第29話 これからも、ずっと
ターニャはいつになくはしゃいで、雪山を駆け回っていた。
年甲斐もなくといってはなんだが、天真爛漫そのものだった。彼女が何故ここまでご機嫌なのかというと、
「あーいいね。この構図! そこの並んでる木立とバックの雪山なんて最高! いいでしょ。ここで撮影しても」
ターニャは以前アナスタシアと交わした約束通り、ターニャ、アナスタシア、ルカ、シュウの四人で撮影を兼ねた1泊2日の登山旅行に来ていたからだ。山の中腹までは登山バスが出ていたのでそれを利用し、午前中のうちに山頂付近まで登りきり、山頂付近のコテージに荷物を置いて、周辺散策に出ている。彼女は素晴らしい景色を見るだけでうずうずとして、今にも雪山に飛び出していきそうだった。
『動物出てこないけどいいの? 呼んでこようか?』
彼女に同行した雪霊のシュウは、興味深そうに彼女の仕事を見ていた。ターニャの手助けをしようとしたつもりだったのだが、逆効果だったようだ。
「またー。すぐそんな事言うー、ちっとも写真の味わいってものが分かってないんだからー」
ターニャはシュウの提案にありがた迷惑、といった苦笑をしてみせる。
「今回は動物いなくてもいいの、風景だけでも映えるよ。それに、この山頂付近の絶壁に動物がいたら不自然だよ、自然体でないと、自然体。ナースチャはわかるでしょ?」
「あは、わかる、すごくわかるよ! そう、自然体が一番よねー」
少し離れた場所で、こちらにカメラを向けるアナスタシアも適当に返事をしながら、ターニャに負けじと写真を撮っていた。とはいえ、彼女は景色を撮っているのではなく、どさくさにまぎれてシュウの写真を撮っていたのだ。ターニャは一度アナスタシアに話題を振ったものの、同意を求める相手を間違えたかもしれない、と反省するに至った。彼は今となっては昼間完全に実体化しているため、以前は写真には写らなかったものの、今は撮影できる。シュウはアナスタシアには何を言っても無駄だと諦めて、撮られるに任せていた。撮られたからといって、何かが減るものでもない。
『自然体か。その感覚はよく分からないな』
人間という存在がそもそも不自然きわまりない生態を持つのに、時々人間は妙なことを言うのだな、とシュウは首を傾げる。
「はー満足だー」
晴天の雪山でコントラストを強めるため円偏光フィルターを一眼レフカメラにセットし、くるりと回転させながら、ターニャは実に嬉しそうだった。久々の撮影の時間、それは彼女にとっての本業の時間であり、張り合いが出るというものだ。
「はー、私も満足ー!」
アナスタシアはというと、ほぼ風景写真を撮ることなくシュウだけを撮って、デジカメのメモリを使い切った。
コテージの外のベンチに腰を下ろして、シュウとルカは女性二人を眺める。
「写真撮れて幸せそうだな、ターニャ」
『本来、ターニャはこうなんだろうね。昼だけじゃなくて夜の撮影も、本当は行きたいんだと思う』
「まだ、夜はだめだな」
今夜はターニャとアナスタシアの計画通りコテージに泊まるのだが、夜間は一歩も外に出るわけにはいかない。用心するにこしたことはない。
「あの薬が届けば、それも夢ではなくなる。私たちの仕事も晴れて終わりだ」
ルカはしみじみとそう言った。
『……そうだね、だといいんだけど』
少し考え込んで、シュウも同調する。
――シュウが風霊ゼクトをしとめた日の朝。
司教マリアがルカたちに通達したのは、精霊対策協議会(ICNS)が稀人の持つ特殊な血液を、一般人と同じ血液型に戻す薬を開発したという話だった。これ以上ブルータル・デクテイターに稀人を喰らわせないための秘策として水面下で開発が行われ、世界各地に隠れ住む稀人へ、そして、実はライザ修道会にもそのアンプルは2本、届けられていた。それを接種すればターニャを稀人ではなく人間に戻すことができるので、ルカに連絡が取れ次第、届けるはずだったというのだ。つまり、それをもって自然霊がターニャを狙う理由がなくなるし、ルカとシュウもターニャの護衛の任務を終えることができる。
ターニャにとっても、シュウやルカにとっても朗報、といえた筈だった。
しかし、問題が起こったというのだ。
そのアンプルが、何者かの手によってライザ修道会の金庫から盗まれた。
