43話 今でしょ
自教室に戻ると、申し合わせたかのように涼介と白鳥が教室から出てきた。
「あ、怜ちゃん! お疲れー」
杏奈は白鳥を見つけるや、すぐさま駆け寄っていく。母親を見つけた子供のようだ。
「緑川さん、お疲れ様です」
白鳥は平たい顔で返しながら、黒く光る髪を耳にかける。その仕草に思わずドキッとしてしまう。これはきっと、普段見ることのないメイド服姿によるところが大きいのだと、自分に言い聞かせた。
認めたくはないが、白鳥のメイド服姿は美しかった。杏奈もとても似合っていて可愛かったのだが、白鳥は錬鉄のような輝きと高貴さを放っている。着る人が違うだけでこうも印象が変わるのかと、俺は驚嘆せずにはいられなかった。
「……なんですか、そんなに見ないでください」
白鳥は手で肩を抱き体を横に向ける。メイド服姿を見られるのが恥ずかしいのか、顔が少し赤い。
どうやら俺は驚嘆のあまり、長いこと白鳥を見つめていたらしい。
皮肉交じりに返答しようかと思ったが、こういう時女子は褒めてもらいたいものだと、以前杏奈に教えられたのをふと思い出し、その教えに従うことにした。
「悪い悪い、思ったより似合ってたんで、つい」
すると、涼介がそれに続いた。
「隼人もそう思う? 本当に綺麗だよね。メイド服のはずなのにメイド服じゃないみたいだ」
「そうそう! 怜ちゃん超キレイ! 一緒に写真撮ろうよ」
杏奈が一歩足を出した瞬間、白鳥は赤くなった顔をぷいと背けると、逃げるように走っていく。
余程メイド服姿を写真に収められるのが嫌らしい。
「待ってよ怜ちゃーん」
楽しそうに杏奈がそれを追いかけていく。
そのうち帰ってくるだろうと、俺はその背中を見送った。
十分ほどで二人は戻ってきた。白鳥は制服に着替えている。
白鳥のげんなりした表情とは対照に杏奈は上機嫌だ。白鳥のメイド服姿を写真に収めることができたのだろう。
「二人ともおっ待たせー! それじゃあ、四人でしゅっぱーつ!」
杏奈の威勢のいい号令で、俺たちは物見遊山に出かけた。
文化祭はクラスの出し物もあるが、メインは文化部の日頃の成果を披露することだ。野球部である俺は、文科系の部活にあまり関心がない。だから、吹奏楽部とか美術部とかメジャーな部活は知っているが、その他のマイナーな部活はよく知らなかった。
だが今日のおかげで、実に多くの文化部があることを知った。
各所に展示されている美術部の絵画や書道部の掛け軸、写真部の写真――。
そのどれもが綺麗で、作品の放つ魅力に目を奪われ足が止まってしまった。この作品に一体どれだけの時間を費やしたのだろうと思うと同時に、途方もないであろうその時間に敬服した。
途中、杏奈が所属している文芸部と、白鳥が所属している茶道部に寄った。
杏奈は作品として二体のテディベアを展示していた。それぞれ、ブルーとピンクのリボンを付けている。聞くと、ブルーのリボンを付けているのが男の子の「ファルくん」、ピンクのリボンを付けているのが女の子の「きょうちゃん」らしい。ネーミングセンスはともかく、実に杏奈らしい可愛い作品だ。
白鳥は午前中が茶道部での担当だったらしいのだが、日頃のお礼だと言って俺たちに抹茶をたててくれた。
正座をして、少し緊張しながら言われた通りの作法で抹茶を一口含む。
普段口にする――と言っても最近いつ食べたかと問われると記憶にない――アイスやお菓子の抹茶味とは比べ物にならない苦みが口に広がり、舌をひりつかせた。
俺は辛うじて口にしなかったが、隣にいた杏奈は「ンゲェ、にっが!」と芸人顔負けの渋い顔をして言い、それを白鳥が口元に手を当て慎ましやかに笑っていた。
一通り探索した後、俺たちは体育館に向かった。
文化祭が閉幕する十六時から、フィナーレとして吹奏楽部の演奏があるのだ。時間にはまだ余裕があったのだが、会場が自由席になっていて、多少でも良い席で見たいという杏奈の意見に賛同し、一足先に行くことにしたのだ。
その道中、あるものを見つけた杏奈が歓喜の声を上げた。
「あ! お化け屋敷あるよ! 入ろ入ろ!」
杏奈が指差すその先には、「お化け屋敷」と書かれたおどろおどろしい看板が立っている。
その隅に書かれた「2ー4」の文字を見て、二年四組の出し物がお化け屋敷だったことを思い出した。
「席取りに行くんじゃなかったの?」
涼介が真っ当な質問をする。
「大丈夫だって。良い席は取れないかもしれないけど、観れるでしょ。それよりもお化け屋敷だよ、お化け屋敷。入るしかないよ」
「うーん、まぁ、時間的に入る余裕はあるけど。どうしようか」
涼介は意見を求めて俺に目を向ける。
「お化け屋敷」のワードが引っかかった俺は、ちらと白鳥を見た。
白鳥の顔色は真っ白だった。
微動だにしない眼は焦点が合っておらず、意識がどこか遠くにいってしまっていることを物語っている。
それでピンときた。白鳥はもしかして――。
俺は正直どちらでもいいのだが、白鳥は嫌なのだろう。嫌なら無理に入る必要はない。ただ、この流れだと白鳥は気を遣って断らないだろう。
「目の前にお化け屋敷があるんだよ。じゃぁ、いつ入るか――今でしょ」
楽しみで有頂天になっている杏奈は、恥じらいなくボケをかます。
そのネタ、だいぶ古いと思うんだが。
これまでずっと白鳥に虐げられてきた分、ここで痛い目を見てもらうのも一興ではある。ただ、このような形で憂さ晴らしをしても意味がないように思えるし、第一女の子の弱みに漬け込もうとしていることが男として恥ずかしい気がする。かと言って白鳥を守ったように見られるのもあらぬ疑いをかけられそうで避けたい。
杏奈の気を損なわず、かつ白鳥を庇ったように見えない断り方はないだろうか。
そんなことを考えていると、急に視界が暗くなった。
「いらっしゃーい」
高めの声に顔を上げると、さっきまで例の看板の傍にいたはずの男女が目の前に来ていた。
きっとこの二人は受付役だ。
「お化け屋敷に来たんだよね。さっ、どうぞどうぞ」
女子がそう言うと、俺たちは背中を押され半ば強引に連れていかれた。
教室の扉の前に着くと、「二人ずつ入ってね」と一言。
男女で分かれるのだろうな、大はしゃぎの杏奈と入らねばならない白鳥は気の毒だなと思った。
杏奈が先に行きたがるだろうから男は後だと、足を一歩引いた時だった。
「僕、杏奈ちゃんと行っていいかな?」
意外だ、と思った。涼介はこういう時、自分から希望を口にするタイプではない。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
「もちろん、いいよー! 早く行こっ」
期待に膨らんだ杏奈の笑顔が一瞬、ほんの一瞬歪んだように見えたが、気のせいだろう。
杏奈は意気揚々と、涼介はそれに連れられ二人はカーテンに覆われた暗闇へと消えていった。




