19話 忙殺される日々、遠ざかる関係
部活動見学初日で野球部への入部を決めた俺は、残りの二日間をぶらぶらとあてもなくふらついて時間を潰した。
見学の結果、杏奈は手芸部、涼介は相変わらずの帰宅部にしたようだった。
素直にもったいないと思った俺は、「宝の持ち腐れじゃねーか、なんかやれよー」と促してみたが、当の本人は笑うだけで何も言わなかった。
見学の翌日から早速野球部は練習があったが、チームの雰囲気は見学の時と変わらずゆるゆるだったし、山田先生も来ていなかった。とはいえ、上下関係は存在しており、練習の準備や後片付けは一年生の仕事だった。そのため自然と帰宅は遅くなり、平日は部活と宿題で忙殺されていった。
休日はと言うと、三年生最後の公式戦である地区予選が七月に控えていることもあり、土日のどちらかは一日練習で、もう一日は半日練習というスケジュールだった。
雰囲気はゆるゆるだが、野球が好きなメンバーしかいないこともあり、練習自体は普通に楽しく、青春を謳歌しているという実感で満たされていた。
充実した日々を過ごしていれば時が過ぎるのはあっという間で、七月の地区予選はすぐにやってきた。
そして、大方の予想通り我が校はあっけなく初戦で散った。
その間、白鳥との進展は皆無だった。一言すらも言葉を交わしていない気がする。
学級委員としての仕事はそれなりに担任から頼まれたが、そのどれもが雑務でどちらか一人がやれば済むようなものだった。幸いにも、辻先生は仕事を頼むとき、名指しではなく「学級委員」と呼んだ。
だから俺は、白鳥との約束通りその全てを無視し、白鳥に任せた。
白鳥も、このクラスの学級委員は一人だといった風で、当たり前のようにこなしていたので、全く問題にはならなかった。
気付けば七月も中旬に突入し、入学から早くも三カ月が経過している。もう夏休みは目前だ。
本来であれば俺も学生よろしく、長期休暇に逸る気持ちを抑えられず、心ここにあらずといった具合にウキウキ気分で浮かれているはずだった。だが、時の早さに反して白鳥との関係が何一つ進まないことによる焦燥感から、俺はウキウキどころかイライラしていた。
そんなある日の放課後、俺はチャイムが鳴るなり帰路に付こうとすぐに席を立った。
今は一学期の学期末、期末テスト期間中なのだ。
うちの高校は、テスト初日の一週間前からテスト最終日までがテスト期間として位置づけられており、その間、全ての部活動が休止となる。
普段、部活でほとんど勉強時間を確保できていない俺は、一分でも多くの時間を勉強に充てるため、テスト期間に入ってからは誰よりも早く帰っていた。
それでも、やはり高校は中学とは違いテスト範囲が広く難易度も高い。一つ一つの問題に時間がかかるため、全てをやりきれる気がしなかった。そのことが更に俺の苛立ちを助長していた。
扉に手を掛けて開けようとした時、杏奈が俺を呼び止めた。
「隼人くん、ちょっと待って」
扉から手を放し、声がした方を向く。杏奈はまだ自席でごそごそと帰り支度をしている。
早く帰りたかった俺は少しイラっとした。
「なんだよ。何か用か?」
「うん、だからちょっと待ってよ」
「……なんだよ」
俺はぼやきながら、早く要件を済まそうと杏奈の席へ向かった。
近付くと、杏奈は手を動かしながら笑って謝った。
「ごめんごめん、もう少しで終わるから」
すると横から涼介もやって来た。
「隼人どうしたの? 珍しいね。いつもはすぐ帰るのに」
「好きで残ってんじゃねーよ。こいつに呼び止められたんだよ」
俺は杏奈の背中を軽く叩く。叩かれた本人はようやく片付けの手を止めた。
「ほい、これで片付け終わり! 二人ともお待たせしましたー」
「おせーんだよ、ったく。それで何の用事だ?」
「大したことじゃないよ。ただ、三人で一緒に帰ろうと思って。最近一緒に帰ってなかったし」
言われるまで気付かなかったが、言われてみればそうだった。
部活が始まり時間が合わなくなってからは、一度も三人で帰っていなかった。
「そう言えばそうだな。じゃぁ帰ろうぜ」
三人で他愛もない会話をしながら歩く。実際に体験することで、本当に久々だったことを実感した。
ただ、心に余裕がないからか、前のように会話で笑うことができなかった。