48話 戸惑いながら
訪れる静寂。
一瞬時が止まったような感覚がした。
白鳥は沈黙しながらも、何を言っているのか分からないといった表情で、目を右往左往させている。
当然の反応だ。
いくら友人とはいえ、急に「人の寿命が見える」と言われても、すぐには飲み込めないのが普通だ。
「あの、えぇーっと……、これは、どういう……」
きっと俺だけだったら、冗談も大概にしろと一蹴されていたに違いない。
でも、信頼のおける涼介と杏奈がいることで、完全に疑いきれていない、そんな反応だ。
「怜ちゃん、これ本当なんだよ。信じて! 私のおじいちゃんの寿命も当ててるんだよ。だから本当なの」
白鳥の隣にいる杏奈が必死にフォローしてくれる。
戸惑う白鳥に、杏奈は続けてあの夏の祖父との思い出を話した。
「そんなことがあったのですね」
白鳥は手にしていたカップを置いた。
杏奈の思い出話のおかげで、少しは信憑性が増したかもしれない。白鳥の表情に戸惑いの色は見えない。
「にわかには信じ難い話ですが、緑川さんの話や青山さんが信じていることを踏まえると、質の悪い冗談、ということはなさそうですね。一旦は受け入れることにします」
受け入れてくれたことに感謝しつつ、俺は胸をなでおろした。
「それで、あなたには寿命がどう見えているのですか?」
「それは――」
ゲームのHPさながらのゲージが各人の頭上に見えていること、残量によって色が変化することなど、LPに関することを一通り説明した。
「なるほど、よく分かりました。しかし、神様はなぜあなたにそのような力を与えたのでしょうね」
全くもって同意見だ。俺にも分からない。なぜこんな力があるのか、なぜ俺に与えたのか、何のためにこの力はあるのか。神に謁見できるものなら尋ねてみたいものだ。
「それはともかくとして、なぜそのような話をしたのです? その力をひけらかすためではないのでしょう」
「あぁ、そうだ」
そう、本題はここからだ。真の目的は今から伝えねばならない。
ここまで来たのだ、引き返すことなどできないし、告げることに迷いはない。でも不安はある。白鳥は俺の力を受け入れてくれているのだ。であれば、自身の寿命も受け入れざるを得なくなる。
高校一年生という若さにして、余命一ヶ月という死の宣告を受ける絶望など、俺にはとてもじゃないが測れない。人生はまだ始まったばかりなのだ。叶えたい夢、やりたいこと、たくさんあるだろう。希望に満ちた白鳥の将来を、俺は今から壊すことになるのだ。
俺は勇気が欲しかった。だから、涼介と杏奈それぞれに顔を向けた。
目をしっかりと見て、今から告げるとアイコンタクトする。
二人とも小さく頷いてくれた。
二人が支えてくれている。これで俺の意は決した。
「落ち着いて聞いてくれ。白鳥、お前の寿命は後一ヶ月も残っていない」
白鳥の目が大きく見開く。
「い、一ヶ月、ですか……。一ヶ月……」
それから白鳥は沈黙した。取り乱してはいない。
でも眼は上下左右に泳ぎ回っており、明らかに動揺している。
話を続けるか迷ったが、このままでは耳に入ってこないだろうと思い、少し時間を空けた。
「俺に一つ考えがあるんだ。聞いてくれないか」
白鳥が顔を上げる。
まだ動揺の色は残っているが、俺は大丈夫だと判断して話を続けることにした。
「俺はこの力とそれなりの年数向き合ってきたけど、未だに分からないことがあるんだ。それは、この見えている寿命が変えられるか否かだ。どう足掻いても変えられないかもしれない。むしろその確率の方が高いとも思う。でも、変えられないって証拠はないんだ。だから俺は寿命が変えられる方に賭ける。変えられると信じたい。だって、人の寿命が見えるだけなんて、ニッチすぎてあんまり役に立たないだろ」
俺は苦笑いする。白鳥の表情に変化はない。
「それでもし寿命を変える力が備わっていたとしても、俺は医者じゃないから最期が病気によるものだったらどうしようもない。でもこの前白鳥は病気を患っていないと教えてくれたから、この線は気にしなくていい。病気を除けば残るのは事件、事故だ。これなら、現場に居合わせさえしなければ、起こり得る事象を捻じ曲げることができる。例えば、スナイパーに打ち殺されるはずだったが、スナイパーを事前に察知して避難する、とかな。だから、協力して欲しいんだ」
「協力……ですか?」
「少し抵抗があるかもしれないけど、今後学校以外の場所に行くときは、俺たちに知らせてくれないか? 白鳥の居場所さえ分かっていれば、周りを監視することができるし、万が一の時はすぐに駆けつけることができる。無理にとは言わないけど、俺たちも心配なんだ。頼む」
俺は机に手をついて頭を下げた。
「……分かりました。出不精なのであまり連絡することはないと思いますが、出掛ける際はご一報しますね」
「ありがとう、恩に着るよ」
これで白鳥の行動は掴める。後は、どうやって事件、事故を未然に防ぐかだ。
ただ、こればかりは分からない。未然に防げるなら警察だって苦労していない。
やれるとしても、ボディーガードのように、常に主人の傍にいて周囲を警戒することぐらいが関の山か。
ハナから分かっていたことではあるが、改めて考えると自分の無力さを感じずにはいられなかった。
俺たちの間に漂う重苦しい空気を吹き飛ばす術を持っていない俺たちは、そのままお開きにすることにした。
白鳥の顔は冴えないままだ。必要なことだったとはいえ、主犯である俺は罪悪感から胸が痛む。
それでも、白鳥なら大丈夫だと無責任ながらそう思った。
会計に行くと、和泉さんはこれまた前回と同じ調子で「あなたたちは注文してないんだから、お金を払う必要なんてないのよ」と取り合ってくれなかった。
俺たちは何度も礼を言って、店から出ていく。
「また来てねー」と和泉さんが笑顔で手を振っている。
次も必ず白鳥を連れてきます。そう心で呟いて、扉を閉めた。




