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10話 夏の思い出5

「意味はあるよ」


思いもよらぬ言葉に、俺は驚いて顔を上げる。杏奈は目尻に浮かぶ涙を指で拭った。


「隼人くん、意味はあるよ。その力は人を救えるよ」

「なに……言ってんだよ。俺は神や仏でもなけりゃ魔法使いでもない。事故や病気を無かったことになんかできないんだぞ?」


「そうだね。確かに命そのものは救えないかもしれない。でも、きっと人生は救える。死ぬ本人の人生も、その周りの人の人生も。考えてみてよ。もし明日、自分が何の前触れもなく死んだら嫌だよね、悲しいよね、悔しいよね。まだまだやりたいことたくさんあったのにって絶対後悔する。でもそう思うのは自分だけじゃない。家族や友達だって後悔するよ、もっと一緒に時間を過ごしておけばよかったって。もしかしたら、後悔の呪縛に取りつかれて辛い人生を過ごす人もいるかもしれない。だけど事前に死ぬ日を知っていれば、自分も周りの人もなるべく後悔を残さないように生きるはず。つまり、隼人くんの力は、寿命を知ることができた人たちに、本来するはずだった後悔を防いで、幸せを得る大きなチャンスを与えてくれるんだよ。悲しみや苦しみから人を救えるこんなに凄い力を、私は意味がないなんてこれっぽっちも思えないな」


杏奈は微笑む。

祖父の死を告げられ一番辛いはずなのに、その笑顔には優しさが溢れている。


「それに、私はもう救われてる。もし今日おじいちゃんの寿命を知らなかったら、死んだとき絶対後悔してると思うもん。教えてくれてありがとう。これからはなるべくおじいちゃんと過ごせるように親と相談してみるよ」


俺は胸のすく思いだった。

真っ暗な闇の中をひたすら彷徨い途方に暮れていた時、突然すっと一条の光が差したような、そんな感覚だった。


「杏奈ちゃんの言う通りだよ。隼人、君の力は凄い。だから自信持って。僕たちが付いてる」

「俺はいつも二人に助けられてばっかだな……。少しずつでも恩を返せるように頑張るよ。杏奈、涼介、ありがとう」


杏奈は笑顔で頷き、涼介は俺の肩を軽く叩いた。


結局その日は、杏奈に少しでも祖父と過ごせる時間を増やそうということで勉強せずにお開きとなった。


数日後、夏休みの間祖父母の住む田舎で過ごすことが決まったと、杏奈は嬉しそうに教えてくれた。

祖父が死ぬことを知っている今、相当に辛いのではないかと心配していたのだが、その表情に曇りがなくて俺はホッとした。



夏休み初日の朝、俺と涼介は杏奈を見送るため緑川家に行った。

祖父の寿命があと少しだということは親に伝えていないらしく、杏奈は「ちゃんとお別れしてくるね」と小声で言った。

俺たちも小声で「悔いを残さないように」と励まし、手を振って送り出した。



運命の日は夏休みの終わりが迫る八月の中旬だった。

部屋の窓越しに聞こえる蝉の大合唱に交じって、スマホが着信音を響かせた。

もしやと思いながら画面を見ると、案の定杏奈からの着信だった。俺は悟った。


杏奈は泣きながら、今朝祖父母と散歩をしていたら祖父が急に倒れたこと、救急搬送されたが間に合わなかったこと、覚悟していたから落ち着いていること、祖父とたくさんの時間を一緒に過ごせて幸せだということを教えてくれた。

俺は慰めの言葉が思い浮かばず、ただ相槌を打つしかできなかった。


それでも杏奈は、俺にありがとうと言った。俺のおかげで救われたと言った。

でもそれ以上に、救われたのは俺の方だった。

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