82話 ここが正念場なんですよー
「さすがに知っていたみたいね」
レアさんがわたしの顔色を見ておっしゃいます。はい。知ってます。やってないけど知ってます。はい。
「あの……なんていうか……歴史上の人物って感じで……」
わたしがグレⅡやってた時期、無印なんかもう手に入りませんでしたもん。中古探せばあったのかもしれないけど。しかもグレⅡはプレステ3でしたけど、無印はプレステ2。わたしが持っていた機体はプレステ3の後期のやつだったので、たとえ手に入ったとしても互換性なしでできませんでしたし。わたしをグレⅡ二次創作の沼に沈めたよしこちゃんが教えてくれた攻略サイトとかで、前作の概要が書いてあったのを読みこんでいたくらい。よしこちゃん元気かな。CC福岡20に連れて行ってくれた恩はわすれていないよ。ありがとう。
「まあ、実際そうよね。あたしも会ったことなんてなかったし。あんな普通に見えるおじさんだなんて想像もしていなかったわ。教科書に載るような人だもん」
「あの……なんかこう、なんかこう……こう。敬った方がいいんですかね?」
ろくろ回しポーズでわたしが言うと、「べつにいいんじゃない? そもそもリッカー=ポルカの人たちが、『ラ・サル将軍』って言われてもピンときてないじゃない。英雄だってのに」と複雑そうな表情でレアさんがおっしゃいました。
……し、しかしっ! 前作主要キャラっ……叩き込まれたキングレへの帰依心が「頭を垂れよ」とわたしへ命じてくるっ……! ――堪えろ、わたしの魂っ……!
「――そんなのどかな感じがよかったのかしらね。こんな田舎に住んでるなんてびっくりだわ」
びっくりした様子をこれまでおくびにも出さないあたり、レアさんすごいですよね。プロっぽい。なんのプロかわかりませんけど。なんかのプロです。はい。
外はどんどん吹雪いていって、わたしはそれをながめながらレアさんとお茶をしました。……サルちゃんは、リッカー=ポルカが、のどかだから住んでいたのかな。そうだといいな。……きっと違うけど。
「夕飯時間だけど。取ってこようか?」
レアさんの呼びかけにふっと考えの底から戻って来て、「食堂、行きます」と答えました。レアさんはちょっとにこっとしました。
がやがやとしてはいますが、男性の姿が半分くらい少ないです。お部屋でつぶれているんでしょうか。たぶんそうですね。配膳を持ってレアさんと並んで座りました。食べていたらサルちゃんが眠そうにあくびをしながら入室してきて、わたしと目が合うとにこっとしました。で、スープだけを片手に持ってわたしの前に座りました。
「で、僕はなに?」
にこにこしながらそう尋ねられて、「なにって、なんですか?」とわたしも尋ねます。
「僕は、ソナコのなに? お客さん? 友だち? ただの顔見知りなんて言わないよね、もちろん。これだけ仲良しなんだから」
んんんんんん。仲良し? 仲良しってなに。わたしの中の仲良しが再定義を求められています。自ジャンルのレジェンド級キャラです。はい。今となってはそうとしか思えないです。はい。
「……伝説?」
そのまま伝えると、いまだかつてなくキョトーンとされました。なに言われたかわかってない感じです。わたしもなに言ったのか説明求められても困ります。
「――んーと? 伝説? 僕は、『シキイ』様みたいな言い伝えの存在扱いってこと?」
「あーっ、それです! そんな感じ、めっちゃ言い得てます! サルちゃん冴えてる!」
全肯定すると、場が静まりました。えっ、なんで。しばらくしてレアさんまで「……さすがにそれはないんじゃないのソノコ。存命中の実在人物よ……」とつぶやきました。なんで。
「……本当におもしろいね、あなたは。なにを考えているのかさっぱりわからない」
サルちゃんの言葉にレアさんが深く深くうなずきました。なんで。「さて、じゃあ伝説の僕は先輩の『シキイ』様へごあいさつにでも行こうかな」とサルちゃんがにこにこと立ち上がりました。なんで!
「なんでですか! ぜったいだめです!」
わたしもとっさに立ち上がって声を上げました。が、それはわたしだけではなかったです。「なに言ってんのさサルちゃん!」「ハルハルが強いことと『シキイ』様はべつさね!」「さわっちゃなんねって言われただろう!」もう、食堂中の人たちから非難ごうごう。これにはさすがにサルちゃんもたじたじっとしていました。そしてやっぱり男性の大部屋に収監されていきました。ありがとう、リッカー=ポルカの素朴な人たち……!
わたしは洗い物のお手伝いをして、サルちゃんが捕まっている間に数時間仮眠を取りました。夜はずっと起きていて、見張っているつもりです。はい。
シナリオの進行具合からいって、たぶんここでサルちゃんを押さえられれば、マディア北東部事変は起こらない。一種の賭けではあるんですけれど、それしかわたしにはできることはないです。なにが最善か一生懸命考えました。自分ができることとできないことも考えました。できないことを差っ引いた上での最善が、これなんです。サルちゃんが本気になれば、わたしなんかちょちょいのちょいなのはわかっています。もし領境へ行かないでほしいという呼びかけに応じてくれなかったら、脚にしがみついて重しになってやりましょう。そんで大声あげてみんなを呼んでやる。なりふりなんてかまっていられません。
サルちゃん。なんでかな。なんで、事件を起こそうなんてするのかな。グレⅡ内ではラ・サル将軍の名前なんか出てこなかった。きっとマディア軍の駒としての出番しかなかったんでしょう。そして、それに徹していたんだ。どうしてだろう。サルちゃん、わたしもあなたがわからないよ。
仮眠の間見た夢は、中学時代によしこちゃんの家に行ったときの映像が元になっていました。よしこちゃんちの太いインターネット回線で、わたしはサルちゃんについてぐぐっています。でも画面がぼやけていて、なにも見えません。何回エンターを押しても、ブラバしても、そのかすみは取れませんでした。
おそよーございます……深夜です。みんな寝静まっています。わたしはしっかりと服も上着も着こんで、ついでに手袋も装着しています。ミトンです。あったかい。そして玄関ホールのソファに座って待機。ひたすら待機。
なにかを察したらしいレアさんが様子を見に来て、あきれた顔で部屋に戻られました。また来られたときにはわたしと同じように外出OK装備でした。以心伝心ですね。
サルちゃんはやっぱり来ました。にこにこしていました。外は真っ白。ごうごう言っている。今から歩きで領境行くつもりなんでしょうか。サルちゃんならできるでしょうか。わかりません。「おはようございます」とわたしが言うと、サルちゃんも「おはよう、ソナコ」と返してくれました。
「それに、レアちゃんもおそろいで。なに、ふたりで僕を待っていてくれたの? うれしいな。この年でモテ期が来るとは思わなかった」
本当にうれしそうです。投降を呼びかけられることはモテに入るんでしょうか。「座ってください。お話ししましょう」とわたしが言うと、「はーい」と向かい側のソファに座ってくれました。
「僕もね、あなたと話がしたかった。あなたのことが知りたかった。あなたもそうなんでしょう」
サルちゃんの言葉にわたしがうなずくと、サルちゃんは「両想いだねー」と言いました。違うと思います。レアさんはずっと黙っていて、わたしたちのことを観察していました。うむー。どうやってレアさんの目をくらましつつサルちゃんを説得できるでしょうか。むじゅかちい。






