85話 こういうのお先真っ白っていうんですかね
さっっっっっっっむ!
蒸気バス、いちおうストーブもあるんですが、とにかく大急ぎで乗り込んだので焚いていません。そんなこと言っていられません。
ノエミさんがハンドルを取る中、わたし、サルちゃん、サルちゃんを迎えに来た領境警備隊員さんが最前列に集まります。ひとりがけ椅子に座ろうとしたらサルちゃんの隣にむりやり座らされました。ので、警備隊員さんが運転席のうしろのひとりがけ椅子です。発進。で、状況を伺いました。わたしやノエミさんがいることにちゅうちょして警備隊員さんはしぶりましたけども、サルちゃんが「僕の大切な人だから、問題ない」とわたしの肩に手を回すような仕草で背もたれに腕を乗せました。は? なに言ってるのこのおじさん。でもつっこむと話が進まないのでお口チャックしていました。はい。
外は真っ白です。なにも見えません。ノエミさんがこの中でも運転できるのすごすぎる。度胸が。警備隊員さんはサルちゃんに逆らうわけにもいかないからか、それともそれだけせっぱ詰まっているのか、口を開きました。
「昨夜未明、領境において王国直轄領側からの発砲があり、一時応戦しました」
「えっ⁉」
思わず声をあげて立ち上がり、ぐらりとしました。「あぶないよ」とサルちゃんが席に引き戻してくれます。……もしかして。もしかして。――マディア北東部事変が、起きてしまっている? 犯人は、サルちゃんではなかった? ほかの誰かが、二人の下士官を、そして、コブクロさんも――頭がくらくらします。サルちゃんはわたしの頭の中を読んだみたいに、「こちらの被害は」とひとこと尋ねました。
「はい。幸い……と言っていいものか。数日前から『シキイ』様という領境についての妙な話が警備隊員の間でささやかれていまして。その影響か領境から距離をとって警備をする者が多く、問題ありませんでした」
……まじか。なにこのミラクルぐっじょぶ。これまで踏んでしまった敷居、ごめんね。わたし今後は敷居踏まない人生送ろうと思う。コブクロさんは無事ということです。……よかった。コブクロさんの恋のフラグがんばって折ってよかった。めっちゃそれ関係ない気がするけど。『シキイ』様のおかげな気がするけど。
でも、王国軍側はどうなんでしょうか。死傷者は?
「王国軍は、なぜ発砲してきたんでしょうか。なにかこちら側からしたんですか?」
質問するのももどかしく感じながらわたしは言いました。サルちゃんは黙っています。警備隊員さんはわたしの質問に答えていいのか迷っている素振りを見せましたが、答えてくれました。
「いえ。こちらからはなにも。領境には近づくな、と、昨夜警備にあたっていた者たちは徹底していたようで。王国軍へこちらからなにかしたという事実もありません。また、王国軍からも発砲に関する釈明は今のところありません。この天気ですから」
「ふーん。じゃあ、晴れるの待つしかないねえ」
「はい。しかし……」
「あーうん。言っていいよー。マディア軍来てるんでしょ?」
ぎょっとしてわたしはサルちゃんの顔を見ました。窓際係長でした。警備隊員さんはうなずいて、「はい。中央よりマディア公爵家騎士団の一部が配備されました。ラ・サル将軍におかれましては、そちらの陣頭指揮を願いたく。一昨夜よりお捜ししていました」とおっしゃいました。「あーごめーん。みんなで遊んでた」はい。遊んでました。すみません。
頭の中がぐっちゃぐちゃです。整理します。
・領境をはさんでの応戦。これはシナリオ通りだと、領境に近づき過ぎた王国直轄領警備兵へ向けて、マディア領境警備隊側から威嚇射撃を行った末に生じるもの。しかし、今回の件はそれに当てはまらない。
・王国軍からの発砲。これは、シナリオ通りだと下士官二名の遺体と凶器が見つかったあとに起こること。今のところ下士官が亡くなったかどうかは不明。
・領境へのマディア公爵家騎士団の一部投入。これは開戦を見越した上で、クロヴィスの指示で行われる。けれど、今回はコブクロさんが負傷していない。だから、開戦目安の銃撃戦まで至らなかったはずだ。実際今、警備隊員さんは「一時応戦」としか言わなかった。それに、この吹雪の中では応戦したことさえ中央に報告できなかったはず。早すぎる。配備が早すぎる。
警備隊員さんは、サルちゃんを「一昨夜から」捜していたとおっしゃった。そして、応戦は、「昨夜未明」と。
――え? これ、なに? どういうこと?
サルちゃんがじっとわたしを見ていました。「考えはまとまったかい」と、読めない表情で言います。「ぜんぜん。まったく。さっぱり。なにがなんだか」とわたしは答えました。
だってこれ、まだなにも起きていないのにクロヴィスが開戦見越して動いているように思えるじゃないですか。
なにそれ、やめて。お願い、やめて。
「賢い女の子は好きだよ。その上かわいいからソナコは完璧だね」
わたしの結論を肯定するかのようにサルちゃんが言いました。ぜんぜんうれしくありませんでした。
サルちゃんは、知っていたのでしょうか。この流れを。急ピッチで戦争準備がなされていることを。しかもそれは、本来のシナリオとは違う仕方で。「サルちゃん、知っていたんですか」とわたしが尋ねると、サルちゃんは「いやー? どのみちそうなるかなーって、なんとなく思っていただけー」とおっしゃいました。きっとそうなんでしょう。サルちゃんには、明確なしるしが見えていたんだ。きっと。
白くて、外は白くて、蒸気バスがごうんごうんと音を立てて林道を走る先が、わたしには見えませんでした。






