想い出の放課後
『華菜ちゃん……!』
顔を真っ赤に、そして真剣な眼差しで私に想いを伝えてくれた幼馴染の声が耳について離れない。その後の諦めたような、泣くのを我慢しているような顔も。
なぜあんな事を言ってしまったのだろう。
私達以外の生徒が全員下校した静かな学校。そのオレンジ色に染まった廊下を、薄汚れた上履きの必死に走る音だけが響いていた。
まるで、世界に私だけしか居ない感覚になる。それもそうか。今まで私の世界にはその幼馴染――真奈美――しか居なかったのだから、唯一を突き放してしまった私には何も残らない。惨めで淋しく、永遠にも感じるこの時を後悔しながら過ごすのが罰なのだろう。
私も真奈美の事が好きだ。毎晩寝る前は、その日の彼女の笑顔を思い出し、にやける。毎朝身だしなみを整えるときは、朝のニュースで気になった事を話そうと彼女の笑顔を想像し、にやける。
それほど好きなのに、なぜ私は走っているのか。もう、校舎の中には彼女の気配すらも感じられない。
つい先程、気まずさや恥ずかしさ、それに悲しみや失望などの色々な感情に耐えきれず逃げ出した真奈美を、幼馴染の勘だけで探す。
音楽室の扉を開け、図書室の扉を開け、彼女が居そうな場所を扉を閉めるのも忘れて探し回る。
走っている間も、彼女に対して言ってしまった取り返しのつかない事を思い出し後悔する。
『だって、私達、女の子同士でしょ……?』
そんなの真奈美だって、分かっている。分かっていて、私なら『そんな事関係ないよ』って言ってくれると思って告白してくれたのだ。それを私は、言ってしまった。
なぜなら、自身がずっと悩んでいた事だからだ。真奈美がそう言うかもしれない、全然知らない学校の人にそう噂されるかもしれない、私達の両親に理解されないかもしれない。そんなこと、関係ないはずなのに。
校舎の中に彼女はもう居ない。なんだかそれが、本気で拒絶されているようで苦しい。私は本当に馬鹿だ。
上履きも履き替えず昇降口を飛び出す。
外に出てしまえば、自然とある場所へ足が動いた。時々木の根に足を取られ、躓き転びそうになりながらも、小さい頃の記憶だけを頼りに草をかき分ける。
やっとの思いで見つけたそこは、真奈美と私、二人だけの秘密基地だった。もう何年もここには来ておらず、小さい頃泥だらけになりながらも整えた地面には雑草が生え放題だ。
奥の二人で持ち寄った小さい椅子はまだ残っていて、そこに人影があった。髪は肩につかないくらいの長さで、ふんわりとした茶髪の制服を着た女の子。彼女の背中は小さく、大きな声を出して泣きたいのを必死に我慢しているためか小刻みに震えていた。
「ここにいたんだね。真奈美」
静かに声をかけると、彼女は抱えた膝に頭を埋めた。深呼吸しその隣に腰を下ろす。
「……あんなこと言うつもりは無かった」
泣き続ける彼女からは早くどこかに行ってほしいというのがひしひしと伝わってくる。それでも私は伝えなければならない。
周りが、真奈美が何て言おうと関係無い。私は私を貫くべきだった。不確定な未来に怯えるのはもうお仕舞いだ。
「本当はさ……真奈美のこと、好きだよ」
隣から鼻を啜る音が止まり、意識がこちらに向くのを感じる。
「多分、真奈美よりも私の方が、ずっと前から好きだった」
『でも』と続くはずだった言葉は真奈美によって遮られる。
「嘘! 信じられないよ! 華菜ちゃんが『女の子同士』って言ったんじゃん! 慰めに来たの? それならもういいから、どっか行ってよ……!」
一緒に過ごした約十年の間で、私に対してこんなに声を荒げる事は初めてだった。しかし、私も負けていられない。嘘では無いと証明しなければ。
何かないかと、無意識で探した制服のポケットの中にそれはあった。
「ねぇ。これ、覚えてる?」
真奈美は埋めていた頭を少し上げ、ちらりとそれを見た。
「栞……?」
そう、栞。四葉のクローバーの押し花の栞だ。私はこれを十年間ほぼ毎日持ち歩いていて、財布や携帯を落としてもこの栞だけは落とさなかった。
「真奈美はもう忘れてるかもね。幼稚園児の時、この四葉のクローバーを真奈美が私にくれたんだよ。それを栞にしたの」
「そんなの……知らない」
真奈美はまた顔を膝に埋めて、くぐもった不貞腐れたような声で言う。
私の中では大切な記憶なだけに、本人にそう言われると酷く寂しい。
「あの頃はさ、四葉のクローバーがものすごく流行ってたよね。みんなが二つ三つって、見つける度に悔しくて。何で私だけ見つけ、られないんだろうって。それで、私、が」
泣きたくないのに涙が出てくる。誰にも言う事ができなかった十年間の想いがとめどなく溢れる。
「私が、泣き、ながら、探しててっ……」
こんな泣いて私はずるい。泣きたいのは真奈美の方なのに。息を吸うのに精一杯で次の言葉が出せずにいると、
「私も華菜ちゃんと一緒に探したんだよね」
穏やかな返事があったことに驚いてそちらを見る。すると、いつのまにか泣き止んでいた鼻の赤い真奈美の顔が、笑ってこちらを向いていた。
「うん、うんっ……それで、それから、真奈美の事ずっと好きでっ……でも、周りから、何より真奈美から『女の子同士なのに変』って思われるんじゃないかって、思ったらっ……怖くてっ!」
嗚咽が混じって聞き取りづらい私の言葉をゆっくりでいいからね、と言わんばかりに背中を摩り聞いてくれる。
そして私が一番言いたかったことは。
「あんなこと言って、ごめんね、本当にごめんなさいっ……!」
私の想いは伝えきった。顔は熱いし、心臓も音が聞こえるほど大きく、そして速く鼓動している。それに比例して、拭っても拭っても目から涙が溢れて止まない。
背中を摩ってくれていた真奈美の手はいつの間にか止まっていて、彼女が話す為に小さく息を吸った音がした。
「まったくもう、あの頃からちっとも変わってないね。泣き虫華菜ちゃん」
そう言って真奈美は、私の頭を包み込むようにして抱きしめた。
最後までお読み頂きありがとうございました!
初めて書き上げた物なので読みづらかったかと思います……。次回作も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!