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【休載中】Savage Fairytales(外伝)  作者: 高山 理図
第1章 真夜中の御伽噺
13/30

第12話 お化け屋敷の苦手な霊族長と修道士

“お母さんとお父さん、この週末にちょっとあなたの様子を見に行こうと思っているんだけど”


 久々に舞い込んできた仕事の電話かと思って自宅の電話に出たら、両親からの電話でターニャはひどくがっかりした。がっかりして直後、彼女は両親が家を訪問することが非常にまずいことだと気付く。

「え!? あー……だ、駄目! うん……ちょっと最近忙しくて、せっかく来てくれてもほらバタバタしてて悪いし……」

“あらら、仕事が軌道にのりはじめたの? ちゃんと食べてる? 体こわしてない?”

 母親は忙しいという意味を、どうやら好意的に解釈している。彼女は母親にいつも写真の仕事がない、仕事がないと愚痴っていたから、少しは仕事が入るようになったのかとほっとしたのだろう。確かに、両親の訪問を拒むほど忙しいのは喜ばしいことだ……なのだが……今度ばかりは事情が違う。


「うん、大丈夫。落ち着いたら私がそっち帰るから心配しないで」

 慌ててそう言いながら、ターニャは心の中で母親にわびた。ターニャひとりで里帰りをしようとしても、あのふたりがもれなくついてくる。

“そう、安心したわ。じゃ、少し忙しくなくなったら教えてね。すぐに行くわ”


 母親は弾んだ声で電話を切った。

 ていっても、これだもの……。ターニャは頭を押さえながら後ろを振り返った。階段を、一番上から順にシュウが雑巾を持って拭き掃除をし、ルカは洗濯物を室内に干しているところだった。ターニャの下着には指一本触れられたくないので、自分で干すからと言って別に分けている。


「ご両親が来るって?」

 ルカは既にお見通しだ。母親は声が大きいから、会話の内容が漏れ聞こえていたかもしれない。ルカが地獄耳なのかもしれないが。

「そう、でも今は忙しいからって断ったよ。会いたかったんだけどな」

「それは構わないぞ、一度ご挨拶をしておいた方がいいだろう。是非紹介してくれ」

 ルカは空気も読まずそう言うが、ターニャがルカを連れて帰ろうものなら両親に勘違いされるのは目に見えている。彼はとりわけ女性の心の機微に疎いように思える、これで元既婚者なのかとターニャはあきれてしまう。


「何て言って紹介するのよ……即、実家に連れ戻されるよ。修道士や幽霊と一緒に住んでますとか……」

「ところで前も言ったがシュウは自然霊なんだ。そんじょそこらの幽霊なんかと一緒にしないでくれ」

 ルカはタオルを干しながら、ターニャの言葉尻をあげつらう。

 バケツの水に浸した雑巾をきつく絞り、シュウは彼らのやり取りを興味なさそうに見下ろしながら、二階の掃除にあがっていった。掃除は彼の分担だ。シュウは自然霊と幽霊を混同されても、別に癇になどさわってはいない様子だ。


「幽霊で何が違うの?」

「いわゆる幽霊は人霊や動物霊を含む、ゴースト(Ghost)だよ。ゴーストは煙のように漂ってうらめしそうにするだけで人に憑依して霊障を起こす程度で、なんのありがたみもない、一方の自然霊は半実体を持ち、現実世界の物理法則にまで干渉する。しかも雪霊の彼は一種一体の霊族長(Patriarchate)でもある」


 どうだ! すごいだろうと言わんばかりにルカは得意げな顔をするので腹が立つ。

「全っ然ぴんとこないです」

「なんて言えばいいかな、彼は霊のうちでも最上格の精霊のひとりなんだよ」


 わが子のように鼻高々と自慢するあたり、親ばかもいい加減にしてほしい。ライザ修道会では持ち霊の種類と品格なるものは、それはそれは大切なのかもしれないが、一般人であるターニャには理解できない話だ。それどころか、わざわざ説明されても何が違うのかもよくわからない。昔から精霊信仰などあるように、精霊を神として崇めている民族もあるぐらいだからそれなりに有難い存在なのだろうが……。彼女はルカの言葉を逆手にとってみた。


「じゃあルカさんこそ、そんな凄いシュウくんをもっと大切にしてあげてよ」

「わたしは一刻だって彼への敬意と感謝を忘れた事はないよ」


 それであの扱いなのか、と彼女は閉口する。確かにルカはシュウをかわいがっていて、あらん限りの愛情を注いでいる様子だったが、彼はルカがどんなに対等だと思っていても、いくらフレンドリーに接したとしても、喩えるならば飼い主と犬の関係、彼はいつだって首輪をされてルカに支配されている。しかも部屋中、ルカのホーリーグッズというか修道者、聖職者の持ち物が散乱していて、彼は地味に少しずつダメージを喰らっているに違いない。ルカとの相部屋で心地よく過ごしているとは信じられなかった。


 ルカの持ち霊でいると、シュウの持病のうつ病はみるみるうちに進行するんじゃないか、ターニャはそんな心配までしていた。

「ところでシュウくんて、そもそも何歳なのあの子? 大きくならないの?」

「数十年は生きているようだが、実年齢はわからない。そして……」


 自然霊の中では何年生きたかということは大事なことのようで、どの霊も正確に彼らの年齢を言える。しかしシュウは自身の年齢を知らない。彼はある時期の記憶が、すっぽり飛んでいる。記憶喪失なのかと思いきや、そうでもないらしい。それもまた件のウォルターに関係がありそうな事柄だった。ルカはもう一度ウォルターという男に会いたかった。そして彼の正体を突き止めるべきだと思ったのだ。


「彼はずっと人の血液を飲んでいなかった。人の血液は特に高栄養で、微量元素なども含まれており雪霊にとって生存に必要なものだが、飢餓状態にあったんだ。ライザ修道会に帰属してからは輸血用の血液を定期的に与えているし、なにより稀人である君の尊い血も受けた。変化があってしかるべきだ。わたしが気づいた変化は、シュウの実体化している時間が他の霊と比べて極端に長く、より高度に実体化しはじめているということだ」

「実体化?」

「彼は日光を燦燦と浴びながら朝でも掃除をしているだろう。掃除機をかけベッドのシーツを取り替えて雑巾を絞り階段を拭いた。どれも、簡単なようで霊にはできないことなんだ」

「へえー……」


 現実世界の物に触れそれを動かして掃除をすること。それは霊にとって当たり前のことではないのだ。実体化していなければ現世のものに触れらなれないが、シュウは自然霊たちが一般的に実体化できない時間帯でも実体化している。つまり日中のほとんどだ。ターニャと初めて出会ったとき、彼は朝起きてコップを持って水を飲んだ……。つまり彼はもともとはっきりと実体化していた。それが、ターニャの血液を獲てから一段とその傾向が強くなったようだ。


「じゃ、もしかしてそのうち他の人にも見えるようになって、人間の男の子と変わらなくなる?」

 半ば期待を込めて、ターニャは訊ねた。

「そんな話は聞いたこともないが、この様子だとなるかもしれないな。昼間、日光のもとで鏡に映るようになってしまえば、それはもう普通の少年とそれほど変わらない」

 何故、彼にかぎってそんなことができるのだろう。とルカは深刻に考えはじめた。霊といえば透けていたり化けて出るものだ。彼だけが実体化できる理由が見当たらない……やはり彼の胸の傷と関係があるのだろうか。

「へー、じゃあシュウくん人間になるんだ。やっぱり服買ってあげなきゃ! ルカさんも買い物に行こう!」

 あまり怖くなくなりそうで喜ばしいとターニャは思ったのか、彼女はシュウの実体化を歓迎している様子だった。



 彼女に強引に連れ出されて家の外に出てからというもの、ルカは街のメインストリートをターニャのあとについて歩いていた。この日は祝日とあって、街は人で賑わっていた。ターニャは修道服を着た彼が、どことなく上の空のように見えたが、ルカは油断なく道すがら何人の人々がシュウに気づくかを観察していた。霊視の訓練を経ずとも生まれつき霊感の強い人間はいて、自然霊や幽霊の存在を察知することは確かにある。だが彼らは殆どの場合、霊が視えることは日常茶飯事なので霊がいても黙って見過ごすだけだ。


 ルカは以前、3体の持ち霊を伴って夜の街を1時間歩いていても、気づいていたのはせいぜい一人か二人がいいところだった……。しかしまだ日の高い間であるにもかかわらず、まだ10分も歩かないうちに5人がシュウに気づいて振り向いた。これは経験的に、平均よりかなり多い人数だ! 


 振り向くということは霊感のある人間ではないということを意味している。何故なら霊感がもともとある人間は霊を見過ごすだけで、係わりあいになりたくないものだからいつものことと二度と振り向いたりはしない。しかし、それまでまったく霊感のなかった人間に突然シュウが見えたとしたら、今のはなんだろうと驚いて振りかえり確かめようとする。


『ルカ。僕のこと見てくる人がたくさんいる。変だ』

 ルカが感じた違和感をシュウも感じているようで、彼は不快そうにルカにうったえた。彼は人間が決して嫌いではないが、だからといってじろじろ見られたいかというとそうではないようだ。ルカは視線も顔の向きも変えず、小声でシュウに囁いた。


「そのようだ。姿を消すことはできないか?」

『無茶だよ』

 意図的に現れることはできても、消えることは霊にとっては難しい。彼は薄い白衣を着た裸足の子供だ。肌は白く青ざめているし唇にも顔にも血の気もないばかりか、身体も半透明に透けている。彼の姿は霊感のある者には目立って仕方のない存在だった。


 ターニャは無意識にシュウと手を繋ごうとしていたので、ルカが代わりに彼女の手を握った。人目のあるところでシュウにかまってはいけない、あたかも彼など最初からいなかったかのように振舞わなければ。しかし驚いたのはターニャである。

「何するの!」

「カモフラージュだよ、シュウの存在は忘れるんだ。怪しまれる」

 ターニャはさっさとルカの手を振りほどいた。

「もしバレても大丈夫だよ。シュウくんって、この街では何十年も前から有名人? てか有名霊だからね」


 シュウは立ち止まった。ターニャと初めて会った日にも彼女が言っていたが、信じられなかった。

『どうして?』

「前から、事あるたび雪原地帯に迷い込んだ人を助けてくれてたでしょ。だから民話や伝承になってて、君に一目会いたいって人はこの街には結構いるんだよ。君に会いに行くツアーなんかもあったぐらいだし! まあ、そう簡単には会えなかったみたいだけど」

 彼の存在そのものがちょっとした街おこしのシンボルになっているということを、彼は知らなかった。

『そうなの?』

 彼が有名になればなるほど他の自然霊たちから標的にされるのだと、彼は先日ターニャに言ったばかりだ。彼がターニャの話を信じようとしないので、ターニャはその証拠を見せようと、ふらりと本屋に立ち寄りある一角に彼を連れて行った。

「ほらみて、君の特集コーナー」

『なにこれ!』

 キリク地域関連の書籍コーナーには、冬になると毎年のようにシュウの特集がずらりと組まれていた。民話の短編集や、シュウと逢った人々の体験談をまとめた本、彼を追うミステリーツアーなどなど。様々なアーティストによって描かれた画集も出ているくらいだ。


 彼はますます青白い顔になって、画集の一ページを開きターニャに掲げもって見せた。彼が本を持ったことで本が宙に浮いたので、ターニャは慌てて表紙に手をかけて支える。ターニャのすぐ後ろにいた老婆が、眼鏡を上げ下げして不思議そうに見守っていた。老婆にはシュウの姿が見えない。


 そして彼はイラストと彼自身を交互に指差して彼女に尋ねる。

『この絵、僕に似てるの?』

 鏡に映らない彼は、自身の姿を知らないのだ。

「似てる似てる! そのまんまだよ! なんなら実物より美化されてるよ」


 ルカも興味深く思ったのか、手にとって本を読む。ルカはターニャに改めて教えられなくても、街に伝わるシュウの伝承の数々に、子供の頃から親しんでいた。キリクの街の雪原の、地図にない森にいるお人よしの子供の精霊。世界中に民話伝承は数あれど、現在進行形で記述され続ける御伽噺は珍しい。


 ライザ修道会にてシュウの存在が確認され現実のものと知ったとき、ルカは何としてでも彼を手に入れたいと執念を燃やしていた。そのシュウが今や、ルカの法力により拘束されて街をぶらぶらと歩き、書店で自身の伝承に驚いている。伝説の自然霊も随分身近になったものだ。

 彼は指で記述を辿って、困惑したような顔をした。


『こういうの、やめてほしいんだよね。遭難者は別になりゆきで助けただけだし、大々的にやられるとすごく迷惑だよ』

「他の霊たちに睨まれちゃった?」

『そうだよ! もう散々だ』

 年に一度程度行われる霊族長(ペイトリアークト:Patriarchate)たちの集会でシュウへの厳重な処罰が決まったのはつい2年前のことだ。罪状は、霊族長でありながら人間に肩入れをし自然霊の権威を貶めた、というなんとも理不尽なものだった。自然霊の権威って何なの、と彼は思うが、抗議しても多勢に無勢だ。自然霊は人間社会に冷ややかだ。彼は霊族長会議の審判が下った瞬間から死に物狂いで逃げたが、捕縛されれば長きにわたる拷問刑に処されることになっている。


 今はライザ修道会に身柄を拘束されているので自然霊たちに襲われる恐怖からは免れているが……。それもこれも、もとをただせば全て人間がらみだ。でも、霊族長とやらの権威を保つために以前のように殺人を再開すればウォルターがすっ飛んできてシュウを殺そうとするだろうし……。なら一体どうしろっていうんだ。どちらかを立てればどちらもたたず。正直、シュウはそんな気持ちだ。


「まあそう言うな。悪いことばかりでもないだろう。修道会の所属となったからには霊族長たちの粛清からも逃れられるじゃないか」

『そうだけど、人間に捕まった霊族長が自然霊の中でどんな扱いを受けるか知ってるでしょう?』

 人間にとらえられ、辱めを受けた時点で処罰は更に重くなる。もはや彼が自然界でいっぱしの自然霊として生きてゆくことは不可能だといえた。


「なーんかシュウくんてこう、いつも思いつめてるってか。そういうちょっと理屈っぽいところとかー。せっかく皆に慕われてるんだし、もっと明るくなった方がいいよ。この際だから打ち込める趣味でも見つけてみたら?」

 ターニャは趣味のコーナーにシュウを連れて行った。ウィンタースポーツの特集が組まれている。キリク地区にはスキー場が数多く建設されており、しかもシュウが近くに住んでいるからか、良質のパウダースノーが降ることで有名だ。欧州の数多くのスキーヤー、スノーボーダーも新雪を求めて毎年この街を訪れる。


「そうだスキーは!? スノーボードもあるよ!」

 ルカと3人で、ウィンタースポーツと洒落込むのもいいかもしれない。ターニャはスノーボードが得意だったし、シュウもすぐに要領よく覚えそうだった。上手く滑れなければ最初はそりで……などとターニャは妄想が膨らんだが、シュウは気が乗らないらしく、ふてくされたように唇を突き出した。ルカも口を差し挟んだ。


「頼むから目立つことはやめてくれ。無人のボードがひとりでに滑ってゆく光景がありありと目に浮かぶよ」

「じゃあインドアな趣味にする? 一緒に写真でもやろうよ、あとは料理とか編み物とかになっちゃうかなー。あれ? 消えた!?」

 ターニャが彼のために様々なジャンルの趣味の本を選んでいる間に、シュウの姿は書店から忽然と消えた。どこかに行ったからといって、迷子呼び出しをするわけにもいかない。


「先に外に出たみたいだ。霊気が外にある。ターニャ……君は彼を子供のように扱いたいのだろうが、あまり彼に“人間らしく”を求めるのは酷だ。たとえ自然界からは追放されてしまっても彼は自然霊だ、人間にはなれないんだよ。プライドもある。彼は少なくとも君の数倍は生きて、勿論わたしより年上だ。あんな姿をして口調もあどけないからついつい子供扱いしがちだが、彼は自然霊としては立派なおとななんだよ」

「でも、趣味もなければ暇じゃない? ……立派なおとなならなおさら、趣味のひとつでもどうかと思って」


「そういえば昨日、彼に本を何冊か買ってあげる約束をしていたな」

 ルカは買い物かごに何冊か手ごろな書物を入れる。趣味、読書も文学的で悪くないかもしれない。しかしルカが手に取って買い物かごに積む本といえば科学専門書ばかり、ターニャでも内容を理解できるかどうかわからないといった難解ものだ。嫌がらせかとすら思えてくる。


「え、ルカさんて教育パパ? もっと小説とか気楽な読み物に……」

 彼を賢い子に育てたい気持ちはよーくわかるが、受験をさせるわけでなし、難関大学に行かせるわけでなし、これでは彼の気分転換にならないではないか。もっと明るく笑い飛ばせるような軽い読み物を選ばなければ、ますます彼の眉間に皺が寄ってしまうことだろう。


「彼には充分な理解力があるし、そもそも好いた惚れただの人間の小説に興味を持つと思う? こちらの方が彼は好きだ」

 自然界の法則を司る自然霊に科学を学ばせるなんて釈迦に説法もいいところなのだが、彼が知らない部分も多少はある。外に出るとシュウが、より思いつめた様子で書店のわきの階段に座って待っていた。よほど暇なのか、拳大の雪だんごなど作って縦に積み重ねているところだ。どことなく寂しげに見えたのは、ターニャの気のせいだろうか。


「待たせたね。お前の好きそうな本を買ってきたよ」


 書店を出た後、ターニャは二人を衣料店と子供服の店に連れて行くつもりだった。しかしその予定は唐突に狂わされてしまった。シュウが街のど真ん中で異変を感じてしまったのだ。ルカの隣を歩いていた彼は不意に立ち止まった。

『……!』

 ルカはシュウの行動を受けて緊張した面持ちで修道服のポケットに手を滑り込ませる。聖符に触れながら、小声で彼に尋ねた。

「どうした?」

『ルカ……霊だよ。左真横』

 シュウは振り向かないが、ルカはちらりと視線を左にやった。彼の示す方向には、古い小さな路地が見えた。不穏な気配を感じるが、ルカは明瞭な霊気を感じない。同じ霊であるシュウの方が、霊感はいいはずだ。

「? 霊気はないぞ。何の霊だ? 自然霊か?」

『自然霊ではないけど、霊だ。たくさんいる』

 シュウは歯切れの悪い物言いだ。気配が多すぎて、彼にも特定できないのだ。

「……ターニャに気づかれたのか」

『……気付かれたのかな、殺意がある。ビシビシ感じるよ』

「狙いはわたしか? お前か? ターニャか?」

 ルカはルカとシュウが歩みを止めたことに気付かず先を行くターニャに、わざと携帯電話をかけた。2コール目で彼女は電話を取り、うっかり振り返ろうとする。


「振り返るな。霊に見つかった。近くに何体か潜んでいるかもしれない。君は我々と別行動をして、買い物はしてもいいが、日暮れ前には必ず家に帰るんだ。わたしとシュウは遅れて戻る。いいね?」

 いいね、じゃないわよ。などとターニャは何か反論することが予想されたので、ルカは手短に会話を済ませ、電話を切った。大丈夫だ、たとえ見つかっても日暮れ前に家に戻れば、彼女に実害はない。

 そしてターニャを見られたからには、ルカは一体として逃すつもりはない。



 彼女は仕方なく一人で店を巡り、ルカのためにセーターとジーンズを、シュウのために子供服を何着か買って、一応言いつけどおり、帰り道を急いでいた。買い物をしていたのは時間にして、3時間ほどだっただろうか。彼女が選んだ服は彼らの趣味を一切きかず完全にターニャの趣味だから、彼らが気に入ってくれるとは思っていない。試着もしなかったのだからどうせ、サイズすら合わないに決まっている。ぶかぶかの服を着るか、ピチピチの服を着るかというと、ぶかぶかの方がターニャにはましだと思えたので少しサイズが大きめの服を選んで買ってきた。大量の服が詰め込まれた大きな紙の手提げバッグを手に、朝通り過ぎた噴水に差し掛かる。


「あれ……」

 ふと噴水に不自然な色があったので不審に思って注意を向けると、ピンク色のものがぐったりと噴水のふちに干物のように引っかかって横たわっている。水面にはシュウが先日張り切って気温を下げたおかげで、薄氷が浮いていた。それは少女だった。衰弱しているのか、寒さに凍えている様子だ。


 少女は息もたえだえといった様子だが、ターニャは一目見て彼女が霊だと分かる。何故なら、少女の身長はわずか30cmほどしかなく、その大部分が透けていた。シュウとルカにこっぴどく灸を据えられたのだろう。ターニャは注意深く近づいて、つんつんと持っていたカサの先で少女の足首のあたりをつついた。反応はない。


 霊を見たからといって、ターニャはもう悲鳴を上げることもしない。ここのところ毎日非日常ばかり、もう矢でも鉄砲でももって……持ってこられたら困るが。

「ルカさんが近くに霊がいるって言ってたの、この子のことかなあ……」

 霊は桜色の巻き毛と睫毛、キラキラと陽光に反射する桃色のふわふわとしたレースのドレスを着ている。まるでピンク色のフランス人形が行き倒れているようだ。霊は霊でも、こんなかわいいお人形タイプの霊もいるのかしらとターニャは興奮する。家の中に置物として置いてあっても気付かないほど愛らしい。

「かわいー!」

  ターニャにとっては小さくても立派な敵なのだろうが、少女のあまりの可愛らしさに負けて、ふと拾ってかえりたい気分になった。万が一人を襲う霊だったとしても、そのおちょぼ口ではターニャを喰らう事はできないと思ったからだ。小さいから他の霊よりは安全だろうと、ターニャはすっかり油断してしまっていた。

「うち、くる? ルカさんとシュウくんには内緒で」

 霊はがっくりと項垂れていたのかもしれないが、どこか頷いたように見えたので、ターニャは都合よく解釈して少女をブラウンのストールでくるんで大事に抱えて連れて帰り、彼女のベッドに寝かせた。そしてターニャは彼女を寝室に残し、そのまま夕食の準備にとりかかった。



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