26話 不審者
俺は一旦家に戻って着替えた後、地図アプリで場所を確認することにした。
白鳥家の住所を打ち込むと、自宅から白鳥家までは十二分かかると表示された。
ただ、この計算は車で向かうことを前提に弾き出されたものだ。
高校生のマイカーである自転車換算にすると、三十分弱といったところだろう。
俺は財布とスマホだけを持って、自転車に跨った。
自転車を走らせること二十数分。
地図アプリ上にある赤いピンに、自分の位置を示す青いマークがすぐ近くまで迫っていた。
そこは閑静な住宅街だった。辺りを見回すと、各々の家のガレージにはサイズの大きい車や外車が多く見受けられる。どうやらここは金持ちの巣窟らしい。
近くまで来たので、俺は自転車を降りてスマホを片手に目的地へ歩いて向かった。
赤いピンが近付くにつれ、胸の鼓動が大きく早くなっていく。
真夏の昼間に自転車をこいだ後だというのに、手先は冷えて感覚が薄れ、力が入りづらい。
実を言うと、俺は杏奈以外の女子の家に行くのは初めてで、内心かなり緊張していた。
別にやましいことをするわけではない。ただ、現状を把握するため話を聞きに行くだけだ。
そう言い聞かせても、白鳥が女性であることを意識から外すことはできなかった。
その後すぐにスマホから目的地に到着したことを告げるアナウンスが鳴った。
赤いピンは自分のマークの目前にある。
スマホから目を離し顔を上げると、そこには周りの家よりも一回りか二回りほど大きな白い家が鎮座していた。洋風の外観も相まって、小ぶりな館のように見える。
ガレージは車二台分のスペースがあるが、今は空車となっている。車の持ち主は外出しているらしい。
予想はしていたが、白鳥家も相当な金持ちのようだ。
この館のような家のおかげで、同級生ではなく赤の他人の家に来ているような気分になり、いくらか緊張が和らいだ。
俺は自転車を停めた後一つ深呼吸をして、門に備え付けられているインターホンを押した。
「ピンポーン」と小気味良い音が響く。応答を待ったが誰も出ない。
もう一度押して待ったが、やはり反応はなかった。
体調が悪いのであれば、寝ているのかもしれない。車がないので、親に連れられ病院に行っているということも考えられる。ただ、せっかくここまで来たのでもう少し粘りたい。
俺はスマホを起動し連絡先一覧を開く。
来る前に登録しておいた白鳥の電話番号を表示させ、通話ボタンを押した。
コール音は鳴るが、何度鳴っても出ない。諦めて通話を切ろうとした時、コール音が中途で止んだ。
少しの無音の後、こちらを訝しむような小さな声が聞こえた。
「……はい、もしもし」
自分で電話を掛けておきながら、出ることを期待していなかった俺は狼狽し、どもるように応答した。
「あ……えー、もしもし、白鳥か? お、俺だ、赤崎だ。分かるか?」
受話口から白鳥のため息が聞こえた。
「あなたでしたか、この電話番号。少し前にも掛けてきていましたよね? 知らない番号でしたので不審に思って出ませんでしたけど。……それで、こんなところまで何をしに来たのですか?」
「あ、いや、その……」
ん? 待てよ……。白鳥は今なんて言った? 何をしに来たかと訊いてこなかったか。もしかして白鳥は、俺が白鳥家の前に居ることを知っているのか? ということは、白鳥はこの館の中にいるのか。
「ちょっと待て、白鳥。お前、今家にいるのか?」
また白鳥のため息が一つ。
「えぇ、いますよ。それが何か?」
「それが何かじゃねーよ! さっき出なかっただろうが。居留守使ってんじゃねーよ」
「インターホンまでは行ったのですよ。ですが、カメラにあなたが映っていましたので、出ない方が得策かと思いまして」
こいつは俺をなんだと思っているんだ。お前の体調を少しは気遣って来たというのに。
実に白鳥らしいやり口だ。
ただ、茶番のおかげで、無駄な緊張はきれいさっぱり無くなっていた。




