第23話 ワン・モア・タイム、ワン・モア・アゲイン
悪名高き地霊長アルトラ(ULTLA)は、不意に彼の固有圏外部より穿たれた荷電粒子砲の一撃によって吹き飛ばされていた。一時的に霊体の不安定性が増したため全身不随となり、今も青い電子鎖によって地に捩じ伏せられ自由を奪われている。
信じられない、とルカは首を振った。よく知られたことだが、霊にはそもそも重さがない。したがって彼らには地に叩き付けえる、殴りつけるなどのような物理攻撃を加えても効果がないのだが、電磁波や磁気嵐によって吹き飛ばされる、とういうことはありうる。
アルトラの強固な固有圏を貫くまでの威力を持った荷電粒子砲を放ったのは小柄な少年と少女の二人組。一人は白いバックパックを背負い、一人は見るからに重そうな砲身を携えている。荷電粒子砲という着想があるあたり、彼ら少年少女は、あてずっぽの攻撃ではなく霊の特質を熟知し踏まえてのことだろう。
「いかがですか? この威力。弊社のCPC(荷電粒子砲)は法人向けに12億ドルで販売もしておりますので、ご興味があれば後ほど」
感心するルカに対し、もののついでと思ったのかラバースーツの少女が荷電粒子砲を売り込みにかかった。フランスを拠点とし世界各地に支部を持つ対自然霊対策機関であるライザ修道会にCPCが修道院につき1台ずつでも導入されれば、これほど太い客はないと考えたのだろうか。商魂逞しい少年少女たちにシュウは半ば呆れつつ、ルカはといえばツッコミに余念がない。
「高っ! やめやめ、12億ドルとか買わないから!」
ルカが却下すれば、少女は食い下がる。
「では威力を落とした廉価版もあります。こちらは4億ドルぽっきりで……」
「全部まとめてお断りだ! 修道士相手に商売すなって! しかもこんなときに!」
アルトラが電子鎖にからめ捕られているのをいいことに、子供相手に大人げもなく、ルカは口角泡を飛ばしている。
「そうですか、ではまたの機会にご検討ください。レンタルもありますよ」
サイボーグコスプレ少女は残念そうに、そして軽々と”商品”を担ぎあげる。
しかしバズーカから放たれた砲撃の反動をものともせず、重器を軽々と担ぎあげるメタリックラバースーツを着た少女が大人顔負けのとんでもない怪力の持ち主だと、ルカは思っていない。高度な軽量化を可能とした高い技術的バックグラウンドと潤沢な資金を持つスポンサーの存在をうかがわせる。
もしくは実戦でデモンストレーションしては、地道な売り込みを続けているのかもしれないが。ゴーストバスターズと椰喩されてもそれは当を得ているだろう。
「すごい。やられちゃってる……」
アルトラを吹き飛ばすほどの威力に、ターニャとサルビアは揃って口を丸く開けて驚愕している。ルカは呆然とする彼女とアナスタシアの腕を掴み、彼の背後に避難させた。固有圏、すなわち外が一番安全なのだが、アルトラを倒さなければ、固有圏は破れない。
「ダ、ダフトパンクなの? 事故でサイボーグになっちゃったの?」
ルカの背後では、アナスタシアがマニアックなネタをターニャにふっている。
「いや、違うと思うし」
「ダフトパンクはあんなキャノン撃たないから」
アナスタシアはルカとターニャに同時につっこまれた。音楽はクラシックしか聴かないと言って憚らなかったルカが、テクノジャンルにまで手を出していたことに驚きつつ、ターニャはルカの後ろに小さくなって隠れている。
「え、ところでさっきシュウっていわなかった?」
アナスタシアはふと、目の前の少年霊に興味を戻した。疑問が多くて間に合わない。
「え、あ、それは……」
ターニャが口ごもる。アナスタシアにバレてしまっては大変だ。でももう、すっかりシュウという名前が出てしまったし、どうしたものかと思案しているうちに、アナスタシアのテンションがみるみる上昇してゆく。
「もしかして!? どうしてここにあの伝説のシュウがいるの!?」
アナスタシアの顔の半分は恐怖に歪み、そして半分は今にも嬉し泣きしそうな顔をしている。そう、極限状態で彼女が憧れてやまなかった存在に出逢えたのだから。彼女の目にも見えるシュウの姿は、まさにキリクの街に伝わる伝承そのままだった。白衣を着た、透きとおる青白い少年の姿を一目見たいと、アナスタシアは切望していたのだから。DVDに画集に小説にその他もろもろ、キリク商工会の仕掛けたシュウにまつわる一連のグッズを買うために、随分散財をしたという経緯もあってのことだ。
「シュウさん! あ、後で一緒に写真とってくださ……」
「いいから! お願い、ナースチャ空気読んで!」
シュウは聞いているのか聞いていないのかわからない。ターニャはアナスタシアの口元をおさえた。アナスタシアはまだ、もごもご言っている。
「しかし乱暴なやり方だな、おたくらは」
アナスタシアの空気の読めなさに呆れつつ、ルカが少年少女のやり口を嘆く。
伝統的に、人間は呪術や法力や聖なるものに与ってのみ霊を傷つけることができた。だが近年になって、霊の存在そのものが電子ネットワークや電子クラスタなのではないかという仮説が浮上し、そして実際にアメリカの研究グループがごく単純な思考回路を持った低俗霊を人工的に造り出すことに成功し、その仮説はにわかに信憑性を帯びてきた。そんな経緯があって、霊体を電気的な環境プラズマによって絶縁破壊すれば除霊ができるのではと考える輩がいる。これはある意味、画期的な除霊方法ではあった。だがルカが理論的に正しさをみとめながらもそれに迎合しないのは、彼が心と霊の関係の深さを認めているからだ。
人間の精神活動は脳に支えられている。脳のなかで起こっているのは究極のところ電子の受け渡しだ。二進数の電子のやりとりのネットワーク。これと同一のシステムであるコンピュータが自我を持たないのは、情報量が少ないからだろうか。
犬や猫に心はあるだろうか。答えはある、だ。
だがバクテリアアやウイルスにはない。
この違いは組織化された電子ネットワークがいかに複雑かにかかっている。霊は肉体を持たない電子ネットワーククラスタだ。そして彼等は量子的な性質を帯びる。現実世界から消えたり、実体化して現れたりする。霊世界の最高位カーストに属する自然霊の霊的クラスタの結合力は、低俗霊のそれよりよほど強い。コンピュータの開発が進めば、やがてコンピュータは自我を持つだろう。だがそれは人間にはわからない。
荷電粒子は確かに霊を破壊する。
だがもし火力が中途半端だったなら、不測の事態が起こる可能性を否定できない。そう、それは霊体の自我というネットワークを乱されたことによる暴走ともいえる。霊の電子ネットワークにはどうやら、人間の脳やコンピュータのそれのようにネットワークのセクタ、クラスタ分けがされていない。人間の脳はごく一部分の機能が損なわれると、それを補おうと修復をする。だが自然霊は、全体で一つの思考回路なのだ。
荷電粒子によって力づくで自然霊の自我を傷つければ……霊の思考回路の暴走を招く。分別がきかなくなるのだ。そして霊を完全に殺すことができるのは、探せば方法はあるのかもしれないが、本質的にはウォルターだけだ。彼はいとも簡単に霊の殺害をやってのけるが、そうでない場合……霊は何度でも蘇る。狂ったまま蘇った霊は、どのような行動を取るだろうか――想像もつかない。
だから、心には心で臨むべきなのだ。ルカはシュウを駆り法力をもって、神の力に与り霊を導く。たとえ古臭く、時代にそぐわないと言われようとも。
『何だ……』
何が起こったのかと頸をもたげたアルトラは、彼らを庇うように前面に出ていたシュウを発見した。積年の憎悪のこもった視線を向けられても、シュウは怯まず、斜に構えてアルトラに対峙している。シュウに怯えた様子はない。二体の霊族長の水面下の牽制が、既に始まっていた。
『雪霊のシュウか。貴様が……』
アルトラは先程の襲撃をシュウの仕業だと勘違いしているらしかった。ルカはシュウの仕業ではないと反論しかけたが、少年少女に攻撃の手が向かないようにするにはかえって都合がいい。
「それは違うぞアルトラ。今のは我々のCPCによってお前は吹き飛ばされたんだ」
しかしそこで少年が手柄を主張したがる。彼らは雷霊、マダム・アルフォンシーヌを従え、ルカとともにわざわざアルトラの固有圏に入ってきて、臨戦態勢に入っているらしかった。だがアルフォンシーヌは霊族長アルトラとの戦闘に気が乗らない様子だ。ドレスを着た彼女の細腰が、へっぴり腰になっていた。
「もういいから君たち黙ってなさいっ!」
ルカはわが子を叱るように、大声で怒鳴りつける。先ほどの一撃は確かに腕白でやんちゃな少年少女たちの仕業だが、全てシュウの仕業だと決めつけたアルトラは獰猛な瞳でシュウとルカを睨みつける。孤高の眼差しとその眼光は、彼が野生の自然霊であることを証している。アルトラの視界に、シュウとルカ以外は入っていない。格下の雷霊アルフォンシーヌについてもだ。
『何の真似だ。貴様が追放を受けて幾星霜……、遂に落ちぶれて下等な人間の使役霊と成り下がったか。よくも我が前に姿をみせられたものだ。もっとも、人の手垢にまみれても最後の雪霊族として希少価値はあろうか』
『アルトラ、前から聞きたかったことがある。きみがソフィアを殺したのか』
シュウはアルトラの蔑みを遮るように、アルトラに意外な言葉をかける。内向的な彼にしては珍しく、その思念には強い怒りを孕んでいると、ターニャは見逃さなかった。
『さあな。だが最後の一体では淋しかろう。折角ならば雪霊族を絶滅させてくれようか』
「え……どうしたのシュウくん? すごく怒ってる……」
わずか50年前、雪霊族の自然霊は世界中に12体もいた。彼らはそれぞれの領分を持ち、降雪や冬季の気象を分担して司っていた。水陸、天地問わず世界中には霊たちの拠点となる聖地が存在するが、その一つ、空拠ナノグ(na n-Óg)がある日突然北米の自然霊対策機関であるスピリチュアル・チャーチの司祭らによって特定された。結果251名の司祭とエクソシストによって1万体のスプライトと67体の自然霊が調伏され、ナノグは壊滅させられたのだ。この大惨事は、霊社会においてナノグ事変(Disaster in na n-Óg)と呼ばれていた。
司祭によって泳がされていた雪霊ソフィアがナノグに戻るところを尾行され場所が知れたとの噂が広がったことから、雪霊族は連帯責任として自然霊たちの怨恨をかってそれぞれ私刑に処された。だが……真相は180度、異なっていた。
ソフィアは確かに、当時北米地方を管轄していた。シュウもよく知る、それは美しく凛とした佇まいの女霊だった。その頃、リンネの名跡を継いだ霊族長シュウは東欧圏を支配していたが、管区違いで直接ナノグ事変のあらましを把握していなかった。事変ののち、真相を知ろうとしたシュウがナノグの門番のスプライトによって不滅不朽の中枢板に記される出入拠ログをいくら調べても、ソフィアがナノグに立ち寄ったという事実はなかった。
これを疑問に思ったシュウはソフィアが拠点として暮らしていた雪洞をわざわざ訪れる。シュウはソフィアの棲家を知っていたからだ。そこには彼女の大切な霊具であった示針が投げだされ、何者かに急襲されたということを物語っていた。そして……示針の傍らには、アルトラの気配のするノードの痕跡があった。
シュウがナノグ事変についてアルトラの関与を疑っていた頃、シュウが何人もの人間を不当に救っているとアルトラから霊族長議会に密告があった。それが原因で、一年に及ぶ審議の結果、シュウが人間に手を貸していたという事実が数多く発覚し、彼の処刑が決まった。
アルトラが何らかの目的で、雪霊族の殲滅を図っていたことは明白だった。そしてシュウは結局、ソフィアの潔白と雪霊族の無実を晴らすことができずして霊社会から逃亡し、世界中を逃げまどう身となった。
今もシュウの手の内にある、ソフィアの形見の示針を大切に携えて――。
『これに、見覚えがあるでしょう。ソフィアのなんだ』
シュウはアルトラに見せつけるように、示針を高く掲げた。世界中に一振りしかないこの霊具は、光のない場所でもきらきらと星のように輝いて眩い。
シュウは罪を見据えるかのように、アルトラの挙動を見逃さない。
『君はもともと、雪霊族に深い恨みがあったんだね』
「シュウ……くん?」
青銀の瞳の、凍てつく視線。ターニャは今日ほど、シュウの視線を冷たいと感じたことはない。その瞳は人のそれではなく、完全に一体の自然霊、精霊としてのまなざしだった。もともとは人として生を受けた身でありながら、リチャード=マイナーの面影は微塵もなく、ただ、精霊として過ごした彼の孤独な時間が凝縮されている。
今の彼にとっての仲間であり家族はジャクリーン=マイナーではなく、失われた11体の雪霊族であったかもしれない。
彼の全てを知るターニャの胸が、ずきりと痛んだ。