俺の心は煮え切らない。
「けど、どうしたの? そんなに言いにくいことなの? 私たちに気を遣ってるならそんなのいらないよ。私たちの仲なんだから遠慮せず言って。水臭いよ。」
杏奈の表情は曇り、不安げになっている。
涼介は俺の肩に手を置き、目を見ながら大きく一つ頷いた。
確かに今日、杏奈の家に来たのは勉強するためだった。
でもそれは杏奈が祖父母に、俺と涼介を会わせるための口実に過ぎなかったのだ。
つまり今日の目的は既に果たしていることになる。
だとしたら、もはや勉強のことなど気にする必要なんてない。
これ以上二人を不安にさせる意味もない。杏奈のためにもはっきり伝えよう。
俺はそう考えなおし、打ち明けることにした。