44話 苦手じゃないお化け屋敷
順番を待つ間手持ち無沙汰な俺は、白鳥に訊いてみることにした。
最近の白鳥は、俺に対する当たりが少し緩くなった気がしている。だから答えてくれるかもしれないと思ったのだ。
「お前、お化け屋敷苦手なのか?」
「そ、そんなことありません! あなたは何を言っているのですか。妄言もいいところです」
白鳥は早口で捲くし立てて否定した。その必死さが逆に肯定を示している気がする。
教室の中から杏奈の叫声が聞こえてきた。
白鳥は顔を引いて眉をひそめ、怯えるような目つきで教室を見つめる。
態度や表情からして、白鳥は本当に苦手なのだろう。
それでも、あくまでも口では否定し俺に打ち明けようとしないことが少し悔しい感じがした。
「はい、じゃぁ次のお二人どうぞ」
受付の女子が教室のドアを開け入室を促す。
「お前は俺と一緒に歩くなんて御免だろうから、先行くぞ」
俺は白鳥を見ずに言い放ち、室内へと進んだ。自分で言っておきながら、チクッと胸が痛んだ。
この痛みは、怖がる彼女を突き放した罪悪感ではなく、彼女が自分のことを未だ受け入れていないという事実を自ら突きつけた自傷による痛みだ。
己の承認欲求の強さにおぞましさを感じ、その穢れた欲望を噛み潰すかのように歯噛みする。
空を噛んだだけで味なんてしないはずなのに、口の中には不快感が広がっていた。
「あ、ちょっ……」
後ろから白鳥の駆けてくる足音がした後、ガタンとドアが閉まる音が聞こえた。
室内は外よりもひんやりとしている。下から蒸気のようなものが出ているのか、特に足元が冷たく感じる。暗闇に目が慣れておらず、視界には何も映らない。
結構本格的だな、と思った。
ちらと後ろに目をやると、白鳥は俺から少し離れた――ただ、有事の際には俺を盾にできる絶妙な――距離感を保ちながら、おそるおそるといった感じで歩いている。
最初の仕掛けはどこかと探りながら進んでいく。
何かの気配を感じ取ろうと、意識を集中させ神経を尖らせる。辺りに人の気配は感じない。機械音もしない。聞こえるのは、僅かに早まった血脈の浪打つ音だけだった。巧妙な罠でも張られているのだろうか。例えば足元に細い糸が張られていて――。
思考に少し意識を奪われていた間隙を突いて、突然上から無数の何かが降ってきた。
俺は反射的に体を引き、正体を検分する。物体は踊るように上下左右に宙を舞う。上から紐のようなものが吊るされているのが分かった。揺れ動く物体を目で追っていくと、その正体はすぐに暴かれた。
なんだ、蜘蛛か――。
擬似蜘蛛であることを認めた俺は、それを暖簾のようにくぐって通過しようと一歩踏み出す。
「きゃあああぁぁぁーーー!」
背後から甲高い悲鳴がけたたましく上がり、俺の耳をつんざいた。
耳を塞ごうとした手は白鳥に掴まれて制止され、そのまま後方に引っ張られる。
為す術のない俺は尻餅をついて倒れた。倒れる寸前に体を捩らせたので、辛うじて尾骨強打は免れた。
「っつ……」
俺は痛みに耐え忍ぶ声を漏らして尻を撫でながら、同じように倒れている犯人を見た。
犯人である白鳥は何が起きたのかといった表情で、丸くなった目を俺に向けていた。
数秒見つめ合った後、白鳥は掴んだままになっていた俺の手をパッと離し、俺から目を逸らすように俯いた。
「痛いんですけどー」
俺はからかうようにあえて敬語で被害者アピールをした。
「すみません……」
白鳥は低い声で謝罪した後、唇を噛んだ。
「これぐらいで痛がるなんて、男として情けないですね」などと逆に罵声を浴びると思っていたので拍子抜けする。それなりに負い目を感じているらしい。
俺はズボンを叩きながら立ち上がる。
「早く行って終わらせようぜ」
白鳥は顔を俯けたまま、立ち上がろうとしなかった。




