42話 話があって
正午過ぎ、客の対応が途切れたタイミングで涼介たちと交代した。最後のシフトの時間は四人で回ることにしているので、涼介たちのシフトが終わる十四時頃に戻ってくると伝えて、俺は教室を出た。
出た先の廊下で俺はゆっくりと手を突き上げ、これでもかと体を伸ばす。
凝り固まっていた筋肉が伸ばされていく。
「……くっ、ぅぅ……んあぁ」
得も言われぬ快感が呻きとなって口から漏れ出た。
午前中で俺の仕事は終わったので、午後からは何も気にせず楽しむだけだ。
そう思うと、何だか得をしたような気分になる。
「お待たせ」
制服姿の杏奈がやって来た。
杏奈が一緒に回りたいと言うので、俺は杏奈が着替え終わるのを待っていたのだ。
「とりあえず、メシ食いに行こうぜ」
俺と杏奈は校舎を出て屋台を見て回った。
一通り回って品定めした後、焼きそばとフライドポテトを二つずつ買った。
俺はこれにフランクフルトも追加購入した。
屋外に設置されている飲食スペースは人で埋め尽くされていて、とても落ち着けそうになかったので別の場所を探すことにした。喧騒から離れようと彷徨っていると、校舎裏にコンクリートブロックを見つけたので、俺たちはそこに腰を下ろした。
「いただきます」
座るやいなや、俺は獰猛な胃袋を宥めるため焼きそばを掻きこんだ。同じ高校生が作ったものなので味は期待していなかったが、それなりに美味しい。「空腹は最大の調味料」効果だろう。
「はい、こっち向いて」
次の麺を口に運ぼうとしていた手を止めて杏奈に顔を向けると、出し抜けにフライドポテトを口に放り込まれた。
「どう? 美味しい?」
杏奈はいたずらっぽい笑顔を浮かべる。
俺は放り込まれたポテトを咀嚼する。
「普通」
「そう言うと思った」
フライドポテトなんて所詮じゃがいもを揚げただけなのだから、丸焦げにでもしない限り味に大差は出ないと思うのは俺だけだろうか。
全てを平らげてスマホを見ると、時刻は十三時四十七分になっていた。
仕事を終えてからあっという間に二時間が経過しようとしている。
「そろそろ戻るか」
そう言って立ち上がると、杏奈に手を掴まれた。
振り向くと、杏奈は俯いてこちらを見ていなかった。
「ん、どうした?」
「……うん、ちょっと……話が、あって……」
相変わらず杏奈はこちらを見ないが、なぜか顔が赤くなっている。
一体何の話がしたいのだろうか。
「なんだ? もうすぐ十四時だから早く言えよ」
俺は再びコンクリートブロックに座る。
それで杏奈は手を離したが、今度は何か言いたげな表情でもじもじしながら、俺を横目でチラチラ見始める。
「えっと……、その……」
そんなに言いにくいことなのだろうか。もしかして、俺の下の窓が開きっぱなしになってる? と思ったが、そんなことなら杏奈は気にせず指摘してくると思い直した。
が、一応確認する。やはりちゃんと閉まっている。
確認して一人安心した途端、ふと思い出した。そういえば午前中、初音と杏奈がひそひそと恋バナのような話をしていた。もしや、それを俺に相談しようとしているのか。だとしたらとんでもない人選ミスだ。俺では何の役にも立たない。すぐに思い直させ、再考してもらわねば。
「あ、杏奈。お前の恋バナを聞くのはやぶさかではないけど、俺は何の役にも立たない。相談するなら他の人を選んだ方がいいと思うんだけど……」
「違うの!」
そこでようやく杏奈がこちらを見た。
目が合う。
顔は真っ赤で耳まで赤い。零れ落ちそうなほど大きな瞳が、うるうると揺れている。
「そうじゃなくて、その……、は、隼人くんが……」
杏奈が口を窄める。発した音はおそらく「す」。ただそれ以降は、突然聞こえてきた男の笑い声によって遮断された。男は猛スピードでこちらに近付いてくる。それも複数だ。
声のする方に目をやると、男子生徒三人が楽しそうに喋りながらこちらに走ってきて、まるで俺たちがいないかのように走り過ぎていった。
俺はそれを見届けた後、杏奈に向き直る。
さっきまで真っ赤だった杏奈の顔は、ほとんど元に戻っていた。
「なんか邪魔が入ったな。それで、俺がなんだって?」
「ううん、やっぱりいいや。また今度にする」
態度も元の杏奈に戻っている。きっと邪魔が入ったせいで気が削がれたのだろう。何が伝えたかったのか気にはなるが、無理に言わせるわけにもいかない。杏奈なりのタイミングが来れば教えてくれるだろう。
時間もなかったので、俺は詮索しないことにした。
「りょーかい。じゃぁ教室に戻るぞ」
杏奈が先に立ち上がり、俺に手を伸ばしてくる。俺はその手を掴んで、引っ張り起こしてもらう。
引っ張り起こすために差し出した手だと思っていたのに、杏奈はなぜか、喧騒の中に入るまで離そうとしなかった。




