第15話 花霊が南国から出荷されて北国に来てしまった件
「遅かったね」
ターニャがそう言いながら内側からかけていた鍵をあけドアを開くと、シュウとルカが前につんのめるようにして必死の形相だ。時刻は6時半だ。ターニャが二人と別れてから、およそ5時間が経っていた。
彼女はストライプのエプロンをして、部屋の中にはつくりかけの料理、おそらくトマトソースのよい匂いが漂っていた。湯気にあてられて上気して、彼女は頬をピンクにしている。異状はなさそうだ。
『よかった……』
シュウは今にも泣きそうな顔をしている。ターニャはきょとんとしているので、彼女はまだアルトラに見つかってはいないようだ。彼女はルカが言いつけたとおりに買い物のあと日没前にまっすぐ家に戻って、それからは一歩も外に出なかったらしい。ルカはひとまずほっとした。
「え、ど、どうしたの?」
「何かかわったことは?」
ターニャにとって変わったことといえば、シュウとルカが退治したと思われる霊を連れて帰ってしまったことぐらいだ。先ほどから、霊はずっとターニャのベッドの中でおとなしく眠っている。しかしそんなことが言えるはずもなく、あくまでもシュウとルカには内緒だ。彼らに見つかってしまえば、ピンク色ドレスの霊は今度こそ木っ端微塵にされてしまう。彼女は取り繕うように、二人を家に招きいれた。
「ごはん、できてるよ。今日はねー。へへ、頑張っちゃった」
スーパーマーケットに立ち寄って帰ったのだが、キャベツと肉が安かったのでガルブツィーを作っていたところだ。ガルブツィーとはこのキリクの地域で食べられる、トマトソースで煮込んだロールキャベツ風の伝統的な料理で、彼女の母親は様々なアレンジを加えてよく作ってくれたものだ。一人では量が多くてなかなか料理を作らない彼女も、二人だと思うと料理を作ってみようかという気にもなる。
結果的に料理づくりの練習にも繋がり、今後のためにもなって一石二鳥だった。
ルカは、そんな彼女の姿を見て懐かしい思い出に浸っていた。もう長い間忘れていた……家に帰ると出迎えてくれる妻がいて、温かい料理が待っている。サラリーマンだったルカは営業の仕事を終えて、お腹をすかせて帰るだけでよかった。あの幸福だった日々は二度と戻ってこないと思っていた。しかし、それが模擬的なものであったとしても、今、ターニャがそれを思い起こさせてくれている。ターニャは自立志向が強く男勝りだが、意外と女性らしい面もある。彼女は各部屋に花瓶を置き、花を生けているし、部屋の中はきれいに整理整頓されて趣味のよい小物が飾られている。カーテンもテーブルクロスも真っ白、シンクもピカピカ。書類等もきちんとファイリングされて、細やかな部分に神経を行き届かせた暮らしぶりだ。
「待ってね、あとちょっとでつけ合わせができるから。デザートもあるんだよ」
「ありがとう、わたしもすぐ手伝おう」
同居の条件として、料理はルカとターニャで分担という決まりだ。彼はすぐに手伝いを申し出た。
「ちゃんと手洗いとうがいしてね。エプロンも」
この街では今、寒波と乾燥によってインフルエンザが流行している。そんな配慮もルカは嬉しかった。彼女はポケットに入れていたタイマーが鳴ったので、小走りに台所に走っていった。シュウは彼女がキッチンに行ったのを完全に見届けてから、真剣な面持ちでルカを振り返った。
『ルカ! 霊がいるよ!』
シュウの声が、ぴりっと緊張していた。それをうけてルカも、すっかりオフになっていた気分を切り替え、先ほど使ったばかりの静杖を再び握りしめた。ルカは霊の存在に気づかなかった。シュウはターニャを怯えさせないために、気付いていても彼女には敢えて知らせなかった。そんな小さな配慮にルカは驚かされる。ルカならば彼女を真っ先に避難させようとするだろうが、今後霊と見えることが日常茶飯事となるターニャに、最初から恐怖を与えないようにとする、彼の思いやりを垣間見た。
