46話 姉の期待はどこから?
俺と白鳥は何とかお化け屋敷を乗り切った。
教室から出る前、白鳥の顔は驚き疲れてげっそりしていたが、スッと平然な顔を作ってから出ていった。
その後の杏奈からの「どうだった?」という質問に対しても「楽しかったです」と何事もなかったように答えているのを見て、さすがだなと思った。
急いで体育館へと向かったが、案の定人で溢れかえっており、空いている席など見当たらなかった。
杏奈が「ごめんね」と舌を出して悪びれることなく謝る。
仕方なく、後方で立ち見することにした。
今か今かと待っていると、ふと誰かに見られているような圧迫感を感じた。
その方向に顔を向けると離れたところに、タイミングを計ったように顔を背けた人物がいた。
フードを目深に被りサングラスのようなものを掛けているが、背格好からして男だ。
サングラスのようなもの、と言ったのは、今体育館の中はカーテンが閉められ光が遮断されているうえ、照明もほとんど落とされているため、かなり暗い。その中でサングラスをしていては前が見えないだろうと思ったからだ。
男は身長百七十から百八十センチ程度で中肉中背、LPは橙色だが、残り二分の一に限りなく近い。人生を折り返したばかりということだ。LPから推察するに、三十代から四十代といったところか。
フードにサングラスという出で立ちで既に怪しいのだが、男は足を止めることなく出入口まで歩いていき、あろうことか体育館を出ていった。これから演奏が始まるというのにだ。
追いかけようかと悩んでいると、「どうしたのですか?」と白鳥が耳打ちしてきて我に返った。
直後、得も言われぬぞわぞわとした快感が耳から脳へと伝わり、全身から力が抜けた。
涼介や杏奈に気付かれないよう耳打ちで訊いてくれたことに感謝しつつ、残った力を振り絞って「なんでもない」と答えた。
その後、ブザーが鳴って演奏が始まった。
途中、生徒有志によるダンスも加わり、フィナーレは大盛況で幕を閉じた。
家に帰り部屋に上がろうとすると、リビングにいた初音に呼び止められた。
「文化祭どうだった?」
「まぁ、楽しかったな」
俺は思ったままを口にした。
それなのに初音は、なぜか怪訝な顔をする。
「そうじゃなくってさー、女の子に告られたりとかさー、そういうの、無かったの?」
「ねーよ、そんなもん。あったら苦労しねーっつーの」
初音は驚いたように目を大きく見開く。
「無い? 噓でしょ? そんな……」
俺が女子に告られるなんてあるわけがない。長年共に暮らしてきて、そんなことも分からないのか。
初音は俺に何を期待しているのだろうか。
「これは隼人、あんたのせいよ。きっとあんたが悪いのよ。そんなだからあんたはいつまで経っても彼女ができない、童貞なのよ」
そんなことは言われなくても分かっている。それにしてもなんだ、期待していたのかと思いきや急に貶しやがって。それに最後の「童貞」は余計だ。それなら、お前は彼氏がゴロゴロいて処女もとっくに卒業してるのかと言い返したくなったが、寸前で止めた。
キッチンに母がいる。母の前で童貞だの処女だのと口喧嘩するのは不謹慎な気がしたのだ。
「もういいわよ」
初音は用済みだとばかりに俺を手で掃う。何か言い返してやろうと思ったが、多少疲れもあって早く部屋に上がりたかったので、結局何も言わずに引き下がった。
リビングを出る間際、初音の「あの子ったら……」という声が聞こえた。
そこで、初音が杏奈に文化祭マジックやらクリスマスなどとけしかけていたのを思い出した。
杏奈はどうだったんだろうなと思った。昼間のあれはやはり相談だったのだろうか。初音にそそのかされて告白したのだろうか。
どうであれ、杏奈にとって幸多い文化祭であったならいいなと思いつつ、リビングを後にした。




