92話 どうにかなるでしょうか
ひとまずリビングへお通しして、レアさんに「オリヴィエ様のご令弟様がみえました」と言うと、額に手を当てて天を仰いでいました。はい。たいへんよく気持ちはわかります。
座布団を十枚くらい重ねたかったのですがありませんでした。ので、そのままソファに座っていただきました。可及的速やかにわたしたちに淹れたお茶よりもいいやつを沸かしにキッチンへ参ります。「いいわ、ソノコ、あたしがやる」とレアさんにとられてしまいました。……接待押し付けようと思ったのに! レアさんずるい!
「しばらくお世話になるよ。ソノコに、そちらはレアだね。それにアシモフは……ああ、いた。よしよし。……思っていたより大きいな!」
アシモフたん、ちゃんと自分のお名前に反応できました! この前はなんて呼ばれてもお返事してたのに! 成長した! えらい! あとでチャッキーって呼んで確認してみよう。
「ええっと……ご用向きは、どういった……」
「手紙に書いた通りだよ。生の冬季リーグを見てみたくて。それに、君に会ってみたかった、ソノコ」
にっこりわらってご令弟様がおっしゃいました。はうっ美ショタスマイルアタック! これはわかってる、自分のかわいさわかってる! オリヴィエ様のご令弟様の笑顔! ありがとうございます!
「あのー……しばらくお世話になるっていうことは……」
「ここに泊めてもらうってこと。広そうだし部屋あるよね? 問題ないね」
「他にご同行者さんは……」
「いないよ。僕ひとりで来たんだ。夜行列車は初めてだったよ! 思っていたよりやることなくて退屈だった」
ええっと……ええっと。
「……お兄様に、許可は……」
「書き置き残してきたよ。今ごろあわててこちらに向かおうとしていると思う」
確信犯かー。そうかー。さっきの緊急通信の内容からいっても、本当に不意打ちしてきたんだろうなー。困っちゃうなー。わたしがどう応対すべきか考えてフリーズして強制再起動になっていたところ、ご令弟様は「楽にしてくれてかまわないよ。いつも通り生活してくれ。僕のことはテオって呼んでくれてかまわない」と、生まれつき恵まれ愛されし者のオーラでおっしゃいました。……どうしましょう。どうもこうも、『くれぐれもよろしく』とオリヴィエ様から直々に頼まれた以上、かしずいてお仕えするほかありませんが!
こんにちは。次の日です。昨日はてんやわんやしましたが、わたしもレアさんも腹をくくりました。やんごとなき美ショタをどうにかオリヴィエ様へ引き渡せるその日まで、指のさかむけすら生じないように上げ膳据え膳するってわけです。
今がどういう状況下なのかを把握していただくために、宣戦布告声明文が載った号外新聞をお渡ししました。無言で一読したのち、「ふーん」とひとこと。えっ、それだけ?
「こんなことになりそうなのはわかっていたよ。兄さんの忙しさが、ここ最近尋常じゃなかったから」
「えええええ⁉ 開戦しそうってわかってて、来られたんですか⁉」
「そう。むしろ、わかっていたからかな。どっちが勝っても負けても、戦後処理とかでしばらくの間冬季リーグはやらなくなるだろうし。国内で見られる最後の機会かもしれないと思って」
「まじっすかー」
この十四歳美ショタ、見た目の繊細さとは反比例して肝が座っておる。おねーさんびっくりだよ。レアさんもこっそり頭を抱えていました。てゆーか、たぶんもう冬季リーグ、試合やらないんじゃないでしょうか。どうなんでしょう。
わたしは交通局に行って業務終了報告をしてこなければなりません。レアさんと水面下で無言の美ショタ押し付け合いを繰り広げました。それを知ってか知らずか、「でかけるなら着いていくよ。レテソル観光もしたいし」とおっしゃいます。いえ、どこにも行かずにお家でおとなしくしていてほしいのですが、切実に。
結局みんなでレアさんの運転でレテソルを回ることになりました。まあ徒歩移動とかよりずっと安全。もし転んでひざをすりむいたとかなったらわたしきっと国外退去になる。アウスリゼにいられなくなる。どうしようあああああ。
「ところでさ、昨日から気になっていたのだけれど」
美ショタ様がリビングでじっとひとところを見ながらおっしゃいました。
「この家にはなかなか不釣り合いな置き物だね? 異国のカップル像? レテソルの土産物かなにかかな」
視線の先を見ると……は????
モアイこけし……の隣にもうひとつ一回りくらい小さいモアイこけし。しかもちょっと様子が違う。髪の毛。髪の毛が姫カットみたいな感じ。えっ、なにそれ。どういうこと。
「レアさん……もうひとつ入手したんですか?」
「なにい? 知らないわよお。ソノコがもらってきたんでしょお?」
――こいつ……わたしらが留守中に女連れ込みやがった……! ガン見していたら、なにも動きはしないんですがなんとなく照れてるムーブを感じました。ふざけんな。いったいなんなんだよモアイこけしおまえは!
ひとまず、交通局です。アシモフたんも行きたいと駄々をこねたので、連れてきました。わたしだけ落としてもらって、報告に行きます。
「ほんっっっっっっっっとーーーーーーーにすまなかった‼」
波乗りロランスさんが机にひっつくぐらい頭を下げて謝ってくれました。なぜ。「まさか、こんな事態になるとは思わなくて……聞いたら、リッカー=ポルカでは開戦に向けて準備していたと。そのための車掌募集だったって。すまなかった、まじで知らなかったんだ。知ってたらソノコちゃんを行かせたりしなかった」と。あー、なるほどー。
「いえ、結果論に聞こえるかもしれないですけど。わたしは行けて良かったです。できることは限られていたけれど、それでもせいいっぱい、やるべきことをやってこれました。後悔していませんし、ロランスさんじゃなかったらわたしを行かせてくれなかったかもしれないなら、わたしはロランスさんに感謝したいです。ありがとうございます」
本心から言いました。ロランスさんはちょっと言葉がない感じに涙ぐんで、握手を求めてこられました。はい。
しばらくは情勢を見るとのことで、交通局のお仕事もお休みです。その間にしなければならないことを考えます。……メラニーのことを調べなければ。
マディア公爵邸にはおいそれとは近づけません。でも、どうにか状況を把握しなければ。美ショタいるけど。動けなくなったけど!
お家でこっそり計画立てるのも、なんか難しくなった気がする。どうしよう。






