25話 おさがりの代償
「赤崎くん!」
声の主が一組の教室から出てきた。シルバーのハーフリムメガネを掛け、学校指定の体操服を着ている。頭上のLPは橋本よりも減っていない。
顔には見覚えがあった。確か一組の学級委員で、名前は、えーっと……。
体操服の左胸に目をやると、「斎藤」の文字が刺繍されている。
「二組は大丈夫なのか? まだ一度も集まっていないようだけど」
状況が分からないので、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それと、二組の対応が遅いから困るんだよ。幸い、致命的な遅延はないから何とかなってるけど、正直なところもう少しスムーズに進めたい。本人の強い意志とはいえ、赤崎くんも手伝ってあげた方がいいと思うよ」
「お、おう……。迷惑かけて、悪かったな。白鳥と相談しておくよ」
学級委員の会合に参加していないことを咎められるだろうと覚悟していたのだが、そうはならなかった。
なんとか急場を凌げたようで、俺は安堵した。
よくは分からないが、白鳥が上手く説明しているのだろう。
俺が参加しないことが「本人の強い意志」とやらによって許容されていることだけは窺える。
「そういえば、昨日一年の学級委員で集まってたんだけど、白鳥さん途中で帰ったんだよ。いや……帰したの方が正しいか。顔色が悪かったしぼーっとしてたから、皆で帰るように促してたんだけど、本人がなかなか帰るって言わなくてさ。だから最後は無理矢理教室から追い出したんだよね」
もし本当に白鳥が体調を崩しているなら、状況は深刻な気がする。
現に今日、白鳥は来ていないし他の生徒も来ていない。
これまで一度も二組が集まっていないことを踏まえると、白鳥から他の生徒に連絡がされていない可能性が高い。
このまま放置すれば、うちのクラスだけでなく他のクラスにまで迷惑をかけることになる。
もう白鳥といがみ合っている場合ではないのかもしれない。
とにかく状況を確認しなければならない。そのためには、白鳥と話す必要がある。
「斎藤、白鳥の連絡先分かるか?」
「……斎藤? 斎藤って誰のことだ?」
……あれ? 君、斎藤じゃないの?
「あ……、いや、その……」
「もしかして」
虚を衝かれた形になってへどもどしていると、斎藤だと思っていた人物は苦笑を浮かべながら、体操服に刻まれている「斎藤」の文字を指差す。
「これを見て、僕を『斎藤』と呼んだのか?」
ばつが悪くて何も言えない俺は、肯定を示そうと小さく一つ頷く。
「なるほど。これ、実は親戚からのお下がりなんだ。だから『斎藤』は親戚の姓。俺は『武田』だ。同じ学級委員なんだから、名前ぐらい覚えていて欲しいものだな」
くそ、まんまと嵌められてしまった。これは学校あるあるの一つ、「学校指定のものは貰い物」だ。世の母親たちが脈々と受け継いできた、生きるための知恵、家計を守るための節約術である。
しかし、そのリターンの裏には、我が子の名前を間違えられその場の空気を悪くするというリスクを伴うことにも目を向けてほしい。――被害者代表より。
「まぁ、いいよ。それでなんだっけ? あ、そうそう、白鳥さんの連絡先な。知ってるよ、学級委員で交換してるからな」
「そっか。じゃぁ電話番号を教えてくれ」
そう言って、俺はポケットからスマホを取り出し、キーパッドを表示させる。
斎藤――改め武田もスマホを操作して、白鳥の連絡先が表示された画面を見せてくれた。
俺はそれを見ながら、白鳥の電話番号を打ち込んでいく。そして、通話ボタンを押した。
コール音が鳴る。三回、四回……。しばらく鳴らし続けたが出る気配はなかった。白鳥からすれば、未登録の電話番号から着信があったことになる。出ないのも無理はない。
俺は通話を切って、別の方法に切り替えた。
「電話はダメっぽい。住所は分かるか?」
「住所⁉ さすがに住所は……あ、いや、待てよ。体育祭用の体制図に住所が載ってた気がする。確か……」
ブツブツ言いながら武田が教室に戻っていくので、俺もついていった。
武田はパソコンを立ち上げ、慣れた手つきでマウスパッドを操作する。
「お! あったぞ。ほら」
俺は画面を覗き込み、武田が指差す先を見る。
そこには白鳥の名前があり、その下には確かに住所が載っていた。
「お、ホントだ」
俺は透かさず手に持っていたスマホのメモアプリを開き、白鳥家の住所を打ち込んだ。
「ありがとな、武田。助かった」
俺は教室を飛び出し、駆け足でグラウンドへと戻った。そしてその足でキャプテンの元へと向かう。
「キャプテン!」
キャプテンはこちらを振り向き、不思議そうな顔をしている。
「ん? どうした? 赤崎」
「すみません、昼から体育祭の準備があるので部活休ませてください」




