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【休載中】Savage Fairytales(外伝)  作者: 高山 理図
第1章 真夜中の御伽噺
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第5話 武装修道士ルカと忍び寄る災厄

 東欧の小さな街に住むフリーフォトグラファー、ターニャ(タチアナ=サヴィン)によって手負いの状態で発見された、シュウと呼ばれるこの自然霊は、ライザ修道会に引き取られることとなった。


 ライザ修道会の修道士ルカ=ヴィエラはシュウを大切に扱うからと、シュウ自身にも、そしてターニャにも約束をした。シュウはそこそこの力はあるがまだほんの子供の自然霊であり、精神的にも能力的にも未熟なのだという。


 自然霊(Natural Spirits)という呼称はライザ修道会が独自に名付けたもので、世界中に散在する各組織によって呼称は微妙に異なるそうだ。精霊や妖精と呼ぶ団体もあれば、悪霊や妖怪などという団体もある。極東などでは式神として使役しているそうだ。


 様々な呼称はあれど、共通する定義は自然現象を司る霊的存在であるということだ。自然霊は支配している自然現象ごとにカテゴライズされ種族に分けることができる。彼等も一族ごとに仲間意識を持ってコミュニケーションをはかり、コミュニティは族長と呼ばれる者によりまとめられているそうだ。


 ところが、降雪を司る自然霊、雪霊(Spirit of Snow)である彼には一族がなかった。そればかりか、雪霊は世界一体しかいない。シュウは希少で孤独であり、したがって彼の存在が初めて目撃されてからというもの、自然霊を使役する世界中の宗教団体からこれでもかと狙われ続けてきた。シュウは地球上を何周となく逃げ惑いながら、今日まで逃げ遂せてきたのだそうだ。


 ライザ修道会の管理する霊だという登録が行われると、シュウは各宗教団体達からの執拗な追跡からある意味保護される。彼の安全と引き換えに修道会の使役霊であると証するため、彼の頚には修道会の紋章の付いた細い銀のリングがはめ込まれる。まるで首輪だ。自然霊にとっては屈辱だろうが、そうされることによって彼にはほんの僅かばかりの平安が約束された。修道会の刻印の刻まれたリングをシュウの頚に取り付け、ルカはシュウに小さな声ですまんな、と呟いていた。


 ターニャはルカがわが子のようにシュウに接する様子を見て、彼が悪い人間のように見えなかった。自然霊を奴隷のように扱っていたぶっている使役者もいるそうだが、ルカは自然霊に対する敬意を忘れたことはないと言う。自然霊は大自然より生じて人々に恵みを齎すその反面、自然の冷徹さを兼ね備えている。


 ライザ修道会の武装修道士であるルカはゆくゆく、シュウを雪原地帯の前線で使役する予定がありそうだった。霊を適材適所で使役するという発想からだ。雪霊はこの周囲の雪原地帯では最も力を持つ霊であり、彼を使役することでかなり有利に悪霊と戦えるのだそうだ。


 個々の修道士、修道女が一度に何体の自然霊を使役できるのかは、彼らの持つ法力により決められている。法力というのは霊と使役者を結びつけ制御するための磁力のようなものであり、法力を失うと霊は言うことをきかなくなるか、最悪逃げられてしまう。


 ルカの法力は強大で、修道会から同時に三体までの自然霊を使役することが認められている。だがルカは、このたびシュウを手に入れたことによって、それまで使役していた全ての霊を手放した。


 シュウは人に近い姿しているばかりか、高いコミュニケーション能力を持ち、更に各国の言語が話せて聞きわけがよい。何も檻の中に閉じ込めておく必要はなかった。人格を持ち、知性を持つシュウを主従の関係で使役しなければならないことは、これまでとは違ってルカの心に大きな葛藤をうんだ。しかしシュウの第一発見者であるターニャはそんなルカの葛藤など知らないものだから、彼を完全には信用できない。


 アルバイトの帰りに毎日のように寺院にやってきては、シュウと雑談をして彼の様子をつぶさに確認して帰るのだった。シュウは訓練の合間に、今日も寺院の中庭をターニャと散策している、ルカもうるさく干渉しなかった。修道院の中は結界が張り巡らされていて、吹き抜けの中庭であっても霊が逃げることはできない。シュウには自由が与えられているように見えながら、しっかりと籠の中に閉じ込められていた。


「それで、君はこれからどうなるの?」


 ターニャの写真はシュウのおかげで撮影できた渾身の一枚を写真コンクールに送って結果待ちだ。その他の写真は相変わらず売れなかった。それでも彼女はパン屋のアルバイトをしながら、写真の仕事もそこそこにシュウに会いに来る。


