93話 若いっていいね
ところで、避難したリッカー=ポルカの方たちなんですけど。ロランスさんからの情報によれば、しばらくはナムコヴィレに滞在するみたいです。そしてご親族のあてがある方はそちらへ、そうじゃない方たちへは、もう少し南方の町に仮設住宅みたいのが造られる準備がなされているようです。救援基金みたいのも立ち上がるみたいで。まだ窓口は決まっていないそうですけど、カヤお嬢様の件でいただいたお金の行き場所が決まりました。不幸中の幸いです。
ずっと待ってなくていいですよー、と伝えてあったんですが、レアさんたちは交通局の駐車場でアイドリングしたまま待っていらっしゃいました。わたしの姿を見てあきらかに運転席のレアさんがほっとしています。いったい二人でどんな会話をしていたのでしょうか。
「コメッツブルーエーローズのキャンプへ行くことになったわ。今後の予定も確認しなきゃいけないし」
助手席にわたしが座ると、レアさんがおっしゃいます。後部座席のアシモフたんが「わん!」とお返事しました。オリヴィエ様ご令弟美ショタのテオ様が、オリヴィエ様と同じく愛犬家でよかったです。はい。
さすがに人が閑散としていました。でも開いてはいます。今日は練習を見られるのか、わたしがちょっと走って聞いてきました。縮小した形での練習はあるそうです。よかった。二人に伝えました。アシモフたんは、リードをつけて入り口のところでお留守番です。ごめんね。人が少ないだけで、屋台とかも出ています。肉巻きおにぎり。あります。あとでいただきます。
美ショタ様はきょろきょろしています。いいところのお坊ちゃんですからね、キャンプ所とか初めてかもしれません。わたしも前回初めてでしたけど! 好きな選手を聞いてみたら、「イーヴ・フリムラン」と返ってきました。しっぶ! 好みしっぶ! アウスリゼ国内のチーム、ラステラ・ブリランテに長年所属している三十六歳一軍のベテラン左投げ内野手です! しかも三塁。この冬季リーグにも来ていて、今見学に来ているコメッツブルーエーローズに参加しています! それで見に来たかったんですねー。納得。
「あー、もしかしたらそろそろ引退かもって言われていましたもんねー。そう考えると冬季リーグもこれが最後ですしねー」
「そんなことないよ! 彼はまだ戦える! そんなの根も葉もないうわさだ」
ムキになってかわいいですね。まあわたしもまだまだいけると思っているんですけど。「ソノコは? だれが好きなの?」と聞かれて、「ティミー・ロージェルです!」と即答すると、ちょっと真顔でわたしをご覧になったあと、遠くをご覧になってふっと笑われました。なにそれ。ちなみにレアさんが好きなヴィクトル・ピトル選手は、イーヴ・フリムラン選手と同じチームです。彼が残留してよかったとか、そんな話で三人で盛り上がりました。共通の話題があってよかったです。はい。
午前中は捕球練習を見ることができました。フリムラン選手もいらっしゃって、美ショタ様は静かにテンアゲしていました。目がきらっきらしています。かわいいね。午後から軽く紅白戦をやるかもしれないとのことだったので、お昼を屋台で食べました。肉巻きおにぎり。おいしい。
今後の冬季リーグの予定は、まだまだわからないそうです。ひとまずレテソルでは大きな脅威はないだろう、という見込みでしばらくは練習試合くらいはしそうな空気感。でも、戦争ですから。スポーツにかまけている余裕があるのかって言われると、それまでで。そもそも内需がいろいろ冷え込んだりしそうなときに、公式の試合やっても観客が来ないかも。資金面とか考えても、いろいろ難しい問題がありそうです。
なんてことを、ごはんを食べながら屋台のお兄さんから聞いたりしました。他にお客さんがいなかったので。わたしたちのこと覚えててくださったし。そりゃそうか。
「レア! ソノコ!」
さてそろそろ紅白戦始まるので移動しますかね、というときに声をかけられました。はい、総合商社リュクレースの偉い人で、ここのスポンサーのシリル・フォールさんでした。「君たちが来たらすぐ連絡するように指示してあったんだ!」とのこと。職権乱用はなはだしいですね! お暇なんでしょうか。そして美ショタ様をご覧になって動きが止まりました。
「あれ……ソノコ、彼は……」
「美ショタ様です」
「なんだよそれ。テオだよ。ソノコとレアの友人だ。あなたは?」
あ、一応自分がボーヴォワール家のお坊ちゃんだと言っちゃまずい状況の空気は読んだみたいです。すばらしい。「レアとソノコの友人で、こちらのスポンサーのシリルだよ。よろしく、テオ」とシリルさんが大人気なくちょっと対抗してきました。握手してましたけどちょっと火花散ってませんかね。
紅白戦を四人で見ましたがなぜかファピーの知識披露合戦になって、たのしいかたのしくないか紙一重でした。それでも終わったころにはなにかを認めあったのか、二人はもう一度握手していました。よくわからないですね。
「夕食はいっしょにどうだい? よかったらテオも」
「遠慮しておくよ。アシモフも待っているからね。さて、ソノコ、レア。帰ろうか」
仲良くなったわけではなかったみたいです。はい。
美ショタ様がわたしたちのところに逗留されていると知って、シリルさんは「え、なんで⁉」とすごく真っ直ぐな疑問をぶつけてこられました。それわたしも聞きたい。なんで? 「冬季リーグ研究に来られたんです」と理由になってないけどそのまんまなことを答えました。ぜんぜん納得されていませんでしたけど、それ以上聞くのは紳士的じゃないと思われたのかつっこまれませんでした。よかった。
アシモフたんがとってもすねていました。ごめんね。なので直帰します。夕飯の用意をしている間、美ショタ様がお庭でアシモフたんと全力で遊んでくれていました。ありがとう。用意できましたー、とお庭に声をかけたら、どうん、と蒸気自動車が停車する音が聞こえました。と、すぐに玄関ブザー。
「はーい!」
「ソノコ様! いたー!」
はい、カヤお嬢様でした。学校帰りみたいです。「連絡ちょうだいねって二回もお手紙出したのに、どうしてお返事くれないの!」とぷんすこしていらっしゃいます。かわいい。「ごめんなさい、お仕事で出張していて、きのう帰ってきたばっかりなんです」と釈明しました。お手紙きていたのは確認したんですけどねー。まだ読めてなかったです。
「なに、さわがしいね」
美ショタ様がフリスビーを手にアシモフたんと玄関側に回ってきました。アシモフたんもう美ショタ様になつきまくってますね。「お客様がみえました」「そう。こんにちはお嬢さん」と言って中に入っていかれます。
「ちょうど夕飯なんですけど……食べていかれます?」
カヤお嬢様に向き直って言うと……硬直されていました。お顔真っ赤です。あら?
「そ、ソノコさまっ。あの方はだれ⁉」
「美ショタ様です。お名前はテオフィル様。今うちに滞在されています」
「テオフィル様……」
ぼーっと美ショタ様が消えていったリビングの入り口をご覧になっています。「どうぞ、お入りください」と促すと、はっとして自分の全身をご覧になって、ついでに玄関先にある鏡を凝視されて「……いえっ、今日はこのまま失礼するわ! お元気そうでよかったわ、ソノコ様!」とおっしゃいました。
「また……来るわね」
低い声でそう宣言して、嵐のように去って行かれました。……がんばれ、カヤお嬢様!






