32話 仲間
体調が回復した白鳥はすぐにクラスに合流し、俺との約束通り自ら仕事をこなしていった。
その仕事ぶりは敏腕そのもので、俺の手を借りる必要性は皆無だと、傍から見ても思うほどだった。
そうして結局、体育祭当日まで白鳥が一人で仕事をこなした。ここまで見せつけられると、あの日一日だけ代役として引き受けた仕事も、実は俺がやらなくても問題なく今日を迎えていたのではないかと思わずにはいられない。でも、そんなことをどうでもいい。無事に今日を迎えられたのだから。
天気は快晴。空には雲一つなく、青空が永遠と広がっている。
俺は今日を目一杯楽しもうと決意し、体育祭特有の熱気溢れるグラウンドへと足を踏み入れた。
体育祭は大盛況で幕を閉じた。
俺自身、とても楽しかった。特に三年生には驚嘆させられた。
徒競走では、号砲のピストルが鳴ると同時に、位置に付いていた生徒たちが撃たれたとばかりに倒れたり、借り物競争では、美女と書かれたカードを手にした生徒が群衆に探しに行き、戻って来たかと思うと、カツラを被り体操服の中に大きなボールを二つ入れた男子生徒を連れてきたりと、勝負そっちのけで盛り上げていた。
高校生活最後のメモリアルであることや、三度目という場慣れはあっただろうが、やることが違った。
こうして代々、体育祭は受け継がれてきたのだろうと、しみじみ思う。
自分たちが三年になった時、誰が盛り上げてくれるのだろうか。ちなみに俺はやらない。
天気に恵まれたこともあって、灼熱の太陽に当てられ体調不良を訴える生徒や、転んで怪我をした生徒はいたようだが、幸い病院の世話になるような生徒はいなかったと聞いている。
恙なく終えられたと言って差し支えないだろう。
生徒全員で会場を片付けた後、各クラスに引き上げてそこで解散となった。
皆が余韻に浸りながら、ゆっくりと教室を後にしていく。
俺と白鳥は学級委員の打ち合わせが最後にあったので、そちらに向かった。
学級委員同士で労をねぎらった後、体育祭実行委員長からの挨拶で締められた。この後、学級委員で集まり近くのファミレスで後夜祭をやるので来ないかと三年生から誘いがあったが、俺と白鳥は辞退した。
辞退した気まずさもあって、俺と白鳥は一足先に会場を後にする。
これでようやく高校生活最初の体育祭が終わった。
静かな廊下を白鳥と二人で歩く。ふと、こうして二人で歩くのは初めてだということに気付いた。
でも特別な感じがするとか、変に意識したりということはない。
ただ、白鳥が俺の隣を歩いていることが、俺を拒否しなくなったことの証左であることは確かだ。
校門の目の前まで歩いてきた。
俺と白鳥は家が反対方向にあるため、ここが岐路となる。
「じゃぁ、白鳥お疲れ。またな」
俺は手を挙げて白鳥に別れを告げ、背を向ける。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
俺は足を止めて振り返る。なぜか白鳥の顔が赤い。
「ん? どうした? 体調でも悪いか?」
「違います。そ、その……一言お礼が言いたくて、ですね」
「お礼? 俺はお前に礼を言われるようなことをした覚えはないぞ」
「いえ、あります。私が体調を崩していたあの日、あなたは仕事を引き受けてくださったではないですか」
俺は今日の朝考えていたことがフラッシュバックした。
やはり何度考えても、俺が引き受けていなくても白鳥だけで十分間に合っていたと思う。
俺は思ったままを口にした。
「それは確かにそうだけど、俺が引き受けてなくても白鳥一人で十分できたと思うぜ? 実際、あの後体調はすぐに回復してたし、戻ってきてからの仕事はクソ早かっただろ」
「それはありません! 絶対に」
白鳥ははっきりと否定した。
表情や口ぶりからも、それが謙遜や遠慮ではないことが分かる。
「なんでそこまで否定すんだよ」
「それはですね……」
ふっと白鳥の表情が緩み、はにかみながら続けた。
「私、クラスの皆さんの連絡先知らないんです。なので、皆さんをどうやって集めればいいのか、全く見当が付いていなかったんです。あのまま一人で抱え込んでいたら、きっと今日を迎えられていません」
俺は思わず吹き出した。当初の俺と全く同じ考えだ。
きっと白鳥もSNSを使わない人間なのだろう、人柄からして想像に難くない。
でも俺と白鳥には唯一にして最大の違いがあった。
それは、俺には頼る相手がいたことだ。
俺にはその時杏奈がいた。杏奈がいたから簡単に乗り越えられたのだ。
「なぜ笑うのですか? そんなにおかしいですか?」
白鳥が少しムッとした表情を浮かべる。今日は実に表情豊かだ。
「悪い悪い、ちょっとな。でも俺だってクラス全員の連絡先なんて知らない。それでも、短時間でクラスのほぼ全員と連絡を取る方法があんだよ。今度教えてやるよ」
俺は杏奈の言葉を受け売りする。
白鳥は俺の言葉に瞠目したかと思えば、すぐに訝しむような表情に変わった。
「そんな方法があるのですね、凄いです。あの日実際に皆を集めたのですから本当なのでしょうけど、あなたが言うとなぜか悪徳商法のように聞こえますね」
そう言って、茶目っ気混じりにクスッと笑う。
本当は表情豊かで、喜怒哀楽を惜しみなく表現できる人なのだろうと思う。ただ、それができるほど気を許すことのできる相手がいなかっただけなのかもしれない。容姿と性格が相まって寄せ付けないオーラを放っているが、その裏ではずっと探しているのかもしれない。心を委ねることのできる友達を。
「うっせーわ。お前みたいな客はこっちから願い下げだ」
ただ、俺にはその役は務まらないだろう。
白鳥との邂逅は惨憺たるものだったのだ。塩対応した挙句、人を変態扱い。今となっては笑い話だが、本当にひどい扱いだった。今はもう少しマシになっただろうか。せめて一般人レベルになっていればいいのだが。
「んじゃ、またな」
でもきっと大丈夫だ。杏奈や涼介がいる。白鳥はあと少しで死を迎えるだろう。
だがそれまでに、二人なら白鳥が心置きなく笑える友達になれるはずだ。
「はい、また明日」
俺は今度こそ、白鳥に背を向けて歩いていく。チクッと刺されたような感覚が胸にある。
これが、白鳥の境遇に対する憐憫なのか、白鳥を失うことの哀情なのか、はたまた白鳥の友達になれない憂愁からくるものなのか、俺には分からなかった。
山の向こうへと沈みゆく夕日が、名残惜しいとばかりに俺を照らしている。




