7話 夏の思い出2
約束の土曜日、俺は涼介と待ち合わせて、一緒に杏奈の家へ向かった。
「僕たち、杏奈ちゃん家に行って大丈夫なのかな?」
「は? なに言ってんだ、涼介。杏奈が誘ってきたんだからいいに決まってんだろ」
「それはそうなんだけど」
涼介は俺に一瞥をくれた後、ため息をついた。
その態度が俺に呆れたと言っているようで、少しイラついた。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
「僕たち、もう中三だよ? 女の子の家に男子二人が易々上がれるなんて、普通ならありえない」
「普通なら、だろ。俺たちは小学校からの仲で、性別の垣根なんかない。杏奈は俺たちを、俺たちは杏奈を、異性として見てない。そうだろ? だから俺たちはその普通には該当しない」
瞬きすれば見逃してしまうほどの一瞬、涼介の表情に陰りの色が浮かんだが、すぐに笑顔に変わった。
「そうだね。男子が二人も家に来たら親御さんがどう思うだろうとか、杏奈ちゃんは他の男子も家に呼んだりしてるんだろうかとか、考えてたんだけど気にしすぎだったかな」
「余計なこと考えすぎだ。それに杏奈に限ってそんなことはないだろ」
気付けば杏奈の家は目の前だった。
庭には芝生が青々と生い茂り、壁際に作られた花壇には彩り豊かに花が咲いている。
姓に見合った緑溢れる家だ。
アプローチを通って玄関へと向かい、インターホンを押す。
数秒待った後、杏奈が応じてくれた。
「やっほー! 今開けるから待っててー」
トントンと廊下を小走りする音がして、杏奈が玄関のドアを開けた。
「いらっしゃーい。さっ、上がって上がって」
「おじゃましまーす」
俺たちは小さい頃からそれぞれの家に何度も遊びに行っている。
少なくとも家の間取りを覚えてしまうほどには。
だからいつも通り、二階にある杏奈の部屋に向かおうとしたのだが、杏奈がそれを制した。
「二人ともちょっと待って。今日はおじいちゃんとおばあちゃんが来てるから、勉強する前に少しおしゃべりに付き合ってほしいんだけど」
「別に構わないけど、どうかしたの?」
涼介が尋ねると、杏奈ははにかみながら答えた。
「実はね、今来てるのは田舎のおじいちゃんおばあちゃんなの。隼人くんも涼ちゃんも会ったことないでしょ?」
「確かに、会ったことないね」と涼介は納得の表情を浮かべた。
俺も会ったことがなかった。
小さい頃から杏奈の家には何度も来ているが、会ったことがあるのは近くに住んでいるという父方の祖父母だ。どうやら今回来ているのは田舎で農家をしている母方の祖父母らしい。
「隼人くんと涼ちゃんのことはおじいちゃんたちによく話してたから、その子たちと会って話したい、お礼が言いたいっていつも言ってたの。それでね、おじいちゃんたちが来るのは前から決まってたから、今日二人を誘ったってわけ」
「なるほど、納得。俺も一度は会ってみたかったからいい機会だな」
「そうだね。これは勉強よりも大事なことだよ。ぜひお話しさせてもらおうかな」
杏奈は嬉しそうに笑った。その表情には幾分安堵の色も見える。
「隼人くん、涼ちゃんありがとう。おじいちゃんたちリビングにいるから」
三人でリビングに入った。
見慣れた部屋のソファに、初見の老人二人が座ってテレビを見ていた。
「おじいちゃんおばあちゃん、隼人くんと涼介くんが来たよー」
その声を受けてこちらを向いた二人は、朗らかな優しい笑みを浮かべた。
「隼人くん、涼介くんいらっしゃい」とおばあさんが温かく迎え入れてくれた。
それとは対照に俺は一つも笑うことができなかった。緊張していたのではない。
あるものに目を奪われ驚愕していたのだ。
ある程度の覚悟はしていた。老人の場合、そのほとんどが橙色をしていて短い。
杏奈の祖父母もそれなりだろうと思っていた。だが、杏奈の祖父は俺の予想を大きく上回った。
俺の覚悟は甘かった。
杏奈の祖父のLPは赤く染まり、わずかしか残っていなかった。
杏奈のじいちゃんはもうじき、死ぬ――。