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【休載中】Savage Fairytales(外伝)  作者: 高山 理図
第1章 真夜中の御伽噺
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第14話 あまりアルトラを怒らせないほうがいい

『ねえ、ルカ。考えたんだけどさ』

 壊れかけた階段の手すりをトン、トンと身軽に蹴上がりながら、シュウは思わせぶりにそういった。ルカは彼の法力によって赤く燃え盛る静杖を握り、霊の気配を探ろうと集中力を研ぎ澄ましていたため、シュウの言葉に気付かなかった。


『ルカ!』

 彼は立ち止まって、ルカを強く呼んだ。

「ああ、聞こえなかった。どうした」

『もし、ブルータル・デクテイターを斃すことができたら……ウォルターはどうするんだろう』

 シュウはどうやら本気で、ブルータル・デクテイターを斃すということを考えはじめたらしい。その気になってくれるのは嬉しいのだが、除霊中によそごとを考えて上の空だと、悪霊たちに隙を見せることになる。除霊を終えて帰ってからテーブルにつき、ふたりでコーヒーを片手にじっくり話せばいいことだ。


「……またあの男か」

 ルカは苦々しそうに言って捨てた。シュウはいつも、ウォルターという存在に縛られているように思われた。

『ウォルターは一種一体の霊を殺さないから。殺してしまったら、どう思うんだろう?』

「仕方ないと思って諦めてくれればいいがね」

 彼はシュウに報復をするだろうか? しかしそれでは割に合わない。シュウだって、一種一体の霊なのだ。いかに貴重かと考えれば、ブルータル・デクテイターと同格かそれ以上。なにしろ彼がいなくなってしまえば、地球はまず確実に温暖化する。極地帯の氷は溶け、いくつかの島国は海面下に沈む。また、気候は激変しいたるところで砂漠化が進行するだろう。


 経済損失、人的、物的被害は計り知れない。もし彼が売買されるとして値がつけられるとしたら、数兆ドルは下らない。それほどに希少な霊をルカは使役しているという自覚と自負がある。だから必要以上に過保護にもなる。シュウがウォルターに殺されるぐらいなら、ルカがその命を差し出すべきだ。シュウの命の価値はそれほどまでに重い。


「だからといってお前を殺すこともできないんじゃないか。お前は希少で、そしてこのうえなく貴重な自然霊だ。いくらウォルターでも、手にはかけられまい。もしお前を殺せば、人類は滅ぶ」

 そう言っても過言ではない。と、ルカは思っていた。だがシュウはそれを真っ向から否定する。


『ルカは勘違いをしてる。僕はそんなに貴重な霊じゃない。……たとえば僕が死んでしまっても世界的にはそれほど大きな影響は出ない。僕の代わりは水霊でも務まるからね。でも同じく一種一体の自然霊であるブルータル・デクテイターの代わりは務まらない。務まるなら、ウォルターが真っ先に殺してる。それをしないということは、ブルータル・デクテイターは自然界において重要な役割を果たしてるはずなんだ』

 シュウは瀕死になってウォルターと遭うたび何度も、ブルータル・デクテイターを殺さない理由を問いただそうとしたことがある。だが、ウォルターは一度もその疑問に答えてはくれなかった。それはつまり、“暴君”がいかに重要な役割を担っているかということを示している。ブルータル・デクテイターがこれまで殺した自然霊の犠牲、そして人間の犠牲よりもっと大きな損失が起こると想定されたからだ。

「“暴君”は……一体何の霊なんだ?」


 ルカは気になった。28の宗教団体から成る自然霊対策の国際機関である精霊対策国際協議会(ICNS)でもそれは常々議論されていた。ブルータル・デクテイターは一体、何の自然現象を司る自然霊なのか? 殆どの自然霊の領分が特定されているなかで、ブルータル・デクテイターだけが分かっていない。火、水、大地、雷など、主要な自然現象を司る霊は殆どわかってきている。減算式に、地球上に存在する自然現象をそれぞれの自然霊に対合していっても、何も余らない。


 各宗教団体の血のにじむような努力を結集した成果、何もわからなかった。各宗教団体は自然霊を駆り、ブルータル・デクテイターにまつわる情報を集めさせた。それでも、その容姿はおろか、何の霊なのかすら特定されていないのだ。暴君に近づこうとした自然霊はすべからく抹殺され、その正体は未だに明らかとなっていない。

『……わからない』

「では逆に、ブルータル・デクテイターはどの霊族を殺している?」

『満遍なく殺してるよ。特定されないようにだと思うけど』

 狡猾だな、とルカは思った。一種一体の霊であろうとするからには、その霊族を根こそぎ滅ぼさねばならない。しかしそれでは容易に、ブルータル・デクテイターの属性が特定されてしまう。そこでブルータル・デクテイターは大規模に自然霊を殺してきたのだ。自らの出自を隠すためだけに……。


 シュウはウォルターに質問したいことが山のようにあったが、そのうちのひとつに、ブルータル・デクテイターの情報もあった。だが早とちりをしたルカが、ウォルターとシュウとの会話を妨げてしまったために今回もまた、ウォルターは全てを知りながら口を閉ざしたままだ。

「ウォルターは“暴君”の正体を知っているんだな? どうやったら彼を呼び出せる? だいたい、彼はどこに住んでるんだ」

 ウォルターはおそらく腕のよい呪術者なのだとルカは思うが、そうであるからにはどこかに住まいを持っているはずだ。ウォルターの家を訪ればいい話ではないか。シュウが彼を恐れるなら、ルカがひとりで訪問してもよかった。そしてできることならば、“暴君”についての詳細な情報を求め、彼の協力を仰ぎたい。

 しかしシュウはそんな彼の計画を無碍にした。


『……彼は人でも霊でもなくて……たぶん、この世のものじゃない』

「!?」

 霊でもないとなると、彼は一体何なのだろう? ルカはぞっとした。だが、ルカの目には彼が人のようにしか見えなかった。何故なら、実体化率は紛れもなく100%。霊ではないことは明白だった。しかし……そんなことがあり得るのか?


「この世のものではない? では何だ?」

『昨日聖書をよんだけど、彼についての手がかりはなかった。もっと古い書物にはあるのかな』

「何で聖書に……」

 ルカはシュウがもはや何を考えているのかわからない。聖書に何の手がかりがあるというのか。シュウは注意深く前を見ながら、あらゆる迷いを振り払うようにいっしんに暗闇を進んでゆく。


『もう8000年以上……彼はあの姿のまま生きてる。自然霊は自然現象を司っているけれど、霊を支配する存在が多分ウォルターだ。彼は人と霊の間の均衡を保っているのかもしれない。霊が人を殺さないよう、逆に人が自然界を破壊しないように。人の味方でも霊の味方でもないんだ』


 天使か、悪魔か。ライザ修道会はウォルターという存在を知らない。霊たちの間に君臨する調律者がいるなど……。その事実を精霊対策国際協議会に報告しなくてもよいものか。これはあまりに重大な情報だ。ルカはウォルターに対する認識を改めた。呪術師のような風体と馴れ馴れしい口調は、カモフラージュというわけなのか。

「彼を呼び出すにはどうすればいい? 何か知らないか?」

『こっちが意図的に呼び出すことはできない。僕が死にそうになるか人を殺せば出てくるよ……今までは』


 まさに神出鬼没……その振る舞いはまるで霊のようだ。だが、シュウは彼が霊ではないことを知っている。ウォルターは地球上を変幻自在に移動する。南極大陸に現れた1秒後には、もう北極点にいたりする。この機動力……断じて霊ではない。何故なら、霊は瞬間移動のようなことはできない。姿が見えているか見えていないか、浮遊しているかどうかに関わらず、必ず移動を必要とする。ぱっと消え、別の場所にぱっと現れることなどできないのだ。


 もう一つ、霊との決定的な違いは……死者を蘇らせ、霊を殺すことだ。彼は自然霊によって犠牲となった人間を瞬時に癒し、死体が粉砕されていない限りたちどころに蘇らせることができた。そして、実体を持っていながらにして、霊を殺すことができる。空を翔け、少なくとも8000年もの間老いず死なない。


 シュウは彼を、青年の姿に身をやつした神のような存在だと思っている。そんな絶対的存在である彼を霊が呼び出すことなど不可能だった。彼は自然霊を支配し、自然霊の呼びかけにはこたえない。勿論、人間にも同じように冷淡だ。彼は自然災害によって一定数の人々が殺されることを許容している。恐らく、シュウはたまたまその場面を見たことがないが、彼は人間も殺すのだろう。


 彼という存在は一体何なのだろうと、シュウは常日頃思っている。だが、一種一体の霊ではない自然霊にとって、ウォルターという存在はそれほど馴染みのあるものではない。もし自然霊がウォルターと邂逅する場合は、その自然霊の最期だ。


「お前が殺人や怪我をしたとして、ウォルターはどのくらいの確率で現れる?」

 シュウは少し考えてから、こういった。

『来なかったのは一回だけだ。ウォルターは僕を含め、全ての自然霊を監視してる』

 ということは、来ない場合があるのか……ルカは困惑した。


 集中力が散漫だなどと、シュウのことを言えた義理ではない。考えごとで頭がいっぱいになりながら、ルカが幽霊ホテルの最上階に足を踏み入れたそのときだ、ルカはいびつな結界に踏み入ったことに気付いた。霊が空間を歪めている。

「あー、不用意に入ってしまったな。またワケアリの霊がいるか?」

 シュウははっきりと首を横に振った。

『この階にいる霊は怨霊だ。人間に強い憎しみを擁き、我を忘れた霊たちだよ』

「全てがそうか?」

 ルカは無数の気配を感じている。この壁の真裏に、息を殺して無数の霊たちが潜んでいる。今にも襲いかかろうとしている様子が、シュウには手に取るように分かる。

『うん。全部だ』


 ホーンテッドホテルに入ってからというもの25分、ここにきてようやく除霊をさせてもらえるのかと、ルカは今度こそ聖符の帯封を解ききり、シュウにはルカの気迫が伝わってくる。注意深くルカは霊の気配を見積もる。右手の部屋に50体。左手の部屋に80体ほどいるようだ。

「ではわたしが右の部屋に入ろう」

『どうして多いほうを押し付けるのさ』

「悪く思うな、日没だ」

 霊の霊力は日没後に高まる。シュウはそれだけ、霊力を取り戻すということだ。だからルカはシュウに多いほうを押し付けた。無茶を言ったつもりはない。


 シュウは文句をいうのを諦めておもむろに右手を空にかざすと、彼の身長ほどの長さの手に収まるほど細い氷柱が彼の手の上にどこからともなく現れる。彼はそれを逆手に取りあげた。この霊器はシュウを知る霊能者の間では示針(ししん:Indicative icicle)と呼ばれており、あたかも逆手剣のように使いシュウの霊力を増幅する。示針に触れられただけで人は一瞬で凍死し氷塊と化し、霊はことごとく殺害される。この一振りの氷柱で、彼はいくつもの都市、名だたる自然霊を凍てつかせてきた。


「いくぞ!」

 二人は同時に反対の部屋に踏み入った。シュウが左側の部屋の壁を透過し部屋に入るなり、怨霊たちが待ち構えていたかのように十重二十重に彼に襲い掛かってきた。もはや人霊としての形をなさない怨霊たち、理性もなく、暗い影のようにしか見えない。自然霊への遠慮も敬意もすっかり忘れている。こうなってはいくらルカが聖句を唱えても聞く耳ももたないだろう。人であることを捨て自我を失った彼らには、天国への扉は固く閉ざされている。


 殺さなければ、救われない。

 シュウは示針で真一文字に空中を引き裂いた。彼の攻撃は真空を成し寒波となって一閃、数体の霊が触れただけで破裂し弾け飛ぶ。自然霊の霊に対する攻撃は魂魄すら残さぬ永遠の死を与え、死者に安らぎを与えない。


 シュウは示針を持たない左手で怨霊たちを包み込むように大きな真円を描くと、部屋の中央に球体の絶対零度圏が立ち上がる。最初はただの黒い点であったその球体は蒼い輝きを持つガラス球が膨らむように霊たちを飲み込みながら見る間に膨張してゆく。彼が閉ざした領域はビー玉のように美しい輝きを放っていた。シュウは作用領域中の一分子の運動も許さず、全ての時間が止まる。そして霊の運動も同じように止まるのだ。怨霊たちはプリズムの球体に囚われ、微動だにできなくなる。


『ごめんね』

 彼はかつて人間だった彼らに一言わびた。猛烈なスピードで示針を寸分狂わず絶対零度圏の中枢に向かって正確に投げつけると、まるでガラスを砕くかのように球体が破裂し、粉々になったそれらは最後の煌めきを残し消えていった。あとには何も残らず伽藍とした真っ暗な古い客室の中に、彼は立ち尽くしていた。それは一瞬の出来事だった。シュウは彼に割り当てられた全ての怨霊を屠ったあと、ルカの身を案じ、ルカの入った隣の部屋に入った。踏み入ってすぐ、シュウは後悔させられることとなる。


 ルカは聖符を部屋全体に張り巡らせていた。26枚の聖符から組み立てられ、十字を模した方陣は美しく整い、ざざめきながらルカの聖句を待っている。ルカの法力を通じた聖符は互いに触れ合いながら澄んだ音色を立て、その音は霊を弱らせる。


“主の御名は尊く 憐れみは代々限りなく主を畏れる者に及ぶ

御腕は力を揮い 奢者を打ち散らし その座より引き降ろし給う”


 霊に対してひとかけらの遠慮も慈悲もなく、とめどなくルカは聖句を紡ぐ。ライザ修道会屈指の法力を持つ武装修道士が神の威光に与り、霊を戒めるために揮う暴力。これでは巻き添えをくらってしまう。シュウは結界から逃れようともがくが既に深く囚われ、脱出する時間はなかった。


“安かれ!”

(Rejoice)


 ルカは静杖で十字を切り高らかに宣告すると、白い聖符が白刃の稲妻と化し怨霊たちを焼き尽くす。マグネシウムの炎をあたりにまき散らしたかのような……目を射る光条が部屋の中に龍神を放ったようにのたうちまわり、瞬時に50体の怨霊を蒸発させた。凄まじいまでの威力だ。霊たちの恨みに満ち満ちた断末魔が、そこかしこにこだまする。シュウは見境なく襲いかかって来る白い稲妻を反射的に絶対零度で凝結させ、ようやく事なきをえた。


 ルカは自然霊を駆らなくても、単独でこれほど強力な業を成せるのだ。シュウは唖然として、ルカはたとえシュウがいなくなっても、一人でやっていけそうだなと納得した。そして何故ルカが稀人の庇護に任命されたのかという理由も同時に十分理解できた。

「シュウ! そ、そこにいたのか! 怪我はないか!?」

 まさかシュウが同じ部屋の中にいたとはつゆ知らず、驚いたのはルカだ。彼は心配そうに駆け寄ってシュウに異常がないか、あちこち調べまわした。

『ないよ……でも』

「ん」

『それ……そこ、ノードだ。この階にいた霊たちは、外から集まってきたわけではなく、ノードから出てきたんだ』


 シュウは示針で、部屋の隅を指し示した。先ほどは分からなかった、コンクリートの壁が剥がれかけている。いや……よく見ると、壁の奥が鏡面のように玉虫色に歪んで見える。

「なんだと! 何故こんなところにノードが」

 ノード(結節:node)とは霊専用の移動通路のようなもので、霊力によって支持され地下に縦横無尽に張り巡らされている、霊社会の高速道路に似た共有通路だ。通路といっても地下に穴を掘ってトンネルができているわけではなく、霊力で結ばれた帯のように見えない通り道ができている。霊力のありあまる霊、とりわけ霊族長はノードの出入り口を地球上に自由自在に結ぶことができた。ノードを使えば、地球の真裏への道を結ぶことだってできるのだ。そこで霊たちは移動の際にノードを使うことが殆どだ。自然界を追放されたシュウは、ノードはもはや使えない。霊族長が結んだノードを、下等な霊が辿って各所を移動する。だから、ひとたびノードの入り口が地表に開けば、そこから懇々と下等な霊が溢れ出してくるという結果になる。そしてノードの入り口は確かにそこにあった。

 シュウはゆっくりとノードに近づき、手で触れて痕跡を確かめた。霊気がわずかに残っており、誰がノードを開いたのか分かる。


『アルトラがきてる』


 シュウは確信してそう言った。地霊を統括する霊族長、アルトラ(ULTLA)。

 彼が入り口を結んだノードだ。ルカは驚いて目を見開いた。精霊対策国際協議会がトップ10にランクしている。齢337年のアルトラは世界的に有名な霊で、自然霊社会のなかでも重用されている。土霊といっても、アルトラほど強大な霊力を持っているとMPL-Clusterという霊器を用いて地盤を司る。何が厄介かといって、彼は大陸、海洋プレートの動きを司り随意に大地震を起こすこともできる。


 人間社会にとって、アルトラほど危険な霊はない。たとえば世界中に同時に大地震がきたら……人類が築き上げてきた文明は根こそぎ覆される。考えるだけでも鳥肌が立つ。つまり、霊能者達は何があっても絶対にアルトラの逆鱗に触れてはならないのだ。したがって、アルトラのもたらす災厄についてはいくら被害が大きくても、野放し状態だった。この地球上で起こる大地震のほとんどに、アルトラが関与している。地霊たちは地震を起こす際、霊族長であるアルトラに伺いを立てる。そしてアルトラの許可のもと、大地震が計画的に起こっているということだ。


「アルトラか。……かなり厄介だな。ウォルターが地霊を殺した報復だろうか」

 ユーラシア大陸を広く治めるアルトラがこの小さな街に出張ってくる心当たりといえば、ウォルターが地霊を殺害したことぐらいか。ウォルターには後始末というか、地霊を殺した責任をとってほしいものだ。ルカならば霊を殺しはせず、神経を逆撫ですることもなかっただろうに。この街の地盤は幸いにして堅く、ここ何百年も地震を経験したことがない。活断層がないからだ。だが……アルトラは活断層すら簡単に造り出してしまう。


『ルカ、すぐターニャの家に戻ろう!』

 シュウは珍しく狼狽していた。

『……ターニャが危ない。アルトラは稀人を狙ってる。稀人の血肉の味が忘れられないって言ってた。もしターニャがアルトラと鉢合わせしたら、骨も残さず食べられる』

 アルトラは稀人の腕を喰らった過去を持つ霊族長だ。シュウは知っている。アルトラは一度稀人の味を知ってしまったがために、それ以来、執拗なまでに稀人を捜し求めている。ウォルターの粛清を恐れてか一般人の大規模な殺害はおこなっていないが、もし稀人を発見したら彼は今度こそ全身を喰らい尽くしてやると言っていた。


 稀人を喰らえば、アルトラは無敵になれると考えているらしかった。実際は必ずしもそうではないのだが、アルトラは飛躍的に力をつけることはまず間違いない。それより何より、稀人を欲する本能が疼くのだ。本能を知らないシュウには理解できない感覚だった。そんな、ターニャにとってはあまりに危険な地霊の霊族長がたったいま、この街にやってきた。これは……ターニャが見つかり取り殺されるのも時間の問題だ。なにも彼女の敵はブルータル・デクテイターばかりではない。


「アルトラがターニャを殺せば、ウォルターに裁かれるんじゃないのか?」

 過去、アルトラに襲われた稀人はというと……片腕を喰われたのち、それが偶然かどうか知れないが、咄嗟に海に飛び込んで逃れたのだ。地霊であるアルトラは水中までは追うことができなかった。水中は水霊の領分だ。その稀人は命からがら逃げ延びて、六冥宗の中枢部に匿われている。


『……ウォルターは気まぐれなんだ。必ず助けてくれるとも限らない。さっきの小さな箱でターニャに連絡してみて』

 彼は耳元に何かを当てるようなしぐさをした。電話をかけろというのだろう。ルカはそうだったと思い出して、ポケットから携帯電話を取り出し電話をかけた。幸いなことに、ルカとシュウは除霊を完了していたのでここはもはや電波圏外ではない。


「これは携帯電話(mobile phone)というんだよ」


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