51話 赤崎くん
「今日は取り乱してしまって、すみませんでした。夜になるとどうしても怖くなるんです。眠ってしまったら二度と目を覚ませなくなるんじゃないかって。それでも、いつもは親がいて抑止力が働いていたのですが、今日は突然私一人になったので……」
普通、人の寿命が見えるなんて信じない。ましてや、自分の寿命がもうすぐ尽きると言われ、恐怖に怯えているなんてとてもじゃないが親には言えない。親に言おうものなら、気が振れたと思われて病院に連れていかれること請け合いだ。
白鳥はずっと一人で抱え込み苦悩していたのだ。察するに余りある。
「さっきも言ったけど、悪いのは俺だ。白鳥が謝る必要なんてない。それに、こき使われるぐらいの方が俺としては気が楽だ。許してもらえる、なんて思ってないけど、白鳥のために動いている間だけは、償ってる感じがするんだ」
白鳥は二度、小さく首を振った。
「許すも何も、私は罪だなんて思ってません。むしろ感謝しているぐらいです。自分の寿命がいつかなんて、普通分かりませんから」
白鳥は笑う。
でもその笑顔は、絞りだして作った偽物だと分かるほどにぎこちないものだった。
「私、今まで友達というものができたことがありませんでした。ご存知の通りこんな性格ですから、近付いてくる人はあまりいませんでしたし、中学までは色々な習い事をしていましたので、そもそも遊ぶ時間もありませんでした。だから、高校でもずっと一人なんだろうなと思っていたのですが、いつの間にか、あなたや緑川さん、青山さんという素敵な友達ができていたのです。」
白鳥は恥ずかしいのか顔を伏せる。
「……もしかしたら、私が一方的に友達と思っているだけで、本当は友達ではないのかもしれませんけど」
「白鳥は大切な友達だ。涼介や杏奈だってそう思ってる」
俺は言下に答えた。
もっと時間があれば友達以上にだって――。
「……ありがとうございます、嬉しいです。出会った頃のあなたでは想像もつかない言葉ですね」
二人で笑い合った。それはお互い様だ。
蔑んだ目で罵詈雑言しか言わない憎たらしい奴だったのに、いつの間にか友達と思い思われる間柄になるなんて、思ってもみなかった。
「私、やっぱり死ぬんですよね?」
静かな、けれどハッキリとした声だった。
俺は白鳥の頭上にあるLPを見る。それは、あの時見た曾祖母のLPと大差ないものだった。
「……あぁ、俺の見える限り、数日もない。明日か、明後日か、そんな感じだ」
「そうですか。やはり私は死んでしまうのですね」
白鳥は両足を抱えて、その膝の上にちょこんを顔を乗せる。
落胆しているようには見えないが、努めて悟られないようにしている感じがした。
「ようやく友達ができたのに死んでしまうなんて、私も運が悪いですよね。前世で大罪でも犯したのでしょうか。……もっと、友達と過ごしてみたかったです……」
高校生にして初めてできた友達。それは何よりも甘い果実だっただろう。友達と過ごす日々をどれだけ心待ちにし、期待していたか。幸福を奪う権利など誰にもありはしないはずなのに、神はこの純真無垢で幼気な少女を命ごと奪おうというのか。天の配剤というものは全くのデタラメ、詭弁だということなのか。
こんな理不尽がまかり通っていいはずがない。
それでもなお、これが神の御意向だと言うのなら――。
「じゃぁ、明日遊びに行こう。もちろん四人で」
できるものなら白鳥の寿命を変えてやりたい。ただ、俺にその力がないかもしれない。ならばせめて、友達と過ごしたいという彼女の願望を叶えてやるのが、友達としての務めではないか。
「えっ? 明日ですか?」
白鳥は呆気にとられたかのような顔をしている。
「なんだ? 明日なのが不満か? 今日はもうどこも店閉まってるからなー。俺だけで我慢してくれよ。て言っても時間的にもう今日は終わっちまうけどな」
「そういう意味で言ったわけでは……」
「お前もう寿命残ってないんだぞ。なりふり構うなよ。それと、明日は涼介と杏奈に予定があるかもしれないとかって気を回してるなら、それは無用だ。友達に気なんか遣わなくていい。それが友達ってもんだ」
俺はそう言って、涼介と杏奈それぞれに電話を掛けた。
二人ともまだ起きていて、事情を説明すると二つ返事で了承してくれた。
「というわけで、明日正午に現地集合って伝えた。俺は十一時にここに来るから、それまでに支度しといてくれ」
「は、はい……」
白鳥は面食らったような呆けた顔をしている。その顔に釣られてか、あくびが一つ出た。
スマホのディスプレイを見ると、時刻は零時を回っていた。帰ったら親に小言を言われるに違いない。
「どうだ、白鳥。今日は眠れそうか。一緒にいてやりたいのは山々だが、さすがに男女二人でひとつ屋根の下というのは躊躇われる。ダメだったら杏奈にでも来てもらうけど」
白鳥は逡巡しなかった。
「いえ、大丈夫です。明日はとても楽しいことが待っていますから」
「そっか、なら良かった。じゃぁ俺はそろそろお暇するわ」
俺はそう言って玄関を出て、門の近くに停めていた自転車に跨った。寒いから見送りはいいと言ったのに、白鳥は玄関の前で身を抱くようにして立っていた。
「ありがとう……赤崎、くん」
心臓が跳ねた。この表現以外に適切な言葉はない。
白鳥が初めて俺の名前を呼んだ。しかも「さん」ではなく、「くん」だ。
なぜ急に俺のことを名前で呼んでくれたのか、敬称が「さん」ではなく「くん」だったのか、その真意は測りかねるが、彼女が勇気を出して呼んだことは表情から読み取れた。
ただ名前を呼ばれただけだというのに、心臓は跳ね血は躍るほど嬉しかった。
敬称が「くん」だったのも、特別感があって心を擽られた。
照れ隠しに何か言ってやろうと思ったが、頭が上手く回ってくれなかった。
「おう、また後でな」
結果、素気のない短い返事をして、手を挙げてからペダルを漕いだ。
深夜の寒空の下、自転車で風を切って進んでいく。
季節は冬、極寒であるはずなのに、帰りもまた、寒さは全く感じなかった。
むしろ、胸に灯火が宿ったような温もりさえ感じていた。




