45話 奴隷からの解放
「……それで私の弱みでも握ったつもりですか?」
白鳥はゆっくりと顔を上げた。潤ませた瞳をキッと尖らせ俺を睨む。
俺はどう答えようかと少し逡巡した後、にやつくように笑った。
「あぁ、そうだな。これまで散々な扱いだったが、今後はこのカードをちらつかせることで罵声やら冷遇を抑止することができる。これでやっと俺も一般人扱いされると思うと泣けてくるぜ」
それを聞いた白鳥は、尖らせていた目を再び丸くした。
言っている意味が分からないといった感じだ。
「……それだけですか?」
「それだけってなんだよ。今まで奴隷のような扱いだったのが、一般人扱いだぞ? 充分どころか釣りがくるぐらいだ。じゃなきゃリンカーンは史実として語られてねーだろ」
俺の場合、自らの手で己を奴隷解放するという特殊ケースではあるが。
「そう……ですか。では弱みを使って私を陥れたりとか……」
「はぁ? こんなちっぽけな弱点で人を陥れれるわけねーだろ。こんなんで人を陥れれると思うやつはよっぽどおめでたい野郎だぞ。お前が何を気にして何に怯えているのかは知らねーけど、誰にだって弱点はある。お化け屋敷が苦手、お化けの類が怖いぐらいじゃお前の評価は変わんねー。周りの目によって築き上げられた『完璧』って牙城も傷一つつかねーよ」
白鳥が顔を背けた。ただそれは、俺を拒否しているのではなく、俺の言葉を咀嚼し吟味しているのだと表情から読み取れる。
「そもそも、この弱点自体が人によっちゃ弱点とは思わない可能性もある。完璧すぎる人ってのは近付き難いもんだけど、お化けが怖い、苦手だっていう普通の感情を持っていると知れば親近感が湧くし、その人物が女子ならむしろ可愛いとか好感を持つやつもいる」
そう言った後、俺は一つ咳払いをした。
「今言った親近感とか可愛いっていうのは、あくまでも客観的意見であって、主観ではないからな。勘違いするなよ」
白鳥は再び顔をこちらに向ける。迷いが晴れたような柔和な表情をしている。
「あなたも、たまには良いことを言うのですね」
一般人扱いに格上げされ対等なはずなのに、未だに上から目線なのはどういう了見か。
ようやく白鳥も立ち上がり、スカートを掃う。
「あなたの言い分は分かりました。納得もしています。ですが……、やはり恥ずかしいです。なので、このことは他言しないでいただけませんか?」
白鳥は上目遣いで俺を見つめる。彼女の性格からして意図はないことは明白だし、ただの身長差によるものだと分かっている。それでも、男心を擽るこの目が憎らしくてならない。
俺はこれ以上心を侵食されまいと、その蠱惑的な目から強引に視線を引き剥がした。
俺だけが知っている、白鳥の弱点。
俺と白鳥、二人だけの秘密。
その響きが、俺にはとても魅力的に感じた。
「言われなくても言いふらすつもりなんかねーよ。もちろん、涼介や杏奈にだって言わねー。暴露したっておもしろくねーからな」
これでこの話は終わりだと暗に示すため、俺は白鳥に背を向ける。
ここまででかなりくさいセリフを吐いていることに気付き、その照れを隠すためでもあることはここだけの秘密だ。
「そんじゃ、さっさと終わらせようぜ」
さっきと同じように後ろを付いてくるだろうと思い、俺は先に歩き出す。
「それともう一つ……」
背後から白鳥の小さな声が聞こえた。もう一つ、なんだろうかと考えていると、袖を軽く引っ張られる感触がした。見てみると、白鳥が指先で軽く俺の袖を掴んでいた。
白鳥の顔に目を移すと、白鳥は俯き加減でこちらを見ようとしない。
目はすっかり暗がりに順応しているが、暗いことに変わりはなく、白鳥の表情までは窺えない。
おそらく、察しろということだろう。怖いのだから当然だと思った。人は切羽詰まると藁にも縋るのだ。俺みたいな奴隷か一般人かよく分からない扱いの人間でも、藁よりは頼りになるはずだ。
俺は白鳥から顔を逸らして前を向き、ゆっくりと歩いていく。
白鳥は袖を掴んだまま、俺の隣の少し後ろを付いてくる。
あの上目遣いの後に続けてこんなことをされると、湧き上がる感情を抑えられる気がしなかった。
これまではぞんざいな扱いに対する厭悪と、そんなやつに好意を抱くなど論外という自戒によって抑圧されていた。でも今の彼女は口こそ変わっていないが、そこに昔のような拒絶の色はない。ただ単にからかっているだけだ。
そう考えると、この感情を抑える必要なんてどこにもないんだと思った。余命一、二カ月の女の子に好意を抱いても仕方がないと思う人がいるかもしれないが、俺には関係ない。寿命を変えられる可能性があるのだ。俺が寿命を変えればいいのだ。
俺は自分の気持ちに素直になろうと決めた。
そして、白鳥の寿命を絶対に変えてやると改めて誓った。




