11話 俺はゴミ?
高校生活三日目の朝、俺は早速白鳥怜に話し掛けることにした。
一時限目の授業が始まる前の少しの時間、他の生徒たちが談笑している中、彼女は一人静かに本を読んでいる。
規則正しく並ぶ机の間を縫って進み、俺は彼女の席の前で立ち止まる。
彼女の頭上には、相も変わらず真っ赤なLPが、残り僅かな力を振り絞るように煌々と輝いている。
「白鳥さん、だよね……おはよう」
俺の声を聞いた彼女は少しだけ顔を上げた。しかし、彼女の目は初対面の人に向ける目ではなかった。
それはまるで獲物を狩らんとする猛禽類のような、はたまた人を軽蔑するような、鋭利で冷酷な眼光でこちらを見ていた。
美人なのに周りに誰も寄ってこない理由が分かった気がする。
こんな視線を向けられては誰も近付きたくないと思うだろう。
「……おはようございます」
それでも、彼女は抑揚のない小さな声で挨拶を返してくれた。
とりあえず無視されなかったことに胸をなでおろす。
「俺は赤崎隼人。これから一年間よろしく、白鳥怜さん」
「よろしくお願いします。ところであなたは私に何か御用でしょうか」
超重要な用事があるにはあるが、初対面でいきなり「君の寿命はもう残りわずかです」なんて口走るわけにはいかない。そんなことをすれば即、奇人に認定されてしまう。
とりあえずこの場はお茶を濁すことにした。
「いや、特に用ってことはないんだけど」
その言葉を聞いた彼女は、用済みとばかりに視線を手元の本に戻し、「そうですか」とだけ告げた。
相手から会話を遮断されては、もうこれ以上会話を続けることはできない。ひとまず今日のところは退くとしよう。白鳥怜とコンタクトが取れたのだから及第点だ。
俺は去り際に「よろしく」と念押しの挨拶をして、彼女の席を後にした。
想定はしていたが、他人を蔑んでいるのか、それとも単に人付き合いが苦手で愛想がないだけなのか、白鳥怜はとにかく冷たい印象だった。どうすればあの堅牢な牙城を崩せるのか、全く想像がつかない。
どうやらこのミッションはかなり難易度が高いようだ。
「あいつの目ヤバかった。体が凍りつくかと思ったわ」
昼休み、俺は涼介と杏奈の三人で屋上に上って弁当を食べていた。
青空の中心で輝く太陽が全身を温かく包み、時折吹く風が春の薫りを届けている。
屋上にいると、見慣れた街の風景でさえも、なぜか綺麗に映るのだから不思議だ。
ここで弁当を食べるといささかピクニック気分を味わえる。
「そんなに怖かったの?」
杏奈は聞きながら玉子焼きを美味しそうに頬張る。
「怖いっていうか、ゴミとして見られてる気分だった、かな」
「それはさすがに誇張しすぎなんじゃないかな? 白鳥さんも女性なんだし、さすがに人をゴミ扱いしてないと思うけど」
「そこまで言うなら涼介、お前の目で確かめてこいよ」
「うん、そうだね。人を判断するには自分の目で見るのが一番だ。僕たちも隼人に協力するわけだし、白鳥さんと仲良くならないとね」
出し抜けに杏奈が勢いよく手を挙げる。
「涼ちゃん、私も一緒に行きたい!」
「いいよ、一緒に行こう。白鳥さん、僕たち二人には優しかったりして」
「それ、あるかも。もしそうなったら、隼人くんは『ゴミ』になっちゃうね」
「杏奈、てめー今俺のこと『ゴミ』って言ったなー、このやろっ」
俺は杏奈の頭を抱え込み、こめかみに拳をぐりぐりと押し付け制裁を加える。
杏奈は笑いながら奇声を上げる
「きゃー! 痛い痛い、隼人くんごめんなさい。許してー」
杏奈の甲高い声に交じって、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。