39話 疲れた時はカフェオレ
週が明けた。今週はいよいよ文化祭が控えている。捜索できるのは今日を含めて残り二日だった。
それなのに、今日は一軒しか予定を入れていない。今日は、注文していたメイド服の受け取りがあるのだ。
しかしそれは言い訳に過ぎない。受け取りを早く済ませてしまえば、もっと店を回ることができる。でもそんな気力は俺たちには残されていない。
あれだけ息巻いていた白鳥も疲れ切っていて、いつもの覇気が全く感じられない。
疲れ切った二人で今日の計画を立てた結果、メイド服を受け取りに行く道中にある一軒の喫茶店に寄る、というのが精いっぱいだった。
放課後、俺たちは先に喫茶店に寄ることにした。
その店はかなり築年数が経っているのかお世辞にも綺麗とはいえない外観で、入口の上に貼られた赤いテントはかなり汚れている。建物自体が小さく、収容人数は指で数えられる程度しか入れそうにない。
これも脈なしか。そう思いながら俺は扉を開ける。
カウベルが鳴ったが音は低く、貧相に聞こえた。
「いらっしゃーい」
男か女か分からない中立的な声だ。店内の右側にカウンターがあり、その奥に声の主が立っている。
さっと見回すと、左側にテーブル席が二つあるが客はいない。
声の主以外に人が見当たらないのでこれが店主だろう。
店主はかなり高齢に見える。八十代ぐらいだろうか。頭上に灯るLPは赤色で、白鳥ほどではないが僅かしか残っていない。後二、三年といったところだろう。
白色と灰色のボタニカル柄の開襟シャツを着ていて、これまた性別が分かりにくいのだが、頭髪がかなり後退していることや胸部に膨らみがないことから、男かなと思った。
「あの、すみません」
俺から声を掛けた。
本当は白鳥に任せたいところなのだが、これまでの疲労の蓄積により白鳥の喉は悲鳴を上げており、声が嗄れている。これ以上の負担をかけるのは酷だと思い、今日は引き受けることにしたのだ。
気力は枯れる寸前だが、声にはまだ余力がある。
「なあに?」
これまで散々言ってきた出身校と自分たちの名前を機械的に告げる。
「あら、これはご丁寧にどうも。私はイズミです。和風の和に、温泉の泉と書いて和泉ね。こんな口調だから紛らわしいってよく言われるんだけど、男だからね。まぁこんな老いぼれだから性別なんて関係ないよね」
ヤダヤダと巷の主婦のように手をパタパタとさせる。
ニッコリと微笑む顔は、元々の皺に笑い皺も加わって皺だらけだ。
男ということはいわゆるオネエ系だ。でも、本人が言うようにこれぐらいの年齢なら、そういう枠組みからは外れているような気がする。ただただ優しくて穏やかな好々爺という印象だ。
俺は続けて本題に入ろうと口を開いた時、和泉さんがそれを制した。
「ちょっと待って。ねぇ、あなたたちちょっと疲れてなぁい? 全然元気がないように見えるけど。話は後でちゃぁんと聞かせてもらうから、まずは座ってゆっくりしなさいな」
和泉さんにそう言われ、俺たちは促されるままテーブル席に座った。
和泉さんはカウンターの奥にある暖簾のかかった部屋に入っていき、姿が見えなくなった。
白鳥と目が合う。少し戸惑っているような顔をしているが、取り立てて話すようなこともなく、互いに無言で過ごす。
暖簾の奥から作業する音だけが響いていた。
部屋から出てきた和泉さんは、そのままこちらのテーブルにやって来た。
「はい、どうぞ。カフェオレのミルク多めね。温かいものは不思議と気分が落ち着くのよね。これを飲んでリラックスしてちょーだい」
俺と白鳥の前に、カフェオレの入ったカップが置かれる。
立ち上る湯気に乗ったコーヒーの薫りがたちまち広がっていく。
「私たち頼んでいませんけど」
白鳥は困惑したような表情を浮かべながら、掠れ気味の声で言った。
「いいのいいの、気にしないで。これでも飲んで落ち着いて」
そう言って和泉さんはカウンターに戻っていった。
俺はご厚意に預かって、カフェオレを一口すする。ミルクの濃厚な甘みと、それを引き締める微かなコーヒーの苦みが口に広がった。美味しさとぬくもりによって、穏やかな気分になる。
再び和泉さんがこちらにやって来た。
俺の隣にある空席の椅子をゆっくりとした手つきでカウンター側にずらして、そのままそれに座った。
「少しは落ち着いたかな」
俺はカップに掛けていた手を引いてから答えた。
「はい、ありがとうございます」
「それは良かった。じゃぁ、ゆっくりでいいからお話聞かせて」
俺は和泉さんに促されるように、ゆっくりと口を開いた。