ブルータル・デクテイターの息のかかった霊が盗みにくるという可能性もなきにしもあらずということで、マリアの強力な法術で封印した金庫の中に、厳重に保管していたらしい。霊が触れれば反応するよう細工されているものだ。しかし、霊の接触による反応はなく監視カメラも作動していなかった。
状況から考えるに、盗んだのは人間だった、ということだ。
だから、霊だけではなく近づいてくる「人間にも」気をつけろと、マリアはそう警告したわけだ。
『人間がそんなことをして、何の得になるんだろう。稀人をわざわざ危険に晒すようなものなのに』
シュウは、何度考えても犯人の目的が解せない。
「ただの物盗り、ではないだろうな。私たちですらその存在を知らなかった薬を知っていて、司教を出し抜いた。物盗りではないとすると、あるいは」
思ったより複雑なことになっているな、とルカも唸る。
『あるいは?』
「ライザ修道会の中に、裏切り者がいる、か」
代わりの薬については再度精製を試みているが、繊細なものらしく、出来上がるまでに時間がかかるとのこと。
「お前は、ターニャにそれを飲んでもらいたいか?」
『そうだけどデメリットって、ある?』
シュウは油断なくルカを窺う。
「特にデメリットも思い浮かばないが、しいて言えば、稀人の言霊も効力を失うだろうということだな」
『それはあまりデメリットではないかな』
霊に襲われる理由がなくなるのだから、霊から身を守る手段は必要なくなるというわけだ。
「ターニャが稀人でなくなったら、お前と私が彼女と共に暮らす理由も彼女を守る理由もなくなる。私は任務を終えてライザ修道会に呼び戻されるだろう。お前はどうする」
もはやシュウの腕に付されたライザ修道会の所属霊である腕輪は拘束具などではなく飾り以上の機能はもたなかったし、ルカはターニャの庇護という目的を彼と同じにしていたというだけで、それがなくなれば、別々に行動をしてもよいのだ。
ただし、ルカがライザ修道会に戻ったとしても、シュウがルカのもとを離れたとしても、それで互いに、そしてターニャにとっても平穏な日々が訪れるわけではない。共通の敵、共通の脅威が消えたわけではないからだ。
『僕は、暴君を追うよ。――それがどんな方法であっても』
シュウとルカが彼女のもとを去ったとしても、ターニャは元の写真家として精力的に活動するだろうし、彼女とはいつでも会うことはできる。彼女にとっては、もとの日常が始まるだけだ。
でも、本当にターニャの傍を離れていいのだろうか、とシュウは悩む。
彼女が稀人でなくなったら、それで完全に安全だと言い切れるのだろうか。ウォルターは、シュウが暴君を倒すまでターニャが無事だ、とは言わなかった。今回の、薬がどうこうということも言わなかった。つまり、薬はターニャにとどかないという可能性もあるわけだ。
彼女を特別だと思い始めたのはいつからだったろう、とシュウは振り返る。
最初は彼女への贖罪のつもりで、否応なくだった。しかし途中から、シュウにとってターニャは恩人という関係をこえて、かけがえのないたったひとりの存在になっていた。今、稀人である彼女は彼女の命をシュウの庇護にゆだねているといって過言ではない。
一方、彼女が稀人でなくなったとき。仕事として彼女に寄り添っていたルカは、彼女のもとを去る。それは彼の立場からすれば当然だし、彼の関心ごとはブルータル・デクテイターのみだ。
そしてターニャはどうだろう。シュウが彼女を守るという大義名分がなくなったとき、彼女はシュウを必要としてくれるのだろうか、霊にとりつかれた生活から、彼女はさよならしたいのではないか。そのほうがせいせいするのではないか。
そう思うと心がしぼむ。それでも、彼女と共にいたい。損得も義理も関係なく。
彼は見えなかった自身の素直な気持ちに気付いた。
「じゃあ、ブルータル・デクテイターを仕留めるまで手を組まないか。どのみち、共通の敵だ」
ルカは真面目な顔でそう言った。しかし、シュウは快諾をしなかった。
すでにルカはシュウを制御することができなくなって久しい。コンビを組んではいるが、実際はルカのほうが足手まといとなって、対等な関係ではない。
『やっぱり、人間には暴君を仕留められない。ルカは殺されると思う』
彼はルカを直視して、冷酷なまでの判断を下した。
それはある種の、戦力外通告ともいえるものだった。
『ターニャにもそうだけど、ルカにも死んでほしくない』
「まあ、人間は個々では弱いと思うけどな」