 これからどうなるの、とは彼女に聞いてやりたい言葉だと、物陰から話を聞いているルカは思う。盗聴をしているつもりはないのだが、彼女との会話のなかでシュウを少しでも理解したいと思ってのことだ。シュウはターニャにだけは心を開いているように見えた。彼にとって彼女は命の恩人だ、命の恩人といっても霊はそう簡単には死なないから、介抱してくれたことを恩に感じているという方が正解なのだろうが。


『わからない。どうなるんだろう』

「ルカに虐められてない? いじめられてたらユニセフ行くから!」

 相も変わらず、ターニャはそんなことを言っていた。


『虐められてない、とても親切にしてくれるよ。でも……』

「でもなに?」

 シュウをそろそろ実戦に出してもよいだろうと他の修道士達にせっつかれても、ルカはシュウをなかなか実戦には連れて行かなかった。また思いがけない怪我をさせて、彼の人間不信を深めたくはなかったからだ。広いライザ修道院の中庭の噴水にふたりは腰を下ろして、お仕着せの修道服を着た修道士や修道女達の往来を見送っているが、自然霊は一体も自由に歩いていない。


 拘束もなしに院内を歩いているのはシュウぐらいだ。聞き分けのよい自然霊として、修道士や修道女達からはかわいがられているようだが、彼は居心地が悪そうにしているだけだった。


「……血は足りてる? お腹すいてない?」

『もらってるよ。でも、何か違う気がする。おいしくない』


 自然霊の必要とする食物、彼の場合は人間の血液だが、それらは買い付けられた輸血用のパックで十分に与えられている。生き血が一番だが、どうやらひもじい思いもしていないようだ。リアクションに困る言葉を残して、シュウは修道女に連れられていった。これからまた、辛い訓練が待っているのだろう。


「毎日熱心に来るんだな。暇なのか、25歳独身女性が」


 唐突に声をかけられて、今通りがかったというような素振りでルカがターニャに近づいてきたが、修道服の黒い裾が石壁の影から見えっぱなしだったことに気付いていないらしい。ターニャは今日も“偶然に”出会ってしまったルカに軽く会釈をした。こうやってシュウとの話が終わった途端毎日のようにルカはターニャに話しかけてくるのだから、どこかで会話を聞かれているのだということぐらい、それほど敏感でもない彼女にもわかっていた。


「独身女性だって忙しいですけど! あなたがシュウ君に酷いことをしていないか、心配で」

「そんなに心配なら、シスターになればいい」


 冗談にしても、思いがけない言葉だった。修道院の人間になれというのだろうか。それに、ターニャは修道女となることに少しも気乗りがしない。俗世を捨て、生涯未婚の修道女になるなど……。毎日退屈な生活を送り、神様に祈りを捧げて生涯を終える。いやだ、いやだ。考えたくもない。かわいい服だって着られないしおいしいものも食べられないじゃない、と彼女は全力で否定した。


「私がシスターになりたいと思う? あなただって、望んで修道士になったようには見えないけど……胡散臭いし」


 ルカは両手の薬指に指輪をしている。

 修道院で結婚指輪などおおっぴらに身につけられないので、両手にしてカモフラージュをしている。彼が以前妻と呼ばれる女性を娶っていたということは容易に想像ができた。妻を捨てて、あるいは死に別れて修道士になったのだろう。ターニャは敢えて尋ねないが、それなりの事情があったに違いないとは思っていた。彼は暗い影を背負っていて、それが時折視線や言葉の端々に滲み出る。


「鋭いな。けど、素質はあると思うんだ。君は霊に慕われるみたいだ」

「残念でしたね、あなたはシュウくんに慕われなくて」

 ルカがそれなりの価値観を持って自然霊を使役しているということ、そしてシュウを大切に扱っていることは知っている、だが、彼に大きな負担を強いていることにはどう答えるというのか。


「だいたい、あんな弱い子供の幽霊を何で戦わせようとするの。戦力にもならないでしょ! けっちょんけちょんに潰されてボコボコになって泣きながら帰ってくるのがオチでしょ!?」

 ターニャは子供の幽霊と言ったが、外見的に子供に見えるだけで、実際はいつから生きているとも知れない、ターニャよりずっと年を経ている霊だ。見た目に騙されるのは無知な一般人の特権だな、とルカはあきれる。


「君は、雪霊のシュウを見くびりすぎだぞ。彼は自然界でも屈指の強さを誇る霊だぞ」

 彼女が酷評するほどシュウはか弱い霊ではない。むしろ自然霊を力の強弱で並べると上位から順に数えた方が手っ取り早い。彼が弱い霊だと誤解されているのは、ほとんど反撃をしないからだ。特に、民家のある場所、人のいる場所、人間相手には……。彼は何があっても、人を殺さないという主義を持っている。


