16話 飛んで火にいる夏の俺
俺の反応が薄かったからか、杏奈は一つ咳払いをした後、説明を始める。
「辛いこととか大変なことを一緒に乗り越えたら友情って深まるじゃん? 吊り橋効果的な。だから、学級委員がいいんじゃないかと思って」
吊り橋効果的ってなんだよ、全然違うだろ。俺と白鳥の関係を吊り橋で例えるなら、俺が吊り橋に立っていて白鳥が吊り橋を揺らしている感じだ。
なぜ杏奈の暴走を止められなかったのかと、俺は横目で涼介を睨む。
涼介は悪かったとばかりに片目を閉じて手を合わせた。
その表情を見て、涼介が杏奈に優しい、というより甘いことを思い出し、俺はため息をついた。
「はぁ……。まぁいい。それで、俺はまんまとお前らの計画通り学級委員になったわけだが、問題はこの後だ」
「この後?」
「この後、俺と白鳥は苦難困難を共に乗り越え、仲を深めるって筋書きだろ?」
「そうだよ。もしかしたら、それどころか愛なんか芽生えちゃったりするかも」
その可能性は万に一つもない。白鳥の本性を知らないからそういう考えが浮かぶのだ。
「その逆だ。俺はあいつと仲良くできねーと思うぞ」
「えぇー⁉ なんで? それじゃあ学級委員になった意味ないじゃん」
「それはこっちのセリフだ。勝手に学級委員にさせやがって」
杏奈は頭に手を置きながら、ちろりと舌を覗かせる。
「それはさておき、どうして怜ちゃんと仲良くなれないの?」
「あいつ絶対俺のこと嫌いだぞ。さっきだって……」
俺は職員室で繰り広げた白鳥とのやり取りを、かいつまんで二人に説明した。
「……とにかく言いたい放題なんだよ。俺は別に何もしてねーのによ」
「なんでだろうね。僕たちと話してる時はそんなことなかったのに」
「隼人くんをからかってるんじゃない?」
「それにしちゃが悪すぎるだろ」
「それで、隼人くんの反応が面白くて興が乗っちゃってるとか」
もしやあいつはサディストなのか。そうでないにしても、かなり性格に難ありだ。
近付いても何の得にもならないし、なんか面倒になってきた。
「白鳥助けるのやめようかなー」
「えぇ! 諦めはやっ! まだ決意して二日目でしょ。頑張ってよ。私たちだって協力するし」
冗談というか愚痴で言ったつもりが、杏奈には通じなかったらしい。割と真剣に宥められた。
「冗談だって、冗談。俺だってそんな無責任なことしねーよ。一度やるって言ったんだから、やれるだけのことはやるつもりだ。心配すんな」
気が付くと、二人との別れ道まで来ていた。太陽がかなり沈み、影が辺りの地面を侵食してきている。
「じゃあな、また明日」
「うん、頑張ろうね。また明日」
「隼人、困ったことがあったら僕たちに相談しなよ。いつでも力を貸すから。じゃあまた明日」
「おう、頼りにしてるぜ」
お互いに手を振って俺たちは別れた。ここから家まではそう遠くない。
実際のところ、俺はもう既に困っている。いじめを受けた過去はあるが、それが功を奏してか、俺は周囲の人間と上手くやる術を身に付けた。だからそれなりに人付き合いが上手だという自負があったのだが、白鳥との付き合い方はまるで分からない。
さっき二人には冗談だと言ったが、あの言葉は半分本音でもあった。最初に彼女を見た時は、美人はやっぱり薄命なのかと情けをかけ、助けてあげたいと思った。だがいざ蓋を開けてみれば、憎まれ口を叩く見掛け倒しの性悪女で、正直関わりたいとは思えない。
そんなやつと関わってもろくなことにならないだろうし、面倒なことこのうえない。
でも、自分で決めたことをすぐに投げ出すのは癪だし、協力してくれている二人に申し訳が立たない。そして何より、一人の女子高生の命が懸かっているのだ。簡単に諦めていいものではない。
面倒だと分かっていながら首を突っ込むなんて、飛んで火にいる夏の虫だな、俺。
自虐に苦笑しながら、足を前へと出していく。
踏み出した右足は、家々の隙間から漏れた日向を踏んでいた。