精霊対策協議会(ICNS)は、自然霊の活動、分析に関して過去百年近くノウハウを蓄積している。そして、除霊や浄霊のために有効な術式も、シュウが侮れないほど大規模に開発されている。その真髄を、シュウは完全に把握しているわけではない。
「そう、見下したものでもないと思うぞ」
二人の間に、緊張と沈黙が流れた。
『ターニャに薬が届くまでの間に、考えておくよ』
シュウはその場は流して、ベンチから立ち上がった。
「何、難しそうな話してるの?」
雪だるまを作って少し離れた場所に設置し、遊びくたびれたアナスタシアがやってきた。シュウが席をあけたベンチに座り、長靴に入った雪をかきだす。靴下が濡れて冷たくてたまらなくなったのだ。
「いやぁー、ちょっとしたことでね。もう撮影はいいのかい」
ルカが不自然きわまりなく取り繕う。
「メモリ使い切ったからいいわ。雪合戦でもする?」
「やめとくよ」
彼女の目的のほぼ半分を達成して、もう思い残すことはないらしい。
「そういえばサルビアちゃん、これなくて残念ね」
アナスタシアはサルビアを思い出して口を尖らせた。彼女が来ていれば格好の遊び相手となったのに、という魂胆が見え見えだ。
「冬山登山は寒いから、パスだってさ」
花霊のサルビアは、今頃は暖房のきいた部屋でテレビを見ていることだろうな、とルカは容易に想像がつく。
「ねーみんなー! 私、向こうで撮ってるからー!」
豆粒ほど小さくなった距離から、ターニャが三人に手を振る。
「ごゆっくり。くれぐれも足元に気をつけて」
ルカは防寒に専念しながら、手をこすり合わせ返事をする。
「わかったー!」
ターニャはよい返事をすると、あっという間に雪の上に足跡をつけながら走り去っていった。その行動力ときたら、シュウも目を疑うほどだった。
『ついていかなくていいのかな』
「そうだなぁ。でも彼女も芸術家だ。たまには一人で撮りたいだろう、他人は邪魔だってときもある。さ、私たちはコテージの中に入ろう」
「賛成ー!」
ルカの言葉に、アナスタシアが手を挙げる。
『そういうもんなんだ……でも危険じゃないかな』
シュウはもうすっかり見えなくなったターニャを案じた。
「霊が近づいてきたら、お前も私もすぐ分かるだろ、今は昼間だし、心配いらないよ」
昼間ということで、ルカは楽観的だ。実体化率の低い霊は昼間には活動できない。実体化率の高い霊、ランクの高い霊が近づけばルカもシュウも察知できる、そういう理由だ。
『一応、霊に対しては固有圏を張っているけど、人間が近づいてきたら僕は分からない』
「ああそうか、そういうパターンもあるか」
マリアから不穏な話を聞いたばかりのことである。こんな雪山まで不審者が来るものか、とも思うが、警戒を怠ってはいけない。
『ターニャの邪魔しないように、姿を消してあとつけていくよ』
「ああ、頼む」
結局、傍にいないと心配なんだろうな。とルカは納得して一人で頷いた。
「さ、私たちは一服しよう」
というわけで、ルカとアナスタシアは二人でコテージに移動する。ログコテージに入ると、広々とした間取りで、キッチンとテーブル、ソファと暖炉、ロフトには木製のベッドがある。暖炉で暖められた空気に木の香りが漂い、鼻孔に心地よい。アナスタシアは暖炉の前に濡れた靴下と手袋を干す。コーヒーを淹れるため、ルカはヤカンで湯を沸かし、リュックから持参した食材を取り出してキッチンに並べて下ごしらえをはじめる。ターニャは撮影に専念させてあげたいので、食事当番を引き受けるつもりだ。冷凍庫はないが、外の氷を持ってくれば天然の冷凍庫になる。
「はい、どうぞ。ミルクと砂糖はないけど、いいだろう」
「あ、コーヒー嬉しい~!」
ルカはキッチンに立ったまま、暖炉に当たるアナスタシアにコーヒーを差し出した。アナスタシアは、メモリいっぱいに撮られたシュウの写真を見返していたところだった。
「へえ、写真に撮ったのか。撮れるもんなんだな」
ある種心霊写真ではあるが、全く怖くないのでアナスタシアは気にしないらしい。
「シュウくんって、もう外見的には立派な青年っていうか。もう、気軽にシュウくんって呼んでいいのかわかんないっていうか」
アナスタシアはコーヒーを啜りながら、複雑な思いを告白している。
「まあ、見た目はすっかり大人だ」
ルカも認めざるをえなかった。
「私も多少、扱いに困ってはいる」
ターニャの借家の二階の一部屋を間借りして、ルカはシュウと同室にしていたのだが、もう一部屋を借りてシュウと部屋をわけた。成長に合わせて霊の精神構造も変化してゆくなか、いつまでも子供扱いするのも彼にとってよくないだろうと考えたからだ。シュウの口調はまだあどけなさが残るが、最近では外見の成長に応じて、受け答えもしっかりとしてきた。成熟に応じて形態が変わるのは自然霊ではそう珍しくはない現象ではあったが、ルカはシュウがターニャに寄せる感情が、漠然とした好意から、明確な恋愛感情へと変化してきていることに気付いた。
「ターニャは、どうしたいんだろうな」
稀人を人に戻す薬を得ることによってシュウやルカとの同居生活を解消できるとすると……ターニャはどうするだろう。
それは彼女にとって喜ばしいことなのだろうか。やれやれ、これで自由だと、厄介払いをするだろうか。
「彼女次第だな」
ルカは小声で呟いた。
*
ターニャは絶景に目をうばわれていた。
コテージを離れて歩くこと十数分、雪のかぶった岩の割れ目から、雪に閉ざされた大洞窟を見つけたのだ。
登山ガイドブックを見るが、掲載されていない洞窟のようだった。それを多少不審には思ったが、未知の光景への誘惑には勝てなかった。
寒さも警戒心も忘れて、凍てついた洞窟の奥に踏み入った。
洞窟の奥から差し込む光の、青みがかった光の何と美しいこと。
「これだ……」
ターニャは感動にうちふるえ、機材をセットすると夢中でシャッターをきった。
光が反射して、奥まで踏み入っても明るい。
虹色に輝く氷の柱が、彼女を出迎える。
もっと奥へ行きたい、そんな衝動にかられ、ケイビングの装備を整えて出直すべきだとわれに返った。そして後ろを振り向いたそのときである。
「あれ……出口がない」
ターニャは唖然として口を開けた。
今しがた、背後にあった氷の割れ目が、ぴったりと閉ざされているのである。
言いようのない、悪寒がした。そして、無数の霊の気配を感じる。
周囲に誰もいないと思っていたターニャは、竦みあがる。
よく見ると、氷柱のあたりに複数の青白い発光体が浮かんでいる。その発光体は薄気味悪く揺れて、よく見ると怪物じみた顔のようにも見えた。
「ぎゃー出たー!!」
ターニャは腰を抜かしそうになっていた。それでも、カメラや機材はしっかりと落とさないようガードしているのは写真家魂といったものである。
『魂魄だね』
そっと、ターニャの肩に誰かの手が乗せられ、ぐいと背後に引き寄せられる。
「ぎゃーまた出たー!」
『ターニャ』
背後を振り向くと、見慣れた雪霊がいた。
彼は人間じみた服装をしているので、ターニャは人心地がついてほっとする。
「なんだ、シュウくんじゃない、またお化けがでたかと思った!」
まだ、歯の音が合わない。
『まあ、お化けと言われればそうなんだけど』
間違ってはいないな、とシュウは訂正しない。
「よかった、出口なくて死ぬかと思ったぁ、来てくれてありがとう!」
『ターニャ一人だったら閉じ込められて死んでたと思うけど』
シュウは珍しくふざけて、懐中電灯を顎の下からあてて、ターニャの恐怖心を煽る。
「真顔で言わないでよ怖いから。入り口はあったのに、出口がないの」
『昔、自然霊が住んでた雪洞だろうね。人間には入り口は見えないはずなんだけど、ターニャには入れたんだ。それで、迷い込んだ動物霊のアニマが集まっているんだ。こっちを見ているけど、襲ってはこないよ』
この世界の時空は平坦ではなく波打っていて、その波打った部分に自然に巻き込まれて天然に形成された亜空間が数多く存在する。人間や動物たちに認識できない空間を霊は好み、棲家として利用する。ここはそんな場所だ、とシュウは言う。
『霊がここを去って、棲家だけ残していったんだろうね。この洞窟全体を包む虹色の光は、ここに住んでいた自然霊の霊力が残って乱反射しているんだ』
シュウは標針で天井を砕いて空間の歪みを作り出し、アニマをそこから逃がして昇華させた。
洞窟を調べると、自然霊が残したノードらしき残骸もあった。
「そうだったんだ……この洞窟、あんまりきれいだったから、たくさん撮っちゃった」
妙なことに、ストロボ使って撮らないほうが繊細な色合いで撮れた。洞窟に差し込んだ外の光を反射しているのではなく、洞窟内部から発光しているということだった。
「ほら……これはねこうで、これも」
と、シュウに説明しながら嬉しそうにターニャは撮れたての写真の数々を見せる。シャッタースピードや絞りを調節して、様々な角度から捉えた写真の数々は、鮮やかな色彩と透明感をありのまま写し取っていた。シュウもその趣を解して目を細めた。幸い、アニマの幻光は写っていない。
『きれいに撮れてる。これとか特にいいね』
「いいと思う?! 私もそれ気に入っているの!」
ターニャは確信めいて強く頷いた。青みの光が強く出た写真だ。雪柱の一つ一つに光が反射していきわたり、洞窟内に漂う張り詰めた空気と、幻想的な雰囲気をよくとらえている。
『前にターニャの言っていたコンテストに送ってみたら? その写真』
「そのつもりだったんだけど、霊がいたって聞くと怖くてさ……呪われたりしない?」
理想の写真が撮れたはいいが、それを見た審査員や客に悪影響が出るといけないし、いわくつきの写真など出せたものではない。
『ここにいた霊もアニマも、悪い念は残していないよ』
シュウは洞窟を見渡しながらそういった。
「じゃ、送ってみようかな! ありがとう、シュウくん」
彼女は嬉しそうにカメラ機材を片付けはじめた。
その後、二人だけの秘密の洞窟は、シュウによって厳重に封鎖されることになった。間違って人や動物が迷い込んで、ゴーストやアニマにならないように。
「でも、もう二度と撮れない撮影ポイントだね」
ターニャは見えなくなった洞窟の入り口をぼんやりと眺めながら、名残惜しそうだ。写真を撮るには撮影ポイントも記さなければならないのだが、今回ばかりは曖昧な記述になってしまうだろう。
『写真ってそういう瞬間的な芸術なのが、いいんじゃないかな。今日の写真は、もう二度と撮れない。そうでしょ』
「あれー? シュウくん、霊のくせに分かったようなことを言うじゃない」
『たまには、ね』
そんな彼がとても人間くさく見えて、ターニャは何だか嬉しくなった。シュウが人間だったら、こんな風に話す青年になったのかな。そうなら、一緒に写真を撮りに行ったりして気が合ったかもな。ターニャはほんのりと、そんなことも考えた。
「ね、シュウくん」
『なに』
ターニャの機材を担いで、彼は安全な下山ルートを選びながら少し前を歩いていた。日が傾きかけて、逆光が眼にまぶしい。
「これからも、色んな場所に写真を撮りに行きたいな。君と」
ターニャがそういって笑うので、シュウはやんわりと彼女に訊ねてみた。
『もしもだよ。もし、ターニャが稀人でなくなって、僕たちと一緒にいる必要がなくなったとしても?』
「それでも、うーん。シュウくんさえよければ、ずっと仲良くしてほしいな」
彼女は屈託のない笑顔でそう言った。その言葉がシュウには意外だったようで、面食らったように青銀の瞳を大きく開いた。
「だって、シュウくん自然界の色んなこと知ってるし、綺麗な景色を見せてくれるし、優しくしてくれるし、君といると楽しかったし、これからもきっと楽しいことがありそうだから。霊だからとか、あんまり関係ないよ。シュウくんは、シュウくんだし」
ちょっと、照れくさいな。と、ターニャは熱を帯びた両頬を手袋をはめた手で抑えた。
『わかった』
シュウは迷いを振り払うように、大きく頷いた。
『もし、あなたが僕を必要しなくなったとしても、それでも一緒にいてもいいかな』
「うん」
彼と手を繋ぎたい、彼女はそう思った。
『それから、今度写真の撮り方、教えてよ』
その、趣味があったほうがいいって、ターニャが前に言ってたし。と、シュウはごにょごにょと口走った。
「いいよ。写真楽しいよ。たくさん、撮ろう」
ターニャは彼のもとに駆け寄ると、手袋を外して両手で彼の青白い手を取った。しばらくぶりに触れた彼の手は大きくなっていて、頼もしくて、素手で触れたその手を、ターニャは今日は凍てつくように冷たいとは感じなかった。
「どうしたんだー二人とも。遅かったじゃないか」
『色々あったんだよ』
コテージでは、ルカが腕によりをかけて作った温かで豪華な夕食が待っていた。
食後はカードゲームで盛り上がり、雪の露天風呂を楽しんだ。ロフトベッドで深夜までアナスタシアとターニャのガールズトークに花が咲いていた間、興味本位でコテージの周囲に集まってきた悪霊たちはルカが一人で返り討ちにされていた。
翌朝はスキーで滑走しながら下山し、バスで全員で無事にキリクの街に戻ってレストランでランチを食べ、アナスタシアと別れた。
一泊二日の弾丸撮影ツアーだったが、ターニャは精一杯自由を満喫した旅となった。
そしてこの旅で撮った写真が、国際フォトコンテストでグランプリを受賞することとなる。