「かいかぶりすぎなのはルカさんの方でしょ! じゃ、もしシュウ君が強いっていうならどうして怪我してうちの前に倒れてたのよ。強いんなら負けないでしょ!? 無理やり戦わせて怪我させて痛い思いさせるなんて。シュウ君にとって、居心地のいい場所だとはとても思えない」

 ターニャはあてつけのようにそう断言した。ルカはターニャの座る中庭の噴水の前の石畳の隣に腰をおろして、ざっくりと両手を組んだ。ルカは小柄なターニャの隣に並ぶと、ずいぶん大柄な男に見える。


「そうだろうね……彼は重度の鬱状態だよ」

「鬱なの?! 幽霊なのに? そんな! って、でも幽霊が躁状態だったらおかしいのか」

 ……でも、いつも何かに襲われて怪我ばかりしてるなら、そうなるかもしれない。ところで何に襲われているのだろう、ターニャは疑問だった。彼と初めて出会った日も怪我をしていたが、何と闘っていたというのか。

「彼にとっては修道会にいることも苦痛だし、元の自然に返すのも地獄だろうな。彼は自然霊として異常だ。人に近い心を持って感情がある」


 シュウを捕えてまだ1週間も経っていないが、彼は人間の心を持った自然霊だとルカは理解していた、ルカがシュウを実戦に連れて行かないのはそのためだった。彼を無理に戦いに向かわせれば、彼は人間の少年がそうであるように、尚更心に深いトラウマをつくる。まずはシュウの心の奥に潜む心の闇を取り除かなければならない。


「彼は人間にそっくりだ。臍がある……これは人の母胎から生まれた証拠で、他の霊には一切ないものなんだ。そして胸には大きな古傷がある。ちょうど、心臓のあたりに……霊には傷痕が残らないのが普通だ……わたしは彼とどう接すればよいのか解らない。だが、私はこれまで駆っていた三体の霊を手放してしまった……シュウには早く元気になってもらわないと」


 まるで少年が心臓を抉り出されて霊にされてしまったような……そんな不可解な傷が、シュウの胸にはあった。ターニャも彼の手当をした時に、シュウの胸に大きな傷があったことを覚えている。だが古傷だったので特に気にしなかった。ルカは何度もその傷の由来を問いただしたが、シュウは知らないと首を横に振るばかりだった。


 彼の負った心の傷と、胸の傷には因縁浅からぬ関係があるような気がした。彼の過去に何かがあった。ルカもまたそうであるように、彼の人生を揺るがした許されざる事件があったはずだ。ルカはシュウの過去を突き止め、鬱病の原因を取り除いてやりたいと望んでいた。

「それってルカさんが実戦に連れて行きたいから? そんな、わざわざシュウ君を連れて他の霊と喧嘩しに行かなくてもいいじゃない」


 急いで戦わなければならないような敵など、ターニャにはいるようには見えない。

「まさか君はわたし達修道士が、捕らえた霊を駆って、仮想敵を作り手当たり次第に挑みかかっていると思ってないかい?」

「え、そうじゃないの?」


「あーあ……何というか、それはあんまりだよ」


 ルカは大きなため息をついた。一般人には認識できない、霊の起こす凶悪事件。

 ターニャは危機感すら持っていない。修道士や修道女達の維持する平和の上に生活する一般市民ならば当然のことだ。だから自然霊に対抗する特殊機関の必要性など、一度も議論されたことがない。自然霊と日夜戦い続けるこの特殊機関は市民の理解を得るため、修道会という隠れ蓑をまとわなければならなかった。


「ニュースを見ているか? 惨殺事件がこの街の各所で起こっている。人々に危害を加える自然霊を、野放しにしてはいけないだろう? それに……これらの事件に、シュウが関係しているように思えるんだ」

 フォトグラファーであるターニャがニュースや新聞を見ていないわけはない。しかも見ているなどというレベルではない、彼女は毎朝少し早く起きて、トーストを片手に社会面や政治面は特に読み込んでいた。


 社会情勢や経済は仕事にも影響してくるため、細かくチェックしている。確かに数日前から連続殺人事件が起こっていて、犯人はまだ捕まっていない。女の子が一人で夜道を帰るのは危険だからとバイト先のパン屋も早く上がっていいと言われたほどだ。


「シュウは何かをしたんだ、何か自然界の禁忌に触れるようなことを。それで自然霊が続々と集まってきている、この街に……。彼が何をしたのかを、突き止めなければいけない。そのためにも、彼には立ち直ってもらわなければ」


 独り言のようにつぶやくルカには、差し迫る危機感がにじみ出ていた。

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