17話 部活動見学
週明け最初の放課後、俺は野球部が練習しているグラウンドに来ていた。
今週は放課後の三日間をかけて部活動見学が実施される。今日はその初日なのだ。
涼介と杏奈の三人で見て回ろうと思っていたのだが、涼介が「それぞれ見たい部活が違うだろうから一旦解散しよう」と言い、杏奈も合意したので別行動となった。
独りになった後どの部活を見ようかとふらふら彷徨っていたのだが、気付けば足がグラウンドに向かっていた。
高校でも野球を続けたいという強い気持ちがあるわけではないのだが、毎年の地区予選の結果からここの野球部があまり強くないことは知っていた。自分のようなモチベーションの低い生徒でも加入できるような野球部かもしれないという思惑から、見学のハードルが下がっていたのだろう。
グラウンドでは先輩たちがウォーミングアップのキャッチボールをしている。
何の変哲もないただ普通のウォーミングアップだ。しかし先輩たちの動作は緩慢でキレがない。
それに、運動部ではよくある掛け声のようなものが一切発せられていない。
代わりに他愛もない会話が笑い声とともにグラウンドに響いている。
俺のイメージよりかなり緩めの、有り体に言えば弱小校らしい光景が目の前に広がっていた。
ただ、俺は練習風景よりも先輩たちの容姿に驚かされた。
一応練習着や帽子を身に付けているので格好は野球部なのだが、その帽子からは野球部に似つかわしくない長さの髪が見えているのだ。帽子を被っているので断定はできないが、おそらく坊主頭は一人もいない。
昨今の日本は個性を重んじ個人を尊重する教育方針に転換しているが、モンスターペアレントの増殖も相まって、最近は個性の尊重を大義名分とした校則蔑ろの行動が横行していると聞く。
その波がとうとう高校野球界にも押し寄せ、高校野球=坊主という日本の伝統を侵食し歴史を塗り替えようとしているのだろうか。
そんなことを考えているうち、どこからか白衣を着た男性が前方に現れた。
身長は俺と同じくらい、度の高そうなメガネに鳥の巣のような黒髪のもじゃもじゃ頭をしており、年は三十代そこらといった感じだ。LPは緑色で半分と少し残っている。結構長生きするらしい。
周りに目をやると、他にも数名の一年生が見学に来ていたようで、同じようにその男を見つめている。
「皆さん、こんにちは!」
「……こ、こんにちは」
不意に快活な挨拶がその男から発され、驚いた俺は反応が遅れてしまった。
見た目の印象から大人しい感じを想像していたのだが、見た目とは裏腹に明るい性格なのかもしれない。
「よくぞ野球部の見学に来てくれました。僕が野球部顧問の山田です。授業は化学を担当しています。皆さんの授業を受け持つことがあるかもしれませんね。その際はよろしくお願いします。さて、今日は部活動見学初日です。ゆっくり見ていってくださいね。私は化学室に戻ります、それではまた」
学校内にいる大人なので教師だとは思っていたが、まさか野球部顧問だったとは。
弱小校とはいえ野球部なので、体育教師のようないかつい人が顧問だと思っていたから、山田先生を見て野球部顧問かもしれないという考えは一寸も浮かばなかった。
でも人は見た目に寄らないことが多々ある。現に山田先生だってこんななりだが、溌剌な声をしている。怒ると相当怖いのかもしれない。
「あ、一つ言い忘れていました」
山田先生は帰ろうとしていた体をこちらに戻し、何やら照れくさそうに片手で後頭部を押さえている。
「実は私、野球したことないんですよね。いわゆる素人です。国民的スポーツなのである程度のルールは分かりますが、細かいことはさっぱり。なので練習は全て生徒たちに任せています。それに、今日は部活動見学の日ですから来ましたが、基本私は練習に顔を出しません。自分の仕事がありますからね。ですから、野球部に入ったら先輩たちの言うことを聞きながら、楽しくのびのび活動してくださいね。では、今度こそ戻ります」
俺は弱小校の弱小たる所以を理解した。山田先生には練習を強制する気が微塵もない。
学生に限った話ではないが、人は一定程度の強制力がない限り自らに苦行を課すことは難しい。
そのため、練習は必然的に緩いものになっていく。
先輩たちが強くなりたいと思っているかは知らないが、その答えはおそらく否だろう。
まぁ俺自身「甲子園に行く」みたいな大きな夢とか目標もなければ、高校でも野球をしたいと強く思っているわけでもないし、ゴリゴリ体育会系のノリだったら選択肢から即消しするつもりだったので、問題はないのだが。
ただ、俺は山田先生に一つ訊いておきたいことがあった。