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【休載中】Savage Fairytales(外伝)  作者: 高山 理図
第2章 リビングデッド・アンダーワールド
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第28話 知るべきことと、知らないでいること

「精令殻が割れてしまったのか……」

 その言葉は諦めなのか、憐れみを込めているのか、ただの感想なのか。悠然と見下ろす黒衣を纏った銅色の髪の男が、風前の灯火の雪霊を見下していた。彼と出くわすのは決まってシュウにとって最悪な状況下だ。大半は意識が覚束なく記憶がない。どこから監視していたものか知らないが、彼がそんな時を狙ったかのように現れるかというと、シュウとまともに話す気がないからなのだろう。

 彼はこれまでも何度か瀕死の重傷を負ったことはあるが、精令殻にダメージを受けたのは初めてだ。

 

『このままだとどうなる?』

 シュウの問いに、彼はシュウの心の裡を読んだかのように無常な予言を放つ。

「割れたまま放っておいたらか? 精令殻のそれぞれの欠片から新たな雪霊を生じるだろうな」

 自然霊が割れた精令殻からでも再生するというのは、シュウは知らなかった。ただ、全く異なった新しい存在として生まれ変わるのだろう。

「平たく言えば、お前の意識は消滅する、ということになる」


 自然は廻り、生きとし生けるものは死に大地に還って霊も滅び生まれ変わる。無慈悲な自然の摂理だ、だが終わりではないなら今生の生は無為ではない。以前のシュウならありのままの営みを受け入れたかもしれない。輪廻というものを。

 だが、今は霊でありながら生きるということに途方もない執着心を覚える。残されるターニャへの贖罪は終わっていない。


「果てるつもりがあるのか?」

 過去、ウォルターは幾度となくシュウを助けてくれたが、精令殻が割れてしまってはどうにもならないのだろう。それはシュウにもよく分かっていた。今度の今度こそ、終わりのときが来たようだ。辛くも治癒可能、レベルの負傷とは次元が違う。


『僕が消滅したら……ルカは一人でターニャを守れるのかな』

「……ひと月もてばよい方だろう、修道士とはいえ人間だからな」

 気の毒そうな表情を拵え、まるで他人事のように首を傾げシュウの反応を窺っているようだった。シュウは一歩踏み込んで駆け引きをはじめる。

『でもあなたなら、ターニャを守ることは可能でしょう』

「可能か不可能かでいうと、な。しかし俺は個人の生死のタイミングにはさほど興味はない。誰だって、それが明日か五十年後かの違いはあるか知らんがいつかは死ぬ。違うか?」

 彼はさもつまらなそうに言い捨てるのだった、言葉遊びでもしているかのように。


 今まさに、ターニャがこの男に命運を握られているのだとシュウは実感せざるをえなかった。しかし、ターニャも二度……一度は森で、二度はjpeg符でウォルターに助けられている。あれはただの気まぐれだったのだろうか。せめて、彼にターニャを任せることができれば思い残すことはないのに……。これでは死んでも死にきれない。


「先に言っておくが、ターニャを俺に任されても困る。それはお前の未練というものだろう、俺には何の関係もない」

 心を読まれたかのように、先手を打たれて断られる。確かに彼の言う事には一理ある。ターニャを巻き込んだ全ての責任はシュウにあるので、罪悪感から逃れるためにウォルターにターニャの庇護を肩代わりさせることはできない。

 そこで残された消滅までの時間に、シュウはウォルターに看取られながら何をすべきかを思案した。思いついたのは

『最後に、あなたに訊いておきたいことがあるんだ』

 どうしても知っておかなければならないことがあった。それはターニャやルカの人生にもかかわる重大なことだ。

『どうしてあなたは人間を殺す霊を屠るのに、暴君を斃さないの?』

 シュウの命が尽きる前に答えを得て、それをどうにかして誰かに、できればルカに伝えなければならない。シュウがこれほどウォルターに単刀直入に質問を投げかけたのは初めてだった。何度訊ねようとしても遮られてきたからだ。しかし、もういいだろう。躊躇っている間も惜しい。

 ウォルターは暫し勿体ぶったように頭をかくと、雪上に腰をおろし胡座をかいた。次にしげしげとシュウを眺め、小さく溜息をつく。


「どうしても知りたいというのなら、言い惜しむものでもない。だが、聞いたことを後悔するぞ」

『もう、これで最後でしょう……後悔もなにもない』

 タイムリミットはもうすぐそこなのだ。シュウは混濁してくる意識を繋ぎ止めているだけでも必死だった。


「お前がそいつを倒すことになっているからだ。俺ではなく。確定事項は変えられない」


『なっている? 僕が、ブルータル・デクテイターを?』

 まるで未来を知っているかのような口ぶりにシュウは戸惑いながらも、どこか腑に落ちる部分はあった。彼は未来予知の能力があるのかもしれない。彼はいつシュウが瀕死になるかを知っていて、その時、その場所にただ偶然を装って現れているだけなのだ。今だってそうだ。彼はシュウを監視していたのではなく、この出来事の発生時間と場所を知っていた――。

『未来を知っているなんて、神様みたいだ』

「そうだな」

 肯定とも否定とも取れる言葉で、さらりと受け流される。追及は無用とでも言わんばかりの雰囲気を言外に含ませている。


「とにかく、お前が倒す事が確定しているから、俺が先に倒すことはできない。絶対にだ」

 シュウはどんな切り口から反論してよいか分からない、それに、どうやって確定事項というならシュウがこの状況から生還して起死回生を果たせるものかも分からない。

 だがそれはつまり……シュウは幾度となくウォルターに助けられてきた、のではなく――。シュウがその手で暴君を斃すまで、それが人であれ霊であれ、どれだけ犠牲が出たとしても彼は暴君を粛清し消滅させるつもりはないのだ。ある意味で、何が起こっても暴君には手を出さず、徹底的に傍観者に徹すると宣言しているようなものである。

 彼の垣間見せた残忍ともいえる真意を知り、シュウは何も言い返せなかった。


「ちなみに、ターニャが殺されるのが先か、お前が暴君を斃すが先か。それも知りたいか? それもまた、絶対に変えられない確定事項だが」

 シュウが頷きでもしようものなら、即座に真実は語られるのだろう。拒絶の意志すら発することができなかった。

 未来を知ることで、必ずしも優位になるということではないのだ。


「さてと? もう質問しようなんて気は失せただろう」

 ウォルターは静かに息絶えた雪霊にゆっくりと手を伸べた。


「お前の意志に関わらず、何度でも呼び戻す」

 その指先には、人智を超えた無尽の光を宿している。


 * 


 全身に風圧を感じ、風の音がやけに騒がしかった。

 両の二の腕に、締め付けられるような感覚を覚える。

『ん、ん……?』

 シュウは小さく唸り、項垂れていた首をゆるゆるともたげる。両腕を掴んでぶら下げていたのは、小型飛行機ほどのサイズもある白い鷲の趾だった。間近から強い霊気を感じることから、スプライトではなく自然霊だ。身の危険を感じ思わず掴まれた腕を振りほどこうとしたとき、鳥の足首に銀の輪が輝いているのが見えた。シュウは目を凝らし、それが何であるかを思い出した。

『お目覚めのようだな、雪霊のシュウ』

 覚醒を感じ取った白鷲が、ついとシュウを見下ろした。黄金の大きな瞳が、シュウを射抜くように眇められる。

『あなたは?』

『ライザ修道会の風霊のギリスだ。お前を連れ戻すよう、司教マリアに命じられてきた。やれやれ、この寒さだ。骨が折れるよ』

 ライザ修道会と聞いて不本意にも警戒を緩めながらも、シュウはギリスの大きさからの圧迫感に身構えてしまう。


『自分で飛べるか? もうじき夜明けなんだ』

『うん、飛べると思う……っ?』

 答えるなり空中に放り出されてしまったが、ギリスは粗野な性格のようだ。シュウは無難に体勢を立て直し、ひらりと身を返し飛行姿勢を保つ。徐々に頭が冴えてきて先刻の出来事を思い出し、精令殻を庇うようにシュウは胸に片手を添える。

 信じられない出来事が起こっていた。割れたと思っていた精令殻から以前より力強く、新たな波動を感じる。脈打つように疼くが、痛みはない。体内なので確認こそできないが、先ほどと何もかもが違う、不調はなく、精令殻が破損しているとは思えない。

”一体、何があったんだ。あれは、ウォルターとのことも夢だったのか――?”

 不安を抱えながらも、ギリスの先導に追従しキリクの街へと進路をとる。マリアという司教は、シュウをライザ修道会から逃さないようにギリスを迎えに寄こしたのだろうなと、彼は漠然と察してしまった。


『倒れていたが、平気か? ゼクトとやり合って、どこか負傷はないのか?』

 それでも、ギリスはシュウを心配しているのか、好奇心からなのか質問を重ねる。ギリスの問いかけに応じながら雲上に朝陽が見えたのは、さらに数十キロも飛んだ頃だろうか。

『そうだ……僕の背中どうなっている?』

 ギリスはそう言われたのでシュウの背後に目を凝らしたが、特に変わった様子は見受けられない。

『どうもなってないぞ。どうなっていると思ったんだ?』

『そうなんだ……傷もない?』

 もともと霊に傷は残らないものだが、先ほどの出来事が事実だったにしては回復が速すぎる。やはり夢でも見ていたのか、とシュウは混乱してしまう。シュウが様々な可能性に思いを巡らせて悩んでいる間に、忽然とギリスの姿がシュウの視界から消えた。ギリスのような一般的な自然霊が日中、実体化率と霊力が衰えるのはごく一般的だ。だだ、不可視化はするが消滅するわけではないので、ギリスの気配は依然として近くにある。


『くそ、陽が昇りやがった』

『眩しいね』

『眩しいじゃねーよ。お前、まさか朝陽を浴びても実体化してるのか?』

『そうみたい』

 実体化率が高い、というのも実は良し悪しだ。実体は物体に傷つけられてしまう、ということだ。先ほどの銃撃も、シュウの弱点を突かれた攻撃といえた。実体化していない霊ならば、ありえない負傷である。


『ところでギリスは僕を途中まで運んできてくれたんだよね、あの場所に他に誰かいた?』

『お前だけだったぞ、呼んでも起きなかったから掴んできたんだ』

 どうやら、ウォルターは既に立ち去っていてギリスはその姿を見ていないようだ。ウォルターはそもそも他の自然霊に姿を見せることは滅多にないが、そうなのか、とシュウは考え込み、もう一度、胸の裡の結晶に問いかけるように胸に手を当てる。


『お前を連れ戻すまでが俺の仕事だが、ゼクトはどうなったんだ』

『ゼクトは倒したよ。数年間はもとに戻れないと思う』

『何……?』

 ギリスはあっけにとられて羽ばたくのを忘れてしまったため、高度がふらりと下がったようだった。慌ててバサバサと羽ばたくと、シュウには空気の層が歪み、雲が蹴散らされて見える。

『あの霊族長のゼクトを、お前がか? っと、……お前も霊族長だったな、とんでもない話だ。他の霊が聞いたらひっくり返るだろう、何故そんなことを仕出かそうと思ったんだ』

 悪目立ちしすぎだ、というのだろう。自然霊の霊族長を倒すことはタブーだった。禁を冒したところで何のメリットもなく、世界中の空霊の報復にあう。ギリスもマリアの命令のもと自然霊を相手に戦うことはあるが、霊族長を相手にしたことはない。報復が避けられないとあっては弱腰になるというものだ。

『あまり無茶はするな、修道士の命令は真に受けず適当にこなせ。でないと身がもたないぞ』

『忠告ありがとう、覚えておくよ』

 面従腹背まではいかなくとも、ギリスは司教マリアの使役霊としての処世術を身に着けているらしかった。逆らわず、屈しない。自然霊が人間組織の中で生きるには賢い生き方だ、とシュウは感心する。しかし、ルカとシュウ、そしてターニャの間には上下関係も支配や被支配関係もなく、事情はギリスとは異なる。

『俺の仕事はここまでだ、お前の迎えが来ているみたいだぞ』

『じゃあね。ありがと』

 高度を下げるとともに、キリク修道院の黒ずんだ瓦屋根がしだいにはっきりと見えてきた。朝の強い日差しの中、黒い人影が修道院の正門の前に立って手を振っている。修道服の長身の男、ルカがシュウを迎えに来ていた。

 ターニャの身の安全を保証できる朝になったので、ターニャを自宅に残し一人でライザ修道会まで駆けつけてきたのだろう。自然霊のいる修道院にターニャを連れてくる訳にはいかない。


『ただいま、ルカ』

 シュウは迷わずルカの前に降り立った。ルカは無事に戻ってきたシュウをどんな言葉で迎えるべきか決めかねていたたらしく、舞い降りてきたばかりの雪霊を無言で固く抱きしめ、ついに涙ぐむ。

 今は亡き、彼の息子の姿とかぶるのだろう。大の男が一言も何も言わず嗚咽しているので、心配してくれていたのだろうな、とシュウは素直にルカの本心として受け止めることにした。


『約束通り、かえってきたよ』

 シュウはぽつりと、ほんの少し後ろめたそうに呟いた。


「久しぶりですね、雪霊のシュウ。そしてブラザー・ルカ」

 複数の修道士を従えたキリク管区、司教マリア・クレメンティナがルカの背後に立っていた。白い司教服を着、杖を携えている。ギリスを使いに寄こしたのは彼女だ。


「お前たちに大事な話があります」

 

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