95話 前進してないように思えてしまうけど
「いやー、まさかクロヴィス様の結婚式より開戦が先になるとは思わなかったわよお!」
お隣のシュナウザーっぽいポールくんの飼い主さんと、夕方の散歩の際にお会いしてそのまま世間話に突入しました。
お買い物はわりとさくっと終わりました。主に美ショタ様のお目にかなう品物がショッピングモールでは入手できないことが理由です。最初は、美ショタ様がこちらに来てすぐに立ち寄られたというブティックへと言われたんですけど、とんでもない、とレアさんと二人でとめました。お召しになられていたのはちょっといいところの坊ちゃんを主張しすぎているのでね! レアさんのステキコーデで着回しできる普段着を、毎日洗濯しなくてもいい程度に購入。小切手で払おうとしたのを全力で阻止してわたしが支払いました。現金を持たない主義らしいです。十四歳のボーイに小切手帳を持たせてしまうボーヴォワール家の英才教育に遠い目になりました。その場で着替えられましたけど、「まあ庶民っぽいけど……悪くないね」とのことでした。お気に召してよかったです。
そして、わたしがいただいた、わたしがいただいた! 重要文化財を展示して飾るためのショーケースなんですけども。モールの中に宝石屋さんがあったんですね。はい。あの、ネックレスとか指輪とか入って並べてあるカウンター。あれ、いいですよね。宝石並べるくらいだから防犯しっかりしてそうだし。高さ的にもちょうど中身が見えやすいし。じっと見ているとレアさんが「あらあ、ソノコ! あなた飾ること考えるようになったのねえ!」と喜ばれました。ええ、一昨日あたりから飾ることしか考えていません。重要文化財を。で、宝石店に入って、ちょっとお化粧濃いめのお姉さんに「これください」ってお願いしたんです。カウンターに両手置いて。うっきうきで接客してくれたお姉さん、わたしの話を聞いて動きを止めて、いちおう上の人に確認してくれて、丁重にお断りされてしまいました。レアさんにとても残念そうな顔をされました。そんな目で見ないで。
業者さんの名前聞いてきたので、いずれ什器屋さんに直接交渉しようと思います!
で、おうちに帰ってきて今です。ポールくんのママさんはお話しするととっても雄弁な方でした。ありていに言うとおしゃべりさんでした。話の切れ目がありません。あいづち打つのでせいいっぱいで、質問がいっさいできません。リッカー=ポルカの話も出たので、「この前までわたしそこにいたんですよー」とか言おうかと思ったんですけど、むりでした。結局レアさんの「ソノコー! ごはんー!」という声で解散になりました。はい。
ポールくんママさんのお話をまとめるとこんな感じです。
・開戦はいつかするだろうと思っていた。でもまさかクロヴィス様の結婚式より先になると思わなかった。
・冬に戦争とか、頭おかしい。
・なんで結婚しなかったのか。もしかしたら戦勝記念で大々的にやるのか。それをふまえたら、クロヴィス様は勝つ気まんまんなのではないか。やったね。
・きっとはやく結婚したくて戦争始めちゃったのねー。若いっていいわねー。
・ちょっとあなたの家に来たあのかわいい男の子なんなの。近いうちにウチへ遊びに来なさいよ、お話ししましょう。ところであなた出身はどこなの。そういえば石炭も高くなるから今のうちに買っておいた方がいいわよ。ウチが使ってる燃料屋さん紹介しましょうか。今名刺持ってくるわね。あとお芋もらったからあげるわお芋!
そうですね、燃料確保! だいじ! とめどない一方的な会話すごい! まるで口挟む余裕なかった!
わかったこと。メラニーが病床にあることは、一般には知られていないかも、ということ。そして、結婚式が挙げられていないことも、状況に合わせてうまいこと理由が捏造されて考えられている。人心ってそんなに簡単なものなんでしょうか。よくわかりません。
ポールくんがママさんといっしょにおうちへ帰って行って、わたしもアシモフたんと室内へ戻りました。美ショタ様から「なにむずかしい顔してんの」と言われました。「人の想像力は良くも悪くも大きな働きをするな、と考えていました」と答えました。「なんだよそれ」とあまり興味なさそうに言われました。
みんなで夕ご飯を食べていたら、蒸気自動車の停車音が外から聞こえました。そして玄関ブザー。「はーい」とわたしが出ると、美ショタ様がいらした日にみえた、通信社の制服の方でした。
「ソノコ・ミタ様、レア・バズレール様、連名で緊急通信です」
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冬期休暇がとれました。約束通りそちらへ伺いたいと思います。幾日か後にお会いできることをたのしみにしています。
エルネスト・ミュラ
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ミュラさん来んの⁉ まじで⁉ どうやって⁉ レアさんもすっぱいものを食べたような顔でびっくりしていました。
おはようございます。きのうの夜は美ショタ様がかまってちゃんじゃありませんでした。推理小説の全集買ったからですかね。とりあえずみなさんからいただいた手紙はすべて読めました。ミュラさんから来た手紙はすべてレアさんと連名で届いたので、一読後レアさんに渡しました。来られるようなのでお返事はいいですかね。カヤお嬢様からのお手紙も、きっとまたすぐこられそうなのでお返事しなくていいかな。ユーグさんからのはすぐにお返事しましょう。きっと心配されているから。戦禍を被るような場所にはいません、と伝えなくては。……もしかしたら郵便も差し止められるようになるかもしれないし。
オリヴィエ様には昨日のうちに通信社の方にお願いして、緊急通信を打っていただいています。たぶん、一般経路でやりとりするのはもう危険です。腕木通信は国有企業で運営されていますけど、厳正中立を保つ組織です。通信の秘密は守られています。長文を送ることは民間人には難しいですけれども、頼まれごとに『承知しました。こちらに到着されています。』とお返事することくらいならできますので。びっくりするお値段でしたけども。かってに日本の電報くらいの相場かと思っていました。ゼロの数が違いました。
オリヴィエ様は『すぐに迎えに行く』と連絡をくださいましたが、正直それは難しいと思われます。代理人の方が来られるのでしょうか。だとしたら、もしかしてそれはミュラさん? たしかに、宰相であるオリヴィエ様とは違って民間人扱いなのかもしれないですけど。ミュラさんはいったい、どうやってこちらに来られるんでしょう。蒸気機関車で来るのでしょうか。リシャールの書記官という身分で、正面から入ってこられるんですかね。やっぱりそれも、むりな気がするなー。どうするのかな。どうして来るのかな。
わたし自身はなにもできていないように思うのに、水面下でいろいろなことが生じている気配がします。わたしはそれに焦りながら、振り返りながら、一歩ずつ進むしかないんです。