「近くにか?」
ルカは微弱すぎて、霊気を感じない。それは逆に、それほど強大な霊ではないということを示していてひとつの安心材料とはなった。アルトラやブルータル・デクテイターでなくてよかったという思いが、真っ先に過ぎった。
『ううん……家の中だ。ターニャの部屋にいる。霊力は強くない』
自然霊であるシュウの霊に対する体内センサーは、ルカよりも数百倍高い。彼はルカが感じることのできないほど微弱な霊気も察知し、その詳細を特定することができる。今、彼は霊が家の中に、それもターニャの部屋に潜んでいると言っている。ルカは驚愕した。そんな、……そんなことがありえるはずがない。あれほど厳重に結界を張っていたというのに、この家の中に既に霊の侵入を許していたとは……! シュウでなければ気付かなかった。
「何だと!? わたしの結界を破って侵入したということか?」
霊族長クラスならルカの結界のほころびを見つけて侵入するものがあるかもしれないが、シュウが察知した霊気はルカが感じられないほど微弱だ。一体どうやってターニャの部屋にまで侵入したというのか! ルカは昨日、入念に結界を立ち上げて、今朝も綻びがないかどうか何度も確認した。ルカはポケットの中から、青い切子ガラスの小瓶に分けられた聖水を取った。彼女は今、料理に夢中だ。気付かれないうちに、ターニャの部屋に踏み入る。しかし、部屋には鍵がかかっていた。彼女のガードの固さには感心するが、シュウにとって鍵のかかった部屋はさして問題ではなく、ドアをすり抜けて一足先に部屋の中に入った。
中から、扉が開いた。シュウがあけてくれたのだ。家の中で、静杖を振り回すことはできない。ルカは入るなり聖水を浴びせて霊を一瞬にして溶かしてやるつもりで、勢いよく踏み込んだ。
しかし霊の姿が見えない。
「どこだ。何かいるか?!」
『そこにいるよ。寝てるみたいだ……』
ルカが部屋に入って彼女のベッドを見ると、呆れたことにルカが想像していたサイズよりずっと小さな霊がターニャのベッドの中で、すやすやと布団を被って寝ているではないか。
「ちょっと! どうして勝手に部屋に!」
廊下に出てきたターニャに彼女の部屋への侵入が見つかってしまったが、今はそんなことは問題ではない。後ほど、しこたま詫びなければ彼女の気がおさまらないだろうが。
「勝手に踏み込んですまない。だがそれは後だ。ターニャ、これを見てくれ……何も知らないか? 布団をかぶって寝かしつけられているように見えるが、君が連れてきたんじゃないのか?」
ルカはターニャの肩をがしっと持って、彼女の瞳を見据えて問いただした。娘を叱る父親のようでもある。彼女は勝手に部屋に入られたのが不服らしく、少しうつむき加減にすねてみせたが、ややあって白状した。
「……かわいかったから。小さかったし……大丈夫かと思って」
「きみは一体、何を考えてるんだ!」
そんな二人のやりとりには参加せず、シュウは、ベッドで休む霊をじっと見つめ、手をかざして霊気をさぐった。霊はそれぞれの霊族に特徴的な霊気を発している。それをテイスティングし、シュウは長い経験を基に記憶を辿る。
『……花霊(スプライト オブ ブロッサム:The sprite of blossom)だ』
「なにその炭酸飲料みたいな名前」
スプライト(Sprite)と聞いてターニャがまっさきに連想したのは、炭酸飲料ぐらいだ。
「開花を呼ぶ妖精だ。油断をしているうちに浄化しておこう」
ルカは霊に近づき、霊の真上から聖水を注ぎかけようとした。聖符を使ってもいいが、浄化する際に高熱を発するのでベッドのシーツがこげる。聖水はライザ修道会本部で聖別され、強力な法力の込められた清流の水だ。霊力の弱い霊は聖水を浴びただけであとかたもなく溶けてしまうだろう。シーツはルカが洗濯をすればいいだけで、こちらの方が部屋を汚さずに済む。小瓶の蓋を取り、今にも霊にかけようとしたところで、はしっと、シュウが両手でルカの手首を押さえた。
「何だ」
『スプライトは稀人を襲わないよ。稀人のことも知らないし、花の蜜を飲んで生きてるだけだ……それでも浄化するの? それでもと言うなら、僕はもう何も言わないけど』
シュウの性格は純朴だが、人の良心に訴えかけるのがうまい。ルカは先ほど、例のホテルで人霊に同情した。それと同じ感情を、このスプライトには向けられないのか。シュウはそう言っているように聞こえる。彼は多くの人霊の言葉を代弁していた、何故、人霊以外を哀れまないのかと。
ターニャも花霊の顔を覆うように、聖水を受けようと手を差し出していた。ターニャは花霊を庇っている。彼女も同じだ。彼女はクリスチャンでもないが、“隣人を哀れみ”、霊にも人間にも野生動物にも、わけへだてなく献身的だ。聖職者のルカだけが教義を守っていない。
ターニャの安全を最優先したかったからといっても、少しだけルカは自らの狭量を恥じた。
「ルカさんやめて。私は大丈夫だから」
ルカは二人がとどめるので、ルカは遂に聖水に蓋をした。ターニャは花霊を抱き上げて自らの腕に抱いた。ルカに奪われて除霊されないようにと必死だ。
「何で花霊がこんな真冬の雪国に迷い込んでるんだ」
『もともと春の国の花畑にいて、雪国には来ないんだけど……。どうしてここに来てしまったんだろう?』
シュウにもその理由はわからなかった。だいたい、自然霊の支配下にあるスプライトは地縛されていて、出生地から外に出られないのだ。スプライトには“持ち場”というものがある。持ち場を離れることは許されず、霊力が足りない為移動することもできない。もし破った場合は統括者である自然霊から殺される。世界中を自由に移動できるのは、ごく一部の自然霊や霊族長だけだ。この小さく貧弱な霊が、どうやって暖かな国からここまでやってきたのだろうと、シュウは疑問だった。
「花畑に住み着く霊だってこと?」
ターニャは興味津々だ。
『そのはずだよ。最近はでも自然の花畑が少なくなってきて、人の作った栽培場や花園にもいたりするみたいだけど』
ルカは暫らく考え込んでいた。合理的な理由がなければ、何か他の霊の新たな動きがあるのかと心配しなければならないからだ。たとえば、花霊の霊族長 スロウレイン(Slowrain)がこの街に来ているのかという心配だ。アルトラの通ってきたノードはシュウが塞いだ。だが、スロウレインが新たなノードを開き、キリクの街に入っているのかもしれない。そんな深読みをしていたところターニャが何か思いついたらしく、きらきらと表情を輝かせてこう言う。
「栽培場に住んでいて、うっかり収穫された花々と一緒に雪国に出荷されたんじゃないかな?」
彼女の鮮やかな推理に、ルカも納得だ。しかし、それが真相だとすると、不憫だというか間抜けというか。この花霊はどことなく、鈍くさそうだ。
「その線はあるな」
「え、わっ、起きた!」
花霊はあたりが騒々しいので、目を覚ますなり、怯えたようにターニャにしがみついた。ターニャは驚いたが、霊はシュウとルカを見るなりじっと固まったまま動かなくなった。ルカから見たターニャはますます、ピンクのフランス人形を抱いているようにしか見えない。
「気をつけろ。小さくても霊は霊だ」
ルカは念のため静杖を構えて、シュウはそんなルカに気をもんでいる。
「あ……。怖がってるみたい。やめてルカさん、それおろして。大丈夫だよ、怖くないからね」
彼女は子供をあやすようにそう言ってみたが、花霊の体格と同じように小さな声が聞こえてきた。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
霊は謝罪の言葉を繰り返すばかりだ。子供のようなあどけない女児の声でかわいらしいのだが、花霊は何かに怯えきっているらしく、ターニャにしがみついたまま振り向こうとしない。あまりにも謝るので、ターニャは心当たりがなく問い返してしまった。
「え、何がごめんなさいなの?」
ターニャには霊の言葉が聞こえる。どうやらシュウと出遭ってから、霊感が強くなってしまったようだ。それは彼女も自覚していた。
『……殺さないで』
シュウはその言葉を聞いて、そういえばと思い出して、ターニャの部屋の外に出て行った。霊はシュウの姿が消えると、少し落ち着いた様子だ。ルカはまだ静杖を携えている。つまり、花霊が怯えているのはルカではないといことだ。
「あれ、怖いのってシュウ君なんだ」
シュウはダイニングから花の咲いた鉢植えを取ってきた。ターニャが被写体にと買っていたものだ。偶然にもそれは彼女のドレスと同じピンク色の花弁のサルビアだ。
『大丈夫だよ。掟なんて関係ない。そしてスロウレインにも言わないよ』
彼女は、信じられないといったように薄紫色の瞳を開いてシュウをまじまじと見つめると、与えられたサルビアの鉢に、暖をとるかのように小さな手をかざした。
「シュウ君、どういう意味?」
ルカがシュウの代わりにターニャの疑問に答えた。
「スプライトは自然霊と違ってその土地に地縛されている。領分を侵してその地を離れてはいけないんだ。それは自然界の法則を侵すことになる。ここは雪原地帯であり、霊族長 シュウの領分だ。領分を侵したスプライトは、その領分を支配する自然霊に殺されなければならないという掟がある」
「シュウ君に殺されると思ってたってこと?」
スプライトにとって恐ろしいのは、実は聖職者や霊能者ではない。彼らを断固とした掟のもとに支配する自然霊だ。霊能者はスプライトを殺せないが、自然霊は完全にスプライトを殺すことができる。そして自然霊は基本的に霊社会のヒエラルキーの最上位に位置し、人霊はおろかスプライトや雑念体、思念体に至るまで全ての霊を、その強大な霊力によって殺すことができた。
だからシュウに殺されて当然だと、花霊は怯えていたのだ。
「そしてこの霊は生花のないところでは、息絶えてしまうんだよ。わたしたちが酸素のないところで死んでしまうように」
生花、できれば切花ではなく鉢植えの花の傍にいるだけで、花霊は生きながらえることができる。だが、その周囲を離れることは体力を奪われる。花の咲きにくい北国という環境は、花霊にとっては死と隣り合わせの苛酷で絶望的な環境であるといえた。
「えーっ!? なんだか可愛そう……。何とかしてあげられない?」
『春になるまで、新鮮な生花があれば大丈夫だよ』
「もしくは、花の鉢植えとともに花霊を宅配便に入れて、もといた国に送り返すことだな」
ルカはそう言ったが、それが一番手っ取り早い。花霊の出身地さえわかれば、現地の公共機関に花の差し入れとして送りつけてもよかった。花霊の姿は見えないだろうし、美しい花を選んで共に贈れば、差出人の詳細がわからず心当たりがなくとも、たいていの場合は歓んでもらえることだろう。
「あーそれ名案! ねえねえ、どこの国からきたの?」
シュウは、何気ないターニャのその質問に花霊が答えられないことを知っている。シュウは花霊をフォローする。
『僕達には、人間の引いた国境なんてわからないよ……。まして花霊は移動しないんだもの。そんなことしなくても、春になって植物が芽吹いてきたら……ひとりで住みかに戻っていけるよ』
「じゃあ、春になるまで花をいつも買ってくるね」
ターニャは花霊に優しくそう言ってやった。部屋の中を花でいっぱいにするのは、ターニャにとって楽しみだ。
『ありがとう』
花霊は感無量といった様子で、嬉しそうにターニャにお礼を言った。花霊はトロっとしていそうだが性格はよさそうだ。うまくやっていけそうだった。
「ついでに、ときどきおもちゃ屋で洋服も買ってくるね」
『……え』
ターニャは心なしかはしゃいでいる。どうせ着せ替え人形用の服を買ってくるつもりだ。呑気なものだな、とルカは思った。
「着せ替え人形じゃないんだぞ」
「だって、かわいいんだもん。色んな服を着せたいじゃない。ヘアスタイルもかわいくしたいし」
こうなると、自然霊もスプライトも形無しだな。とルカは思った。霊に対して物怖じしない精神力と、度胸も稀人ならでは、というものなのかもしれないが。
「とりあえず、ごはん食べない?」
ターニャは鍋の火をかけっぱなしにしていたという、かなり重要なことを思い出した。
「いいかターニャ、君の安全のためだ。もう二度と霊を拾ってくるな。二度と、絶対だ」
ルカはその夜、パンを3個と、彼女の作った温かな料理をおかわりしながら、長々と説教をたれたのだった。もちろん、ターニャ手作りのガルブツィーの味を褒めることも忘れなかった。彼はターニャの買ってきた白いセーターと、ジーンズを穿いている。修道服はだぶだぶだったので身体のラインがよくわからなかったが、ルカは思っていたより筋肉質で、少し大きめのものを選んだと思っていたサイズも意外にぴったりだった。修道服を着なければ普通の青年だな、それも、どうしたことか好青年だとターニャはもくもくと食べ、ルカの顔をじろじろ見ながらそう思った。
ターニャは自らの服もそうだが、ファッションにはそれなりに関心があり、自分を含め誰でもトータルコーディネートをするのが得意だ。すらりと長身でスタイルのよいルカには色々な服が似合いそうだった。
「ルカさん、修道服じゃなくて普通の服にあってる。いろいろ、着てもらいたい服があるんだけどなー」
「では君がまた適当に選んでくれると助かる」
ルカは単に、買い物に行く時間が惜しいのだ。ルカは少しの時間を惜しんで、今日の戦闘で失った符を書かなければならなかった。ルカは戦闘で符を豪快に使うが、それを補充するために聖符を手作業で一枚一枚作るには案外時間がかかるものだ。ライザ修道会内では聖符を書く専門の修道士がいたが、今はルカが作るしかない。
「じゃ、私がルカさんの服買ってくるね!」
服を買ってくるという楽しみも増えた。食卓につかず、ルカの買ってきた本を熱心に読んでいるシュウはまだ着替えてくれない。ターニャはシュウの着替えを楽しみにしているのに。
花霊はといえば緊張していたのか疲れたのか、あるいはほっとしたのか、早々にターニャのベッドで布団をかぶって寝てしまった。ターニャはぬいぐるみを枕元に置いて寝るタイプなので、今更ひとつ……いや、スプライト一体加わったところで特にどうとも思わなかったのだが……仮にも霊である以上、それはまずいとルカに言われ、ルカが責任を持って引き取り彼のベッドに寝かせなおした。花霊は無邪気で大人しいが、霊力不足でルカの使役霊となるにも未熟だった。
花霊の活動時間は霊としては変則的で、早朝から日没までの間のみ活動するらしい。そしてスプライトはシュウのように実体化できない。
というわけで、全ての懸念を差し引いても花霊はとりわけターニャには安全だった。ターニャは昼間アルバイトをするが、花霊は昼間だけ活動してターニャが戻る頃には寝てしまうだろうとシュウは言う。しかも活動といっても、こんな気温の低い北国では鉢植えの傍に寄り添っているのが精一杯だ。気の毒だが、かわいらしいものである。常春の気候を好む花霊はことさら寒さに弱い。ターニャはピンク色つながりで連想したのか、サルビアという名前をつけてしまった。シュウは花霊に名前をつけることに反対をしたのだが……反対しても、あまり効果はなかった。
目下のところターニャことタチアナ=サヴィン(稀人:The Rare body)の同居人は目下のところ武装修道士ルカ=ヴィエラ。自然霊のシュウ。そしてスプライトのサルビア。
これ以上はもう、間に合っている。もう霊を拾ってこないようにしよう。
さすがのターニャもそう思った。
この借家の部屋はまだ、充分に余っているが。