20話 怒りをぶつけてスッキリするのは自分だけ
「そういえば隼人くん、もうすぐ一学期終わるけど怜ちゃんとはどうなの?」
興味津々とばかりに目を輝かせる杏奈。
「あー、特に何も」
「何もないの? なんで? 何かアプローチはした?」
「何もしてねーよ、部活で忙しかったし」
「え、でも先生から学級委員の仕事頼まれたりしてなかった? 話す機会はあったよね?」
杏奈がぐいぐい訊いてくる。
それが、何もしない俺を非難しているような感じがして腹が立った。
「うるせーなー、しゃーねーだろ」
「うるさいって言われるほど、大きな声出してないですー」
杏奈と涼介が笑う。今までと変わらない、俺たちを笑わせるためのただの返し。
だが、今の俺にはそれが逆撫でのように感じた。
「それで、実際どうなの? 怜ちゃんと喋った?」
「喋ってねーよ」
「嘘でしょ? なんで喋ってないの? 先生から仕事任された時どうしたの? 喋んないとどっちがやるか決められないじゃん」
もう応じるのが面倒だった。
これ以上この話を続けられるのは御免だったので、切り上げるために答えた。
「学級委員の仕事は全部白鳥がやるって自分で言ったんだ。だから担任が学級委員に仕事を振ったとしても、俺はあいつに声を掛ける必要がない。以上だ。この話おもしろくねーから、もうやめな。別の話してくれ」
やめろと言ったのに、杏奈は愕然とした表情を浮かべながら、なおも話を続ける。
「えぇー⁉ なにそれ、ひどくない? いくら怜ちゃんがそう言ったからって、何も言わずに全部任せちゃうなんてさー。そこは男子なんだから手の一つくらい差し伸べてあげないと。ねぇ、涼ちゃん? 自分で怜ちゃんを助けるって言ったんだから、もっと積極的にいかないとー」
涼介が何やら杏奈に喋っているようだが、俺には全く耳に入ってこなかった。
ついに俺は堪忍袋の緒が切れてしまった。
「じゃぁお前がやれよ! お前が助けろよ!」
俺は杏奈を睨みつけた。杏奈の瞳が揺れている。
涼介が透かさず割って入ってきた。
「どうした隼人。落ち着けって」
「涼介は黙ってろ!」
「黙ってられないよ。急にどうしたんだ」
「っせーよ! 俺をバカにしてただろーが、こいつ!」
俺は鋭利に指を突きつける。
その指の先で、動揺の色を浮かべる杏奈は首を振り、必死に否定する。
「バカになんて、し、してないよ……!」
「そうだよ、隼人をバカにする要素なんてどこにもなかったじゃないか。とりあえず深呼吸でもして、一旦落ち着こう」
「なんだよ、涼介は杏奈の味方すんのかよ」
「味方もなにもないよ。ほら、深呼吸して」
杏奈に全く悪意がないことは分かっていた。ただ、いつものように盛り上げようとしてくれていただけなのだと。それでも、怒りを抑えることができない俺は、その矛先を涼介に向けた。
「あー、そうだった、そうだった。お前は杏奈に甘々だったな。もしかして惚れてんのか? 俺から庇っていいとこ見せようとでもしてんのか?」
いつも温厚で優しい涼介の目が、鋭く冷たい色に変わる。
「隼人、八つ当たりも大概にしなよ」
「なんだ図星か? 図星だからキレてんだろ。いいねー、お熱いねー」
「そんなんじゃない。勝手に妄想を膨らますのはやめろ」
「はいはい、悪かった悪かった。じゃぁ俺はお邪魔だろうから先に帰るわ、じゃ」
俺は二人を置いて帰ろうと先を歩く。
しかし、数歩進んだところで、涼介に肩を掴まれた。
「待てよ隼人。まだ話は終わってない」
「なんの話が終わってないんだよ。今の恋バナか? それなら他を当たってくれ。他人の情事ほど聞いてて腹立つもんねーから」
「だからそんなんじゃないって言ってるだろ。それに今は僕の話なんてどうでもいい。今話すべきなのは、白鳥さんとの今後をどうするかだろう。上手くいっていないなら、三人で考えよう。何か手はあるはずだ」
溢れた苛立ちを思いのままにぶちまけたからか、怒りの感情はだいぶ治まっていた。
ただ代わりに、全てがどうでもいいと思った。
涼介の気遣いも、他意がないことは明白なのに、今の俺には無力だと言われているように聞こえた。
「二人でやればいいんじゃね? 俺はあいつと仲良くなれねーし。反面、お前らはあいつと仲いいだろ。だから二人でやれよ。俺がいない方が上手くいくと思うぜ、きっと。よく考えたら俺が直接関わる必要なんてないしな。というわけで、後は頼むわ」
俺は振り向くことなくそう告げ、涼介の手を払って再び歩き出す。
二人はもう呼び止めてくることも、追いかけてくることもなかった